滅びる前の世界③
間が開いてしまいました。
申し訳ございません<(_ _)>
1カ月ほど経った日の事、また街の外に【厄災】が現れた。
巨大な蛇の姿をした厄災だ。前回の竜の魔物よりも一回り程体が大きい。
「【ゼロフレーム】」
とはいえ、やることは変わらない。街に被害が出る前に、必殺技を使って早急に処理するのみ。
粉切れにされた厄災の死骸を運ぶために、ラクナを呼ぶ。
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「厄災の強さが上がっている」
黙々と機械兵を指揮し、肉を運ぶラクナに、リウラが真剣な顔をして切り出した。
「……いつものように一撃で仕留めているようにしか見えませんでしたが」
「傍目にはな。だが、厄災を倒すために必要な|心力《スヴォシア》の量が、度々増えているのだ」
「……失礼」
ラクナはリウラの端末を覗き込み、心力の量を確認する。
前回の討伐では100万年分の心力を利用したが、今回の消費量は120万年ほど。
得られた心力も増えたが、危惧すべきは、敵の戦力が増しているということ。
「このままだと、俺では勝てなくなるかもしれん」
リウラは腕の端末に挿入されているカードを見つめる。
「……【メモリーカード】の制限は解除できませんよ」
メモリーカードはラクナが開発した、生体情報を保存するためのカードだ。
この世界の生命体は、一定の期間を過ぎると、その時点での生体情報をメモリーカードに保存することが義務付けられている。
心力がある限り、無限に進化してしまうこの世界の生命体は、放置しておくと体をどんどん成長させ、心力を余分に消費してしまう。
それを対策しようとラクナが開発したのが【メモリーカード】だ。ある程度の生体情報を保存することにより、現在の肉体から、生命体としての成長を著しく遅らせる。
肉体が損傷してもメモリーカードに保存されているデータを用いれば、心力を用いての治療が容易になる反面、生命としての進化を止める、現状維持装置だ。
メモリーカードが進化を遅らせていることによって、世界全体での心力の消費量は減り、平均寿命は伸びた一方で、一定期間を過ぎると成長できないという社会システムは、格差を生んだ。
「世界が成長を止めることで、生きられる命があることをは理解しているでしょう。あなたにだけ特例を認めるわけにはいきません」
「わかっている。……だが、このままでいいとも思えないんだ」
「……」
曇った顔でリウラが俯いていると、「討伐ご苦労」と女性の声が聞こえてきた。
「レイル! どうした、こんなところで」
「王と呼びなさい、王と」
声の主は中央塔の管理者であり、全てを統一し、現代の社会を作った、この世界の王、レイル。
いつもは中央塔で虹の渦を管理しているのだが、外に顔を出すのは珍しい。
明るい声で呼び捨てにするリウラをラクナが諫めるが、「公的な場ではないから、気にしなくていい」と嗜める。
レイルの護衛だからか、アーサーもめんどくさそうな顔で後を着いてきた。
「うっへ~、またでけえの討伐してんでやんの」
「また何年分かの心力が賄えそうだ。いつもすまないな」
機械兵たちが運ぶ魔物の死骸を見て、レイルは満足そうに頷く一方で、アーサーはどこか呆れ気味だ。
「喜んでばかりもいられん。厄災の強さが増している」
「お前の心力の消費量が上がっているからな。そうなのだろう」
派手に必殺技を打ち込んでいるだけに見えて、リウラは細かな心力のコントロールを行っている。
自分ができる限り少ない消費量で厄災をたおせば、その分、下の者へ心力が配分されると思っているからだ。
だから、心力の消費量の増加は、厄災の強さの目安にはなっていた。
「俺以外の兵士に心力を与え、国力を強化すべきだ」
リウラの提案に渋い顔になったレイルを見て、「意味ないね」とアーサーが口を挟む。
「俺を含めた雑魚を強化しても、厄災には勝てねえよ」
「……それはメモリーカードの成長のリミッターを解除してもか?」
半違法な荒業に、ラクナが眉をしかめるが、アーサーは「そうだよ」と肩をすくめた。
「厄災の討伐をお前に甘えている奴らに、戦士として成長の意志なんかあると思うか? 心力は意志のない所に進化をもたらさねえ。心力を与えたところで成長しねえよ」
「……」
アーサーの返答に、リウラは不服そうに頬を膨らますが、反論はしない。アーサーの言うことは現状、全面的に正しい。
もの言わなくなったリウラの様子を見て、アーサーは「ラクナ氏~」とわざとおどけた口調で呼びかける。
「リウラ君さあ、ラクナ氏が心力の使用制限なんて設けるからさ、ちょっとストレス溜まってるのよ。俺に免じてちょっとだけ制限緩めてやって頂戴」
「何で私があなた如きに免じる必要があるのですか。それに制限は、リウラが毎回心力を使いすぎるから……」
「ラクナ。少しだけ緩めてやってくれ」
レイルがアーサーの意見を後押しすると、ラクナはゲッと嫌そうな顔になった。
思わぬ方からの後押しに、渋々とリウラの端末を操作し、心力の制限を解除する。
「おお、いいのか⁈」
「……王の命ですから」
目を丸くするリウラに、悪態をつきながらラクナが目を逸らす。
「お前が討伐に手こずるときは私も出る。これでもこの世界を統一した戦士だ。お前だけで、この国の未来を背負う必要はない」
「……そうだな」
少しだけ間をおいてから、リウラは無理やり笑って「早速買い物に行ってくると」街の方へと走りだした。
「……ひとまず、機嫌を直してくれればいいが」
リウラの空元気に、レイルは心配そうに、遠くなっていくリウラの背を見つめた。
そんなレイルを横目で見ながら、アーサーは訊ねた。
「リウラが手こずるような厄災、あんた勝てるんすか?」
「……わからんな。あいつと私の強さは5分くらいだ。いざという時はお前が私を守ってくれればいいだろう。お前の守護のスキルは一級品だからな」
「冗談じゃない。あんたらが勝てねえようなバケモン、相手にするのなんざ御免だね。俺も兵士たちも、あんたらがピンチなら、我が身可愛さに逃げ出すつもりだ」
アーサーの返答に、困った顔でレイルは笑った。
アーサーの砕けたような物言いは、あまり自分を頼って欲しくないという理由から来るものだとは知っている。
嫌味や弱音を垂れながらも、リウラやラクナの仲をうまく取り持ってくれる面倒見の良さから、人柄を信頼してレイルはアーサーを傍に置いていた。
「あんたらが勝てなくなった時は、その時は世界が滅ぶときだ」
「……そうかもしれんな」
アーサーの言葉に、レイルは神妙な顔で頷いた。
「こんな世界を作るつもりじゃあなかったんだがな」
遠い眼をしながら、虹の渦を見つめるレイル。
内に抱えた憂いに少しだけでも寄り添えるようにと、ラクナとアーサーも同じ個所を見つめた。