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奥様はエリート文官【ネトコン12入賞・コミカライズ予定】  作者: 神田柊子
おまけSS

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オリヴィエとフィリップ

※「アレグロ王国の夜会」の話。

 ――ランベール派の貴族が、資金集めのために隣国モデラート王国で盗掘をしていた。その貴族を秘密裡に確保した。

 アレグロ王国王太子オリヴィエの元にその一報がもたらされたときには、現地で盗賊団の討伐が終わっていた。

「誰が指揮をしたんだ?」

「モデラート王国の元第三騎士団副団長のフィリップ・ペルトボール辺境伯です」

 報告を持ってきたマクシミリアン・ビネルガーが、オリヴィエの疑問に答える。

 自室で、二人での密談だ。

 マクシミリアンはオリヴィエの一番の部下だった。

「第三騎士団副団長はモデラートの王太子の従兄じゃなかったか? ミナパート公爵家の次男だろ?」

「血筋が絶えたペルトボール辺境伯の位に就いたようですね。叙爵とほぼ同時にご結婚されて、夫人は元王太子筆頭補佐官のアニエス・マネジット女史です」

「へぇ。あの『笑わない妖精』の?」

 オリヴィエは、直近の三国会議でも見た顔を思い出す。かわいらしい顔立ちなのに夜会でも地味なドレスや化粧でまとめ、仕事はてきぱき取り仕切り、あだ名の通り笑わない。同盟国の間でも女性の王太子補佐官はアニエスただ一人だった。ましてや筆頭補佐官。他国の文官だというのに、この国でも名が知られている。

「次代を担う存在だっただろうに、結婚退職したのか」

 アニエスに思い入れがあったわけではないが、幻滅させられた気分になる。

 そんな気持ちが声に出たのか、マクシミリアンが「事情があったみたいですよ」と続けた。

「フェルナン王太子との関係を疑われないように遠ざけられた、とか……。表向きには、ペルトボール辺境伯の長年の想いに夫人が応えたとなっていますが」

「ああ、王太子妃は妊娠しているんだったな」

 王族は本当に面倒だな、とオリヴィエは思う。何をするにも、自分一人の話では終わらない。

 オリヴィエも王太子。他人事ではない。

 現に、今も王位を狙う王弟ランベールに悩まされているところだ。

 オリヴィエは話を戻す。

「それで、ペルトボール辺境伯が指揮したってことは、盗掘された鉱山がその領地にあるってことか?」

「はい。ペルトボールはモデラート王国の南東に位置しており、我が国と接しています。東の山脈のふもとの森で新たに見つかったオパール鉱山でした」

 マクシミリアンの説明はこうだ。

 ペルトボール辺境伯領の賊が鉱山を見つけ、彼らが国境を越えて原石を売ったのが偶然ランベールの一派の子飼いの商会だった。後ろ暗い取引もやっているその商会は、原石の出所を探り、元締めの貴族に報告した。その貴族が賊から鉱山を乗っ取り盗掘を始めた。

「南方の国で売るつもりだったようですが、モデラート王国から我が国に持ち込まないとならないですし、先にあらかた掘り出そうと思ったそうで、ほとんどの原石は鉱山から出していなかったようです」

「ああ、それは不幸中の幸いか」

「ペルトボールに密偵を送ったところ、一歩の差で討伐が終わっていました。ランベール派の者も捕縛されていましたが、何もしゃべらなかったようです」

「はっ、無駄な忠誠心だな」

 オリヴィエは顔を歪ませる。マクシミリアンもうなずいたが、

「正直、助かりましたよ。盗賊団の元締めがうちの貴族だとわかって、外務に問い合わせられたら、やりにくくなりますからね」

「奴らはペルトボールに捕えられているのか?」

 アニエスは全く知らない仲ではないから、捕縛者をそのままこちらで引き取らせてもらえないだろうか。

 オリヴィエが尋ねると、マクシミリアンは首を振った。

「討伐の応援に第三騎士団が来ていたため、そちらの預かりになったようでした」

「あぁ、遅かったか」

 オリヴィエの婚約者はモデラート王国の王女ミュリエルだ。あの国にあまり借りを作りたくないが、しかたない。

「明日陛下にも相談して使者を出そう」

「はい」

 うなずいたマクシミリアンは、

「それから、盗掘を主導していたランベール派貴族がおかしなことを言っていまして……」

「おかしなこと?」

「盗掘した宝石――白っぽいオパールだそうですが、戦争中に宝飾品以外の用途に使われた石だと辺境伯夫人が話していた、とか。国で管理されている重要な石なんだそうです」

「んん? 戦争中? そんな話あったか?」

 戦争といえば、三国同盟が結ばれる前の三国戦争だ。この国も当事国だった。

「聞いたことがありませんね。盗賊団をあぶりだすための餌だと思いますが、念のため調べておいたほうがいいかもしれません」

「ランベール派は信じているのか?」

「今回盗掘された石に関しては、話半分のようです。しかし、辺境伯夫人の経歴から考えて彼女は詳しいことを知っているのでは、とは思っているようですね。念のため、身辺に気を付けてほしいとお知らせすべきでしょう」

 アニエスは元王太子筆頭補佐官。その前歴は王妃補佐官で、王妃からの信頼が篤かったと評判だった。

 一方、辺境伯フィリップは国王の甥。

 二人とも国の中枢に近い。国家機密に触れてもおかしくはない。

(戦争中に使われた宝石なら、一番に疑うのは毒だ。今はもう知られていない毒で暗殺できるなら宝石を手に入れたいと、ランベールたちは考えるかもしれない)

「これは使えないか?」

 オリヴィエは身を乗り出す。

「辺境伯夫人を巻き込むのですか?」

「人聞きが悪いな。協力してもらう、だ」

 マクシミリアンは良い顔をしない。

「夫人は以前にも我が国の、というより殿下の問題に巻き込まれているんですよ」

「シルヴェーヌ・ミドリーザ公爵令嬢の駆け落ち事件か?」

 オリヴィエの婚約者候補だったシルヴェーヌが留学先で駆け落ちを計画し、無関係の令嬢が巻き込まれた事件だ。その令嬢がアニエスだった。

 オリヴィエももちろん把握している。あれは二国間でなかったことにされたため、面と向かって話題にしたことはない。

「ランベール派はすでに夫人に目を付けてるんだろう? 身辺に注意を促すついでに、どうせなら共闘しようと持ちかけても悪くないだろ。辺境伯は強いと評判じゃないか」

 フィリップは一騎当千という話だ。

「強いんですから共闘する必要なんてありませんよ」

「敵がいるのはこちらだぞ? 待ち構えるより討ちに来るほうが確実じゃないか」

「そう好戦的な人がいますか……」

 マクシミリアンはため息をつく。

(夫人はそこそこ好戦的に見えたがな)

 ランベールとは、ここで片をつけないとならない。

 あちらも勢力をそがれて焦っているだろう。大きな一手を仕掛けてくるはず。それをこちらでお膳立てして、言い逃れできない状況で捕えられれば……。

「次の夜会だ。ペルトボール辺境伯夫妻を招待する」

 任せたぞ、とオリヴィエが言うと、マクシミリアンはしぶしぶうなずいたのだった。


「それでは、私はこのブローチをつけて夜会に参加すればよろしいのですね?」

 アニエス・ペルトボールは持参したブローチを示して、そう言った。

 オリヴィエは、アレグロ王国の王城に着いた辺境伯夫妻と打ち合わせをしているところだ。

 夜会は今夜、このあとだ。辺境伯夫妻には到着早々で申し訳ないが、ランベール側に探りを入れられるのは困る。

(結婚してもあまり変わらないな)

 アニエスを見ながら、オリヴィエは失礼にもそんなことを考える。

 王太子筆頭補佐官のころと同じような地味な服装だ。てきぱきした対応も同じ。そしてやっぱり笑わない。

「それから、ドレスはこちらで用意したものを着用していただきたい。化粧なんかもこちらの侍女がやる」

「え? それは初めて伺いましたけれど?」

「ああ。今初めて伝えたからな」

 片眉を上げるアニエスに、オリヴィエは笑顔を返した。

「理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「豪華にしてほしいんだ。目立つように。……失礼だが、補佐官時代の夫人のドレスではちょっと……」

 オリヴィエがそう言うと、アニエスの隣に座っていたフィリップの眼光が鋭くなった。一瞬で空気が冷えたような感じだ。

(ん?)

 彼の反応に、オリヴィエは内心首をかしげる。

 アニエスはそんなフィリップの腕に宥めるように手を添えてから、

「まあ、それは何も反論できませんわね。わかりました。ご用意していただいたドレスで参加しますわ」

「了承してもらえて何よりだ。あ、ドレスは王妃が懇意にしているデザイナーの作品だぞ。今、王都では一番の人気店だ」

「そうですか。お気遣いありがとうございます」

 アニエスは綺麗な社交用笑顔を浮かべた。あまり興味がなさそうだ。

「侍女の身元は確かなんですか」

 フィリップから低い声で尋ねられて、オリヴィエはそちらに顔を向ける。

「もちろんだとも。夫人の安全は保証する」

 フィリップは重々しくうなずいた。

(うーん? これは……、建前の『辺境伯の長年の想いに夫人が応えた』も真実の一端なのか?)

 オリヴィエの目には、仲睦まじい新婚夫婦に見える。

 補佐官時代と変わらないアニエスだって、当たり前だが、夫フィリップに対する距離感と上司フェルナンに対する距離感は全く違っている。

「おそらく夜会会場でランベールの手の者が接触してくるだろう。夫人は素直に従ってくれ。ブローチを要求されたら渡してかまわない」

「承知いたしました」

 アニエスはうなずいたが、フィリップが難色を示した。

「ブローチを渡すだけなら、アニエス経由でなくてもいいのでは?」

「夫人が持つことで『ホワイトミントオパール』の信憑性が増すんだ」

「安全は保証するとおっしゃいますが、具体的には?」

 また一段温度が下がった気がする。オリヴィエは背中を汗が伝うのを感じながら、顔には出さない。

(ランベール捕縛の前に、予定外の正念場だな……)

「ランベール派の主要な者は裏で同時進行で確保する。実行役になりそうな部下たちも気づかれないように離脱させていくから、実際に相対する敵はランベール一人と思っていい。彼は普通の中年貴族で、特に強くはない。そちらのメイドでも倒せると思う」

 辺境伯夫妻の背後に控えるメイドを示すと、アニエスは驚いたように少し目を見開いた。一方でフィリップは特に反応しない。

「それだけですか?」

「招待客には護衛を紛れ込ませているし、夫人にも影の護衛をつける。ランベールも監視させているから、不測の事態はない」

(もうこれ以上は)

 と、オリヴィエは心の中で付け加える。

 不測の事態は少し前に起こっていた。

 ランベールがシルヴェーヌ・ミドリーザ公爵令嬢を連れて社交の場に現れたのだ。ミドリーザ公爵にさぐりを入れると、どうやら令嬢を人質にランベールに脅されているらしい。

 そのため、今日の計画に若干変更を入れることになった。

「今夜が最後の局面なんだ」

 オリヴィエはフィリップをまっすぐに見つめた。

「あと一手。ランベールが私を直接殺そうとするだけ。その瞬間、あちらの負けが確定するんだ。そのために、全て整えている」

 オリヴィエは真摯に訴えた。

 今夜の夜会は、丸ごとがランベールを捕えるための罠だ。

 十年前、オリヴィエが立太子されたあとから始まったランベール派からの嫌がらせや攻撃。

 国王が時間をかけて敵派閥を削っていき、ここ数年はオリヴィエ自身が携わった。

 オリヴィエは元々第二王子だ。突然王位が転がり込んできたのはランベールと同じ。ただ、兄が亡くなったのが幼いうちだったから、二番目意識はすぐに払しょくされた。それ以上に、早世で美化された超えられない兄を超えないとならないというプレッシャーのほうが大きかった。

 兄の死がランベールのせいでないことははっきりしているが、兄のためにも譲れない。

 オリヴィエは二人分の思いを背負っている。

 今夜の勝負を外すわけにはいかなかった。

 表情を変えないフィリップにオリヴィエは気迫で相対した。

 緊迫した場を崩したのはアニエスだ。

「フィリップ様。私は納得しています」

「しかしだな」

「万が一のときはフィリップ様が助けに来てくださるでしょう? だから心配しておりません」

 ね、とアニエスが小首をかしげてフィリップを見上げる。

(そんなおねだりができるのか!)

 オリヴィエは目を瞠った。――まあ、ねだっている内容があれだが。

 フィリップは眉間にしわを寄せたが、最終的にはアニエスの意思を受け入れた。

 辺境伯たちが退出したあと、控えていたマクシミリアンが珍しく脱力したように息を吐く。

「殿下。作戦変更は伝えたほうが良かったと思います」

「辺境伯を見ただろうが。『ホワイトミントオパール』とミドリーザ公爵令嬢の身代わりと、二重の意味で囮にするなんて言ったら辺境伯は首を縦に振らんだろう」

 オリヴィエがそう言うと、マクシミリアンも「辺境伯を見たでしょう!」と同じ言葉を返す。

「夫人に何かあったら、我々の首が飛びますよ。物理的に。――すぐに開戦して、一か月も経たずにこの国は地図から消えるでしょうね」

「そんなにか?」

「そんなにです」


 予定通りにアニエスがランベール派に夜会会場から連れ出された。

 それを確認した瞬間、マクシミリアンが足速に近づいてきた。

「殿下、早く外に出ましょう。辺境伯が来ます。目立つ前に外に」

 小声で言われてちらっと見ると、フィリップがこちらに向かっている。鬼の形相だ。

 会場の端と端にいたはずだが、早い。異様な気配を察してか、周りの客が道を空けている。

 オリヴィエは慌てて廊下に出た。そのまま会場から離れる。

 振り返ると、フィリップがついてきていた。

(王城の恐怖話より怖いんだが!)

 誰かが見ていたら、廊下を追いかけてくる大男という新たな恐怖話が生まれる気がした。

 オリヴィエが手近な控室の扉を開けたときには、フィリップはもう背後にいた。

 入室するなり詰め寄られる。

「どういうことか説明していただけますか?」

「ああ、もちろんだとも!」

 両手を上げたオリヴィエは、「少し離れてくれないか?」とフィリップに懇願した。

 数歩下がったフィリップだが、腕組みをしつつ、その指先がとんとんとせわしなく腕を叩いている。視線は一度も離れない。

「ミドリーザ公爵令嬢がランベールの人質になっている。……学生時代に夫人が令嬢と間違われた話は?」

「知っています」

「夫人とオパールを使って、ミドリーザ公爵にランベールと交渉してもらっている」

「勝手に何をっ!」

「過程が異なるだけだ! 夫人の安全は変わらない!」

 だんっと足音を立て、フィリップがオリヴィエの目の前に立つ。

「一発殴らせてもらっても?」

「あ……」

 それで気が済むなら、とオリヴィエが了承しようとした瞬間、マクシミリアンが間に入った。

「ダメです! いけません!」

 フィリップはマクシミリアンを一瞥して身を引いた。

「殿下、殴られたら腹に穴が空きますよ!」

「そんなにか?」

「そんなにです!」

 二人でこそこそ話している間に、フィリップが部屋を出て行こうとした。慌ててマクシミリアンが止める。

「辺境伯閣下、どちらへ?」

「アニエスを助けに行く」

「それは! もう少しお待ちください!」

「なぜだ?」

「オパールがランベールの手に渡ってから……」

「なぜ、俺がそれを待つ必要がある?」

 睨むでもなく真顔で聞かれて、オリヴィエは息をのんだ。

 反論の言葉がない。

「案内しよう」

 オリヴィエは先に立って扉を開いた。

 こちらがたどり着く前にランベールがオパールを入手することを祈るしかない。

(もうここまで来たら、決定的瞬間がなくてもランベールを捕えればいい)

 アニエスの誘拐容疑でもいいし、シルヴェーヌを人質にミドリーザ公爵を脅迫した罪でもいい。

 アニエスの居場所は把握している。夜会会場とは別の棟にある一室だ。

 歩く間、重い沈黙が流れた。

 回廊まで来たところで、監視から連絡が入った。マクシミリアンが報告を受ける。

「夫人のいる部屋に公爵令嬢が入ったようです。他に人はおりません。ランベールも一人で向かっているようです」

 計画通りに進んでいる。アニエスに危険はない。

 しかし、ここでオリヴィエにはフィリップを止める言葉が思いつかなかった。

 首を振って一歩進めたオリヴィエに代わって、マクシミリアンがフィリップに声をかけた。

「閣下、どうかもう少しだけお待ちいただけませんか?」

「…………」

「殿下が立太子してから十年……、やっと決着がつくのです」

 頭を下げたマクシミリアンが、ぎゅっと拳を握った。

 それを見たオリヴィエも、マクシミリアンに並んでフィリップに頭を下げた。

「私からも頼む。もう少しだけ待ってほしい」

 長いような一瞬。オリヴィエはそのまま待った。

 頭上から「はぁぁ……」とため息が聞こえた。

「わかりました。アニエスの安全が保証されているなら、ここで待ちましょう」

「あ、ありがとう! 感謝する!」

 オリヴィエは勢いよく顔を上げた。

 フィリップは依然険しい顔だ。オリヴィエなどどうでもいいとばかりに、前方を見つめている。

 ――オリヴィエの手の者に案内されたミドリーザ公爵がやってくるまで、緊張感のある沈黙が続いたのだった。

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