猫の日
猫の日記念SS。時期は第四章くらい。
フィリップはいつもアニエスより先に目が覚める。
まだ眠っている最愛の妻を抱き寄せて至福の時を過ごすのが日課だ。
普段はきっちりと髪をまとめているアニエスも眠るときはほどいている。ふわふわのピンクブロンドを撫で、フィリップはふと手のひらに違和感を覚えた。
「ん? これは……?」
アニエスの頭頂部に何かある。
「耳?」
髪と同じ色をした動物の耳だ。
「新しい髪飾りか……?」
いや、寝るときにつけるか? と思いながらそっと触れようとしたところ、アニエスがぱちりと目を開けた。
「お! あ、おはよう」
いたずらを見咎められた気分で慌てて挨拶すると、アニエスは少しだけ気の抜けた表情でこちらを見上げる。
「おはようございます」
「その、頭のそれは何だろう? 耳に見えるんだが」
「ええ。猫の耳です」
当たり前のようにアニエスは答える。
「猫の耳? なんでそんなものをつけているんだ?」
「なんでって、今日は猫の日ですよ?」
「猫の日? 猫の日だと猫の耳をつけるのか?」
フィリップには初耳だが、そんな風習でもあったのだろうか。
するとアニエスは、首を振った。
「つけるんじゃなくて生えてくるのです」
「え? 生えてくる?」
「はい」
話は終わりとばかりにアニエスは起き上がると、いつものように今日の予定を確認しだす。
そんな彼女の頭上で猫の耳がぴくぴくと動いている。飾りには見えない自然な動きだ。
フィリップはベッドから降りようとするアニエスを捕まえて、再び腕の中に抱き込む。
「アニエス、その耳に触ってもいいだろうか?」
「ダメです」
きっぱりと言って、頭上の耳を両手で隠すアニエスは、どう見ても妖精だ。
(くっ、かわいすぎる……!)
フィリップは内心を隠して神妙な顔をした。
「私は猫の日なんて初めて聞くんだ。それが本当に生えてきたものなのか確かめさせてほしい」
「え……でも……」
「必要なことなんだ」
そう押し通すとアニエスは「それなら仕方ありませんわね」と両手をどかす。
「そっとですよ? そっと」
少し不安げに見上げるアニエスは、控え目に言っても天使だ。
「もちろんだとも!」
フィリップはアニエスの猫耳に指を近づけ、細心の注意を払って触れた。
その瞬間、猫耳はぽろっとアニエスの頭から転がり落ちた。
「うわっ! ええっ! なぜだ!? 指先が当たっただけではないか!」
フィリップが慌てている間にもう片方の耳も取れてしまう。
アニエスは「フィリップ様、残念です」と瞳に涙を溜めた。
「猫耳が取れてしまっては、私はもうここにはいられません」
「え? どういうことだ?」
「さようなら! フィリップ様!」
フィリップの腕の中からアニエスが消えた。
「アニエス! もう耳に触ろうなんて思わないから、帰ってきてくれ!」
フィリップはそう叫んで、――目が覚めた。
「フィリップ様? うなされていましたが、大丈夫ですか?」
フィリップの腕の中で、アニエスが心配そうに見上げている。
「アニエス! 良かった」
あまりに強く抱きしめたため、アニエスは悲鳴を上げた。
その日、フィリップはずっとアニエスの後ろをついて回った。
何かあるのかと尋ねるアニエスに、フィリップは腕組みをしてこう答えた。
「猫の日だからな。万が一ということがある」




