辺境伯夫妻を見守るふたり
※盗掘団の討伐が終わってすぐくらい?
サロンから出られるサンルームのベンチにアニエスとフィリップが並んで座っている。
セシルが退出するときに偶然通りかかったコレットは、サロンの扉を閉めようとするセシルを止めた。
「ちょっと待って!」
扉から中を覗こうとするコレットにセシルは、「バレたら怒られますよー」と笑う。そういう彼女もコレットと並んで、覗く体勢だ。
アニエスの仕事もフィリップの討伐もひとまず落ち着いて、やっとのんびりできる時間が取れるようになった。
(朝食で打ち合わせをすることもなくなったと聞いたけれど、ティータイムを過ごせるようになるなんて、だいぶ進歩したわね)
アニエスたちは何か話しているようだけれど、サロンとサンルームの間はガラスで仕切られているから、声は聞こえない。見たところ雰囲気は悪くない。
コレットは視線を動かさないまま、セシルに尋ねる。
「セシルから見て、アニエスたちはどうなの?」
セシルは護衛なので、コレットよりアニエスたちと一緒にいる機会が多かった。
「どうって……」
コレットの質問が漠然としていたせいか、セシルは少し考えるように言葉を切ってから、
「仲が良いですよね。騎士団所属だったときに貴族の夫婦は何組も見ましたけど、周りの目があるときは仲睦まじくても二人だけになったらさっと距離を取るって夫婦もたくさんいましたから」
「そうね」
コレットも王宮メイドだったときに仮面夫婦はよく目撃した。メイド仲間から、流行りの愛憎劇に負けないくらいの修羅場の話も聞いたことがある。幸い、王族は国王夫妻も王太子夫妻も円満だから良かったけれど。
「奥様は旦那様のことがお好きですよね」
セシルの言葉にコレットも全面的に同意する。
「そうよね。どう見ても好きよね」
「私は王宮で奥様を護衛していたのでわかるんですが、仕事抜きに男性と接するときの奥様って警戒してらっしゃるんですよ。でも旦那様に対してはリラックスされてます」
セシルとコレットが見守る先で、アニエスは手帳を取り出した。
(アニエスはまた仕事なの? それを旦那様が許してしまうから、アニエスも変わらないのよね)
こちらからはふたりの後ろ姿しか見えないけれど、座る距離は近い。
「敬愛や親愛だって本人は言っているけれど、自覚がないだけで恋愛感情なんじゃないかしら」
アニエスはうつむいて手帳に熱心に書きつけているようだ。その横で、フィリップはベンチの背もたれからアニエスの肩に腕を回そうとしている。
アニエスは全く気づいていないようだけれど、コレットたちには丸見えだ。
(今です! 旦那様! そこでぎゅっと抱きしめてください! そしてできれば口付けまで……!)
コレットは声を上げそうになって口を押さえ、セシルはぐっと拳を握りしめた。
そろそろとゆっくり伸ばされたフィリップの手がアニエスの肩に触れる寸前。
アニエスが顔を上げてフィリップを振り返った。すると、フィリップは素早く腕を戻してしまう。
「ええっ、なぜ?!」
「旦那様なら気づかれずに確保できるはずなのに!」
コレットとセシルは、がくっと肩を落とす。
焦ったようにのけぞるフィリップにアニエスは怪訝な顔をしている。
フィリップは歴戦の猛者といった容姿で、直接人柄に触れる機会がなければ、コレットは怖がって近づけなかっただろう。
実際は使用人にも気さくに接してくれる穏やかな人だ。
それでもやっぱり騎士団長で、盗掘団の討伐は見事な采配だったと聞いた。コレットはときどき騎士たちと雑談をするけれど、皆フィリップの強さを讃えている。
(それなのに、アニエスに対してはこれ……?!)
「でも、これはこれでいい!」
両手を組んで祈りを捧げるコレットに、セシルが「これはダメですよ」と呟いた。




