一人娘の場合(五)
薫がシュークリームの箱をペチンと潰した。ご満悦だ。
以前からやってみたかったのだろう。お店で薫を抱き抱え、カウンターの向こうで組み立てているのを見せたことがある。
だから『最初はぺったんこ』だったのを、薫は知っているのだ。
だとしても、それを組み立てた所で『新しいケーキ』は入らないのだが。いや、そんなキラキラした目をして見せてもダメだ。
取り敢えず今は食事中であるからにして。薫も差し出されたシュークリームを一旦受け取って、食べてからにしたら如何だろうか。
「あらぁ、大きなおくちぃ。一口なのぉ?」「うふふっ」
誰も取らないのに何を警戒しているのか。半分になったシュークリームを口いっぱいに頬張る薫を見て、美雪も笑っている。
しかし、当の美雪もシュークリームを一口でパックンして、クリームがベットリ付いた薫の口の周りを指でなぞった。
すると薫は『後で舐めようと思っていたのに』を思わせるような、迷惑そうな顔をしているではないか。
当然のように、美雪の指に付いたクリームを舐めさせろと手を伸ばすが、それはシュッと消えてしまった。
「はいどうぞ」「えっ、俺なの?」
差し出された美雪の指を見て、現実へと引き戻される。
さっきまで明人は、『やっぱ親子だわ』と思っていた。そして恋人時代の美雪が、牧場で買った明人のソフトクリームを、『一口頂戴』とおねだりしていたシーンを思い出していたのだ。
故に少々混乱もする。この指先のクリームを舐めた瞬間に、『何が起きるか』なんて、想像に難くないではないか。
それでも『舐めろ』と言うなら舐めなくはない。舐めんなよ?
「あぁげぇなぁいっ」「いや、要らないし」
明人が食い付く素振りを見せた所で、美雪がシュッと指を引っ込めていた。だから明人がどんな言訳をした所で、ジッと二人の様子を観察していた薫が納得する訳もない。
「パパが食べたぁ」「いや、食べてないし。ママでしょぉ」
ほらぁ。やっぱりこうなるのよ。判ってやっているでしょう?
今更ながらに首を動かして、美雪の方を見つめる薫。首を傾げながら美雪に問う。頭が大きいので倒れそう。いや倒れない。
「そうなの?」「ううん」「えぇっ」
二歳児の運動神経は、まだまだ未発達である。それを言いことに、美雪は好き放題にやっているようにしか見えない。
もうちょっと大きくなって、首を素早く、自由にグルングルン回せるようになれば、真実を見つめられるようにもなるだろう。
そして美雪が付く『嘘』も、見抜けるようになる、と良いな。
「また買って貰おうねぇ」「うん!」
切り替えが早い。もう笑顔になっている。
さっきまで『指に付いていたクリーム』を巡る攻防が繰り広げられていたはずなのに、もう『次の機会』を期待してか、笑顔になっているではないか。これはもう『買う』しかない。明日にでも。
「パパ、歯磨きよろしくねぇ」「えぇ、嫌だぁ」「だそうですけど」
薫が嫌がっている。ならば明人も嫌がるしかないか。
「パパが『許可』したんだからぁ、責任持ちなさいっ!」「はぁい」