エピローグ
夜会も終わり、領地に帰ってきた。
アニエスはいつもと同じ時間に目が覚めた。
目の前には壁がある。
髪を撫でられる感触も毎朝のことだ。
温かい腕の中で、アニエスは今日の予定を考える。
(午前は離れに行って、報告官育成の進捗の確認。それから執務。午後は、手つかずの客室の内装の検討ね)
「あ!」
アニエスが声を上げると、フィリップが「おはよう」とアニエスの額に口づけを落とす。――フィリップもアニエスの寝起きに驚かなくなっていた。
「おはようございます」
「今日は何を思いついたんだ?」
「乗馬です、乗馬。フィリップ様が教えてくださるって」
「ああ、晴れたらという約束だったな」
主寝室のカーテンの隙間から明るい光が差し込んでいる。
「フィリップ様の今日の予定は?」
「朝は鍛錬。午後は何か書類確認があると昨日アンドレが言っていた気がする」
「私は午後に時間があると思うのですが、お忙しいですか?」
アニエスが見上げると、フィリップは「うっ」と言葉に詰まったあと、
「いや、書類なんていつでも確認できる。アニエスの予定に合わせよう!」
「良かった。ありがとうございます!」
アニエスが笑顔を浮かべると、フィリップは再度胸を押さえた。
結婚から三年後、ペルトボール辺境伯夫人は任期付きの議席を得る。
女性の議員は夫人が初めてだった。
オパール鉱山による領地の活性化、収支報告書の統一規格を周知させるための報告官育成の功績が認められた結果だ。また、結婚前の王太子筆頭補佐官の経験、実家マネジット伯爵領の観光業の成功も、議員当選への大きな後押しになった。
宰相やカラエラ侯爵のほか、大臣や議員の多数も、夫人を歓迎した。
議会の会期中、ペルトボール辺境伯は夫人を毎日馬車で送迎していた。
辺境伯と話すときに夫人が笑顔を浮かべることがあり、夫人の文官時代を知っている者は皆驚いたという。
終わり
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