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奥様はエリート文官【ネトコン12入賞・コミカライズ予定】  作者: 神田柊子
おまけSS

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フィリップの部下たち

※副官飲み会の翌日の話です。

 アンドレが訓練場に出ると、ブリスとエリクが近寄ってきた。

「アンドレさん、昨日の夜遅かったっすね。どこか行ってたんすか?」

 ブリスに聞かれて、アンドレは柔軟体操を始めながら答える。

「ジルと飯を食いに行ってきた」

「ジル?」

「奥、いや、王都から来た監査官だ」

「あー、奥様の副官ってやつか!」

 ぽんっと手を打つブリスに、アンドレは「俺がせっかく言い換えたのに」と軽く頭を叩く。

「団長の前でジルに『奥様の』って前置きをつけるなよ」

「えー、団長がそこまで気にします?」

「俺が気にする」

「あ、ハイ。すみません」

 すっと視線をそらしたブリスにアンドレは鼻を鳴らす。

「団長にはベストな状態で戦いに挑んでもらいたいからな」

 アニエスはフィリップの容姿に最初から好意的だった稀有な人だ。だからアンドレは、フィリップの相手はアニエスしかいないと勝手に決めていた。

 アニエスと婚約したと聞いたときは、アンドレはひとりで祝杯をあげたものだ。

「結婚してるんですから、もう勝ってるんじゃないんですか?」

 そう聞くエリクに「わかってないな」とアンドレは首を振った。

「結婚は手段にすぎない。奥様の身も心も陥落させてこそ、勝利と言えるのだ。違うか?」

「あーなるほど、そうですね」

 エリクもすっと視線をそらして、前屈をするブリスの背を押し始めた。

「監査官の彼とどんな話をしたんですか?」

「団長の武勇伝を語って聞かせた」

「え、いつものあれをですか?」

「飲ませて無理矢理聞かせたりしてないすよね?」

 声をそろえるふたりに、アンドレは、

「いや、ジルは楽しそうに聞いてくれた。奥様にもさりげなく伝えると約束してくれた」

「その人は変わってますねー」

「辺境騎士団の騎士たちも、そろそろ嫌気が差してきてるのに」

 いろいろな話をしたが、一番心に残っているのは、「第三騎士団長より辺境伯閣下に褒められたほうがいいでしょう?」と指摘されたことだ。

 思えば、確かにそういうことがあった。


 アンドレがフィリップの小隊に配属されて数ヶ月経ったころ、盗品ばかりを扱う違法オークションの摘発があった。

 王都郊外の屋敷を取り囲み、ちょうど開催中のところに乗り込んで、主催者と客を一網打尽にする計画だった。

 総指揮は大隊長。三つの小隊が出動していたが、斥候の報告で隠し扉が複数あることがわかり、さらに細かく隊を分けることになった。

 フィリップの小隊は二つにわかれ、一方はフィリップが、もう一方はアンドレが任された。――フィリップからの任命だった。

 そのころにはフィリップの強さや采配に尊敬の念を抱いていたから、アンドレは気合いを入れ直して臨んだ。

 アンドレの隊の担当は裏手の小さな扉だった。洗濯室への出入り口と思われる。オークション開催中の今はおそらく無人だろう。

 その扉が見える暗がりに身を潜め、アンドレは時計を見つめる。各所から一斉に突入することになっていた。

 もう五分ほどというとき、目標の扉が開いた。灯りが外に漏れ、人影が現れる。

(男。ひとりか)

 そう判断した瞬間、アンドレは男に駆け寄り、腹に拳を叩き込んでから首の後ろを手刀で打って気絶させた。

 物音を立てずに対処できたと安心したのが悪かったのか、半開きの扉に手が当たってしまった。

 扉が動き、がたんっと音が鳴る。

「何の音だ?」

「さっき出てったやつじゃないのか」

 はっと息を詰めるアンドレの耳に屋敷内がざわめくのが聞こえた。洗濯室の近くに警備の待機部屋でもあったのか。

「いや、静かすぎる。不用意な音を立てたら外の犬たちが黙っていないはずだ」

 裏庭の警備と犬はすでに無力化してある。

「確認してこい。俺は連絡を」

 それを聞き、アンドレは待機していた騎士に合図し、突入することにした。

 ――予定時刻より三分ほど早かった。

 制圧は難なく終わり、アンドレの失態も全く影響しなかった。

 それなのに大隊長はネチネチと、アンドレではなくフィリップに小言を並べ立てた。しかも、撤退前の現場でだ。

 自分の作戦に絶対の自信があってそれを乱されるのを嫌う大隊長だ。

 公爵令息の家柄も、王の甥の血筋も、見た目を裏切らない強さも備えているフィリップは、早々に出世するだろうと思われていた。大隊長はそれも気に食わないのだろう。

(大隊長の小言を切り上げるには、「あとで反省文を提出します」の一択だ。自分より前から第三にいる小隊長が知らないはずはないのに)

 反省文の文例集すら出回っているくらい有名な話だ。

 アンドレが「あれは俺が勝手にやったことです」と名乗り出たところでフィリップが解放されることはなく、ふたりに対しての小言が新たに始まるだけだろう。

 アンドレは、別の小隊長に近づき、

「そろそろ撤退準備が整うんですが、あれ、やめさせてもらえませんか」

 ベテランの小隊長は、大隊長のあしらい方もうまい。彼は苦笑して、

「フィリップ殿が、たまには好きにしゃべらせてやろうって言ってたんだよ」

「なんでまた」

「ときどきガス抜きしたほうが突然爆発せずに済むから、だと」

 フィリップが黙って聞いているから興が乗ってきたのか、大隊長は止まらない。

 手が空いた騎士がどんどん集まってきて、捕えられて護送馬車に詰め込まれた者たちも、わずかな鉄格子の隙間からこちらに注目している。

 アンドレはベテラン小隊長に「せっかくなので広めてきますね」と言って、その場を離れる。

 捕まった中で一番身分が高そうな貴族の客のところに近づき、鉄格子ごしに声をかけた。

「護送の準備はできていますが、少々お待ちください」

 アンドレが丁寧な態度をとると、相手は捕まっているくせにふんぞり返った。

「ふんっ、この私を不当に拘束しておきながら待たせるとは、なんたることか! 裁判で訴えてやる!」

 不当ではなく正当だが? と思いつつ、顔には出さない。

「あの熊のような騎士はなぜ怒られているのだね?」

「第三騎士団第一大隊長トスターの決めた作戦を予定より三分ほど前倒しにしたからです」

「はぁ? 三分だけ? その程度でこの私を待たせているのか!」

「第三騎士団第一大隊長トスターがご迷惑をおかけして……」

「熊を叱責している男が第三騎士団第一大隊長トスターなのだな? 裁判では覚えておれ! 私は無実なんだからな!」

 無実じゃないだろ、と内心でつっこみながら、アンドレはその場を離れる。

 うまくすればこの貴族が取り調べや裁判で大隊長の文句を言い、彼の所業が騎士団の外にも伝わるだろう。

 実際、この貴族は、誘われての初参加。すぐに捕まったため罰金刑で終わった。自分のことを棚にあげて、大隊長の文句を吹聴したため、貴族本人の噂と合わせて大隊長の噂も社交界に広まった。これには騎士団上層部も手を焼き、大隊長を国境基地に異動させようとしたが、それをフィリップが止めたらしい。フィリップの取りなしで王都勤務を続行できた大隊長は心を入れ替えたのか、自分の作戦に固執するのをやめたし小言も減った。今度はそれが美談として社交界に流れ――おそらくはミナパート公爵家の手腕だ――、違法オークションに参加して捕まった貴族が逆恨みで騎士団を貶めていた話に決着した。

 摘発現場から戻ったあと、アンドレはフィリップに頭を下げた。

「俺のせいで、申し訳ありませんでした」

「いや、君が謝ることじゃない。部下を守るのは俺の仕事だ」

 フィリップは鷹揚に首を振り、

「それに、君の突入の判断は最善だったと思うぞ。よくやった!」

 フィリップに肩を叩かれて褒められたアンドレは、より一層精進しようと心に誓ったのだ。

 努力が功を奏して、アンドレはフィリップの副官の地位を勝ち取った。フィリップが副団長になったときも、退団するときも、一緒に来てくれないかと直々に打診されたのが自慢だ。

 一番重要な場所で指揮をとるのがフィリップなら、次に大切な場所を任されるのがアンドレである。

 それは、辺境騎士団に移った今でも変わらない。


「ジルは警戒しなくていいんですか?」

 過去に思いを馳せていたら、突然後ろから声をかけられて、アンドレは内心驚きながら振り返る。眉間にしわが寄ったのは致し方ない。

 ブリスとエリクも、「うわっ」「セザール、気配を消すなよ」などと言っている。

「普通に近づいてきただけだろうが。察してくれ」

「セザールさんの気配は無理っす。察せないっすよ」

 そう言われたセザールは肩をすくめてから、アンドレに目を向ける。

「ジルが奥様に近づかないように見張りますか?」

「いや、不要だ」

 ジルは弁えている。アニエスと仕事がしたいと言っていたのは本音だろう。それなら、追い出されるような愚は犯さないはず。

 それよりも管理官のジャコブのほうが心配だが、フィリップを脅かすほどの敵ではない。おそらくジルがうまく誘導して、アニエスに害が及ばないようにすると思う。

 ジルとはときどき情報交換をする約束もした。

 ただ、彼はフィリップとアニエスの恋愛を後押ししているわけではないから、そちら方面で自ら動いてくれることはなさそうだ。

 恋愛方面で手を組みたいのは……、

「コレット・ランドルク嬢と親しくなれないだろうか……?」

 アンドレが思わず声に出すと、ブリスがばっと立ち上がった。

「アンドレさんっ! アンドレさんもついに女性に興味が!?」

「さりげなく顔を合わせられるように彼女の動向を調べましょうか?」

 エリクは苦笑いしているが、セザールまでそんなことを言い出す。

「団長が奥様を落とすための助言と協力がほしいだけだ」

 そう言ってから、アンドレは思い直す。

「しかし、動向調査は有効か? 目的はどうあれ親しくなりたいのは変わらないわけだし」

「いや、普通に話しかけたらいいじゃないすか。団長についていれば、奥様と一緒にいるランドルク嬢と会うこと多いでしょ?」

「そうか? 話しかけても邪険にされたりしないか?」

「騎士に偏見ある人じゃなさそうですよー。王都からここまで来るときも、雑談したりしましたもん」

 アンドレがブリスから「まずは団長と奥様の話題から出して……」などと指南を受けている後ろで、エリクとセザールが、

「討伐ならともかく恋愛で、団長がアンドレさんの助力を必要とするかなぁ」

「俺が見る限り、団長の勝利は目の前だと思う」

 などと、顔を見合わせあっていた。


くっつく過程も楽しく見守れるコレットとフィリップの幸せが最優先のアンドレなので、辺境伯夫妻の話をしても全然かみ合わなくて、「くれぐれも余計なことはしないでくださいね」とアンドレはコレットから注意を受けるオチ。

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