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奥様はエリート文官【ネトコン12入賞・コミカライズ予定】  作者: 神田柊子
おまけSS

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犬の日

犬の日記念SS。時期は第四章くらい。

 フィリップはいつもアニエスより先に目が覚める。

 まだ眠っている最愛の妻を抱き寄せて至福の時を過ごすのが日課だ。

 いつものようにアニエスに手を伸ばしたけれど、アニエスの背中に届かない。フィリップは身体の感覚が違うことに気づいた。

(ん? 何かおかしい……)

 自分の身体に視線をやり、フィリップは目を見開いた。鍛錬で鍛えた筋肉のついた腕が黒い毛でびっしりと覆われていたのだ。

 これは獣の腕だ。

(はぁ?! な、なんなんだ? 何が起こった?)

 驚きの声を上げたつもりなのに、口から出てきたのは「わふっぅ!」という鳴き声だ。

 慌てて起き上がると、全身が毛だらけだ。視線を背中に向けるとしっぽがあった。

(これは……もしかして、犬か? どういうことだ?)

 夢だろうか、とフィリップは首をかしげる。

 そこでアニエスがぱちりと目を覚ました。

「おはようございま、す?」

 フィリップを振り返ったアニエスがぽかんと口を開ける。こんなに呆けた顔は珍しい。

(しかし、アニエスは驚き顔までかわいいな!)

 フィリップは無意識にしっぽを振っていた。

「え? 犬?」

 アニエスははっと意識を戻し、辺りを見回した。

「フィリップ様は……もういらっしゃらないわね。フィリップ様が連れてきたのかしら?」

(俺はここにいる! アニエス、気づいてくれ!)

 フィリップは、犬の鳴き声を上げながらアニエスに飛びついた。

「きゃっ!」

 倒れ込んだアニエスにフィリップは飛び乗った。

 普段のフィリップとアニエスは体格差があるため、フィリップはそういうときもアニエスを押しつぶさないように気を使っている。それが今はすこんと頭から抜けていた。

 嗅覚が犬仕様なのか、アニエスの香りが鼻孔をくすぐる。

(いつも以上にアニエスがいい匂いだ……)

 フィリップがアニエスの首筋の匂いを嗅ぐと、アニエスは「ちょっと! くすぐったいわよ」と身をよじる。

 その様子がかわいらしく、フィリップは思わずアニエスの顔を嘗め回した。

「わふっ!(アニエス!)」

「待っ! やめっ!」

 起き上がろうとしたアニエスを阻止するため、体重をかけた瞬間。

「やめなさい!!」

 アニエスが強い口調で命令した。

 フィリップは即座に止まる。

 ヒラ騎士だったころに上官の号令に従う訓練を受けていたが、それよりもアニエスの命令の方が響く。

(アニエスは指揮官の才能もあるのか? それとも俺の身体が犬のせいか?)

「ベッドから降りなさい!」

「くぅん……(はい……)」

「おすわり!」

 フィリップは素直に従った。ぴしっと姿勢を正して座る。

 見上げると――アニエスをこういうふうに見上げることも珍しい――、普段は向けられることがない冷たい視線。

(これが、文官が憧れる『氷の妖精』か……)

 フィリップが感動していることを知らないアニエスは、フィリップの前にかがんだ。

「お手! おかわり!」

 見た目は犬でも中身は人間のフィリップは当然「お手」も「おかわり」も初めての経験だが、アニエスに言われると自然と身体が動く。

「あら、きちんとしつけられているのね。よくできたわね! えらいわ」

 アニエスは少し表情を緩めると、フィリップの頭を撫でた。

「いい子ね!」

(アニエスが俺の頭を撫でている……!)

 フィリップは勢いよくしっぽを振った。

「わふわふっ!」

「あなた、毛並みも綺麗ね」

「わふんっ!」

 もっと撫でてくれ、と思ったフィリップはまたアニエスに伸し掛かったが……。

「離れなさい!!」

 そう命令されて、フィリップはパッとアニエスから飛びのき、――目が覚めた。

「フィリップ様? どうされたのですか?」

 布団を跳ね上げて飛び起きたフィリップを、寝ころんだままのアニエスが驚いた顔で見上げている。

「俺は犬……」

「え?」

 言いかけたフィリップは自分の身体が人間に戻っていることに気づく。

 戻っているも何もない。あれは夢だったのだ。

 フィリップは首を振った。

「いや、夢だ……。幸せな夢を見ていたんだ」

「幸せな夢ですか? 飛び起きたのに?」

 不思議そうに言いながら起き上がったアニエスに、フィリップは、

「アニエス、お願いがあるのだが……」

 と、身をかがめる。

「何か命令してくれないか?」

「は?」

「おすわりもお手も、何でもする。だから、ご褒美に俺の頭を撫でてくれないか?」

「は?」

 ――アニエスからは、夢の中のような冷たい視線は向けられなかったけれど、体調は大丈夫なのかと真剣に心配されたフィリップだった。

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