滅びる前の世界②
「で、臨時の財布として俺が呼ばれたわけ?」
「財布だなんてとんでもない! ペナルティが終わったら利子付きで返す!」
「実際そうなってるだろうが。いいから行きたい店連れてけよ」
中央塔すぐ側に建てられた宿舎の、とある号室の部屋をノックすると、アーサーが気だるそうな顔で出てきた。
事情を説明し、飲みに誘う。リウラの端末では支払いができないため、今回の支払いはアーサーだ。
リウラがペナルティで心力の使用制限を受けるのは今回が初めてではない。アーサーはラクナの立場も含めたおおよその事情は把握している。
リウラが返済を怠ったことは一度もない為、アーサーも渋々と了承する。
臨時の財布代わりに自分を頼るリウラの事を鬱陶しいと思ったことは何度もあるが、邪険に扱おうと思うほど嫌いなわけではない。
他人以上、友達未満。アーサーからのリウラの評価はこんな感じだが、リウラはアーサーのことを話の分かる親友だと思っている。
認識のずれを理解はしながらも、アーサーはリウラに連れられて飲み屋へ向かった。
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「素材の扱いがなってねえ」
飲み屋で食事を終えた後、二人で中央塔傍の宿舎へ向かう帰路の中、アーサーが語り始めた。
「いい肉を使っている割に、火加減や調味料のバランスが悪くて、肉の味を殺してる。酒も庶民の間で人気の銘柄を揃えるばかりで、料理との相性もわかっちゃいない。ありゃ潰れるのも時間の問題だな」
リウラが選んだのは、低階級の者が暮らす、【下町】エリアのとある酒場だった。
この世界の生命は、中央塔が交付する心力がエネルギー源の為、食事によってエネルギーを摂る必要がない。それでも食事処が存在しているのは、一部生命が肉食によって心力を吸収していた名残によるものだ。
リウラたちにとって、食事はコスパの良い娯楽のようなものだ。美味しくない食事に存在価値はない。そのため、この世界の者の大半はグルメである。
アーサーはこの世界を治める【王】の護衛隊長に任命されている、上流階級の者だ。だから収入は良いし、食事は良いものを摂取できる。わざわざ下町の、料理の質が知れてる酒場など普段は利用しない。
アーサーの評論に頷きながらも、「しかし」とリウラは言葉を繋げた。
「先月より料理の腕は上がっていたぞ! 長く店が続けば、いずれは名店になるだろう」
「続けばな。大抵は腕を磨いてる途中でドロップアウトするのー」
アーサーの冷めた回答に、リウラは口をとがらせる。
「……料理は全部たいらげていたくせに」
「支払いはお前だからな。タダなら食うさ。だが、金を払ってはごめんだね。実際食事時だってのに、俺たち以外に客はいなかったじゃねえか」
今回食事した店では、食事時だというのにも関わらず、客がアーサーたち以外に存在していなかった。
隠れた名店であれば良かったのだが、出された料理はまずくはないが、とりわけ美味しいわけでもない。酒の種類も豊富というわけではなく、アーサーたちの住む宿舎付近で店を探す方がおいしい店は山ほど見つかる。
聞いてみれば、料理で生計を立てようと店を立ち上げたはいいものの、客足が伸びずに、心力の支払いに店主が苦労しているようだった。
何を基準にリウラがこの店を選んだのかは明白だ。
「チップまで払わせやがって。そんなんだからラクナ氏に怒られんだよ。良い店主だったし、応援したいのは分かるが、チップまで払えば投資じゃなくて奉仕だろ」
「奉仕の何が悪いのだ」
「悪くねえよ。悪くはねえが、お前のそれには意味がないって話」
アーサーがため息交じりに続ける。
「先月より料理の腕が上がったって? そりゃそうだ。飯売って生きていこうって奴らが料理の腕磨かないでどうすんだ。そんなのあそこよりもっと美味い飯を出す名店だってやってんの」
「しかし、あの店主は良い奴だ。頑張って腕を磨けば、いずれは客が溢れかえるような名店になるかもしれないし……」
「建前はいいって。心力の支払いに苦しんでいた店主を助ける目的だったのはバレバレ。正直に言えよ。趣味レベルの腕で店を構える店主が、料理人として大成すると思うか?」
少なくとも、料理の味には人一倍厳しい世界で、自分でも作れるレベルの料理の腕で店を構える時点で、経営者としては終わっている。
趣味でやるならまだしも、それで食っていこうなど判断した時点でオーナーとしては論外だ。
腕を磨けば――なんて未来に逃げる前に、現状が見えていない奴に投資する価値はない。
アーサーの言いたいことを理解したリウラは、気まずそうに押し黙った。
「意味がないってのはそういうことだよ。店の経営が成り立たないのは訳がある。お前が助けてるのはそういう連中だ」
誰かから助けられたいなら、補助を受けられるだけの相応の価値を示すべき。
職業人としてそれができないなら、助けを求める資格なし。
厳しいながらも、それが正論なのはリウラも認めている。
「何度も言うが、無償で他人に心力を渡すのは犯罪……チップも限りなくグレーに近い行いだぞ」
「……いいではないか。俺の心力を俺がどう使おうが」
「良いと思うぜ。節度を守ってやる分にはな。だがお前は身を削る」
アーサーは心力の支払い制限がかけられた、リウラの端末を指差した。
リウラが一度、限界ギリギリまで他人に心力を分け与えた時に、ラクナが王からの命令で慌てて搭載した機能だ。
「言葉は悪いが、何でもねえ奴100人が100年生きることよりも、お前1人が1年生きることの方が世界にとって重要なんだよ」
「誰かの役に立てなければ、生きていてはいけないのか」
「今の世界じゃな。全員賄う余裕はねえ」
アーサーの回答に不服そうに俯くリウラの脇腹を、アーサーが肘で突いた。
「望みすぎなんだよ何もかもを。前の世界じゃ1年も生きられなかった弱者共が、10年の命は保証されるだけましになったじゃねえか。これ以上我儘言って王やラクナ氏を困らせるんじゃねえよ。俺も怒られるんだから……」
どうやらリウラの支払いを肩代わりしていることは筒抜けらしい。
げんなりした顔でアーサーはため息をついた。どうやら相当絞られているようだ。
「心力はちゃんと返せよ」
宿舎付近に着くと、そうリウラに言い残して、アーサーは自分の部屋へ帰っていった。
返済を忘れたことはないが、アーサーは必ず釘を刺して帰る。
なんだかんだで愚痴に付き合ってくれるアーサーに感謝しながら、その背中を見送ると、リウラはなんとなしに、中央塔の上空に存在する虹の渦を見上げながら呟いた。
「やはり心力を増やすしかないか……」
アーサーは言った。世界にとって100人が100年生きることよりも、自分1人が1年生きることの方が重要なのだと。
自分がそれほど世界に必要とされていることは、リウラ自身も理解している。
だがそれを理解したうえで、リウラにとっては自分1人が1年生きることよりも、自分の寿命を1年削ってでも他の者と100年生きることの方が重要だった。
今の世界でそれが叶わないのなら、それが実現できる世界を作らなければなるまい。
心の中で意志を固め、リウラは自分の住む部屋へと戻っていった。




