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一人娘の場合(八)

 朝は忙しない。髭剃って歯を磨いて顔を洗う。

 忙しいのに順番が違った。だからと言って、やり直す時間も無い。


「結果は同じだから良しとしよう」

 洗面所を飛び出した明人は食卓へと向かう。

 そこにはもう一人、バタバタしている美雪がいる。ご飯と味噌汁。それに箸置きはどれにしようか悩み中。引き出しをガッと引く。


『ジャラジャラッ』「どれにしようかしら」「何でも良いよっ!」

 箸置きは趣味で集めているので沢山ある。それが良い感じに混ざり合って、混沌とした雰囲気を醸し出す。鶏と猫がキスしてるし。


「じゃぁ、木曜日だから茄子で。はいどうぞ」

 終わり良ければ総て良しとばかりに、優雅に箸置きを配置。

「ご飯と味噌汁が逆。あと、箸の上に箸置きを乗せない」

 食卓を見て冷静に分析する明人。次に時計を見た。


「それ位、自分で直して頂戴」「はいはいはいはい。頂きます」

 文句ばっかり言って煩い人。とは思っていない。

 気にもしていないのが本音だ。大体『明人と付き合う』のに、細かいことをいちいち気にしていては、身が持たぬ。昨晩もだが。


「誰のせいで、寝坊したのかしらね?」「んぐっすいませんでした」

 明人にも自覚がある口振り。それを聞いて美雪は髪をかき上げる。

「口に入っているときには喋らない」「……」

 味噌汁に口を付けたまま、明人はチラっと美雪を見る。

 因みに今、口の中はおかずとご飯が混ざり合っている所だ。


「返事は?」「んぐぐぐっ、はいっ!」「遅いっ!」

 美雪は一喝して、満足そうに台所へ行ってしまった。

 二人は今、謎の『特訓中』である。それは純真無垢な薫に、互いの『悪い所』が移らないようにすることだ。


 先天的なことは仕方ないとして。いやいやぁ? 何も無いけど!

 兎に角、決して『まぁ良いか』で済ませるのではなく、ちゃんと相手の一挙手一投足を注意深く見つめ、悪ければ『悪い』と直ぐに指摘しようと言う訳。だから笑顔はいつものまま。明るい家庭だ。

 人格及び性格を、断固否定しようとしている訳ではない。因みにそれは、結婚する前に十分行ったから、もう気は済んでいる。


「シュークリーム、どうする?」

 朝食が、もの凄い勢いで減っている中、冷蔵庫を開ける音がした。

 明人はモグモグしたまま台所の方を見て、それから反対側にある時計を睨み付ける。どうやら時間がない。


「最初に出して置いてくれれば良かったのに」

「そうしたら、最初に食べるでしょうよ。デザートでしょ?」

「じゃぁ、お弁当に持って行く。新聞紙に包んで」

「冷蔵庫ごと? そしたら、私のお昼はどうするのよ?」

 美雪にとって冷蔵庫は、明らかに『生命線』である。

 目を剥いた顔が、カウンター越しにヒュッと現れた。


「じゃぁ、譲るよ」「判った。処分しておいてげるわ」『パタン』

 冷蔵庫の閉まる音がして、明人はホッとする。

 今のは、完全に『怒っている顔』だった。しかし危機は遠のく。

 やはり『怒り』の感情は、人に伝播するのだ。急いているとは言え、済まないことをしてしまったと反省しきり。

 誰も見てはいないが、ブンブンと頭を何度も下げる。


「ゲホッ。ゲホッ」「何やってんのよぉ。急いでいるんでしょぉ?」

 咳をしても一人。美雪はただ声のみぞ知る。

 食べながらお辞儀なんてするもんじゃない。と、新たな教訓を海馬に刻み込んで、明人は残りの味噌汁を流し込んだ。


 一方冷蔵庫の扉を勢い良く閉めた美雪は、冷気が沢山出てしまったと反省していた。しかし顔はニヤケている。

 実は昨晩、いや正確には『今朝』の出来事ではあるのだが。

 何回戦目かの後、腰をグリグリと回しながら台所に来ると、パクンと一口にシュークリームを頂いてしまっていたのだ。

 詰まるところ、今の『冷蔵庫オープン』は完全なるダミーである。

 最初からシュークリームなんて無かったのだ。明人は知らない。


「薫ちゃーん。パパ、会社行っちゃうわよぉ」「ニャッ!」

 寝ていた薫がパッと起きた。いや、『反応した』と表現した方がしっくり来る。今だ目は閉じたままだし。『ファァァ』とあくび。

 しかし次の瞬間、明人がバタバタし始めたのを、耳で感じたのだろう。パチッと目を開けたではないか。

 一人で立ち上がると、地図も見ずに玄関の方角を確認する。


「静かに歩くっ!」「すいませんすいません」

 明人は忘れていたネクタイを結びながら、鞄を抱えて廊下を小走りに行く。そこへ薫がトコトコとやって来る。

 玄関で靴を履く明人の所までやって来ると、ニッコリ笑った。


「パパァ、こんどぉ、いつ来てくれるのぉ?」「!」「ブッ」

 明人はピタリと止まる。『今夜から、早く帰ろう』と思いながら。

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