辺境伯夫妻、肖像画を描いてもらう
※農村お仕事デートと同じころ?
ペルトボール辺境伯家の屋敷にはロングギャラリーがある。
先々代のころはたくさんの美術品が展示されていたらしい。しかし、先代の辺境伯が傾きかけた家を立て直すために売り払ったので、フィリップが引っ越してきたとき美術品は何もなかった。
今はアニエスが文官時代に買った絵画がいくつか飾られている。
フィリップにはよくわからない抽象画だが、アニエスにもよくわからないらしい。
絵画の題名は『食卓の風景』だが、描かれているのは大小のカラフルな丸だ。
「とある式典で知り合ったアカデミーの美術学の教授から勧められたのです。あと二十年経ったら絶対に評価されるんですって」
色合いは明るくて素敵ですよね、とアニエスはフィリップを見上げる。
「そうだな」
と、フィリップはうなずきながら、アニエスはかわいいな、としか考えていない。
そんなロングギャラリーに飾るため、フィリップたちは肖像画を描いてもらうことになった。
もちろん、抽象画ではなく肖像画を得手とする画家を王都から呼び寄せた。
まずはスケッチから、と言われて、フィリップたちはポーズをとる。
「うーん、難しい……。構図が……。バランスをどうすれば……」
スケッチブックとモデルを見比べ、画家がうなる。
フィリップが目配せすると執事のナタンが画家に声をかけてくれた。
「何か問題がございますか?」
「ああー、いやー、あの。お二人の身長差がですね……」
画家がもごもごと言いにくそうに言葉を濁す。
フィリップとアニエスは顔を見合わせた。
夫婦の肖像画は夫人が椅子に座っているものが多い。
今、フィリップたちもそうしているのだが、普通に立っても身長差があるふたりだ。確かにバランスが悪いだろう。
すると、アニエスが立ち上がった。
「フィリップ様が椅子に座ればよろしいんじゃありません?」
アニエスはフィリップの手を引いて椅子に座らせようとする。
「いや、それは……」
引かれるままに座ったら、アニエスの顔が近くなる。
「こうやって正面から見ると、君はますますかわいらしいな……」
フィリップが思わず感動して頬に触れると、アニエスは真っ赤になって一歩下がる。
彼女の反応にフィリップは慌てて手を引っ込めた。
滅多に表情を崩さないアニエスが赤面すると、フィリップも目のやりどころに困り、視線を泳がせてしまう。
アニエスはフィリップをにらむ――ただかわいいだけだが――と、
「いきなり、そういうのはやめてください! 他の人もいるのに!」
「しかし、思ったときにすぐさま伝えていかないと、ふたりきりになったときにはまた新しい賛辞が生まれるだろう? きりがないんだ」
「え、どういう意味ですか、それ」
そんな会話をしていると、ごほんっと咳払いが聞こえた。
はっとしてふたりで振り返ると、ナタンと画家がこちらを見ていた。壁際のコレットとセシルからも視線を感じる。
咳払いをしたのは呆れ顔のナタンだ。
画家は目をキラキラさせている。
「辺境伯閣下! 夫人に閣下のお膝に座っていただくのはいかがでしょうか?」
「なるほど! それは名案だな!」
「は?」
冷気の混ざる声音で聞き返すアニエスを、フィリップは構わず抱き上げると片腿に座らせる。
「は? ちょっ、ちょっと待ってください! フィリップ様!」
アニエスは降りようと動くが、フィリップに敵うわけがなく、立ち上がれない。
画家は満面の笑みだ。
「素晴らしいです! 閣下の力強さも夫人の可憐さも、ばっちり表現できます!」
「うむ。アニエスを立たせて自分が座るなどできないからな」
フィリップもうなずく。
「待ってください! 本当にこのポーズで描くのですか? ……ナタン、これはないわよね? あなたも反対でしょ?」
アニエスの訴えに、ナタンは申し訳なさそうに無言で眉を下げる。
「コレット! セシル! 助けて!」
コレットは画家以上に目を輝かせ、セシルは両手で拳を握っている。
――この場にフィリップの敵はひとりもいなかった。
調子に乗った画家のさらなる要求に答えたフィリップは、アニエスを腕に座らせた立ち姿もスケッチしてもらった。
アニエスの目は終始遠くを見つめていたと、あとでナタンから聞いた。
こうして、ペルトボール辺境伯家のロングギャラリーには、夫妻の肖像画が二枚飾られることになるのだった。
本作が、第12回ネット小説大賞コミック部門の入賞に選ばれました!
ありがとうございます!
初めての受賞です。うれしいです!わー!
コミック部門ということはコミカライズなわけで、身長差のあるアニエスとフィリップは同じコマに入るのか??とちょっと思ったり。




