再動
体に細かなひびが入りながら、灰のように散っていく感覚。
死んだときのことを思い出すと、いつだって怖くなって心が震えてしまう。
あの時何でリウラが自分を、世界を壊したのかはわからない。
悲鳴に近い声を上げながら、苦しみながら世界を壊していたのかはわからない。
どんな経緯でああなったのかはわからないが、事実なのは、リウラが自分を殺し、世界を壊したことだけだ。
でも、そんな存在に戻りたくないと、今目の前でリウラが足掻いているの事実だし、破壊神になる前のリウラが、自分を信じてくれたことも、それによって自分が救われたことも事実だ。
自分が今、リウラを助けてどうなるかなんてわからない。聖也の心力を貰ったことで、破壊神として目覚めない可能性もあれば、記憶を完全に取り戻して、破壊神として再び世界を壊す可能性もある。
先のことに、誰も約束なんてできない。
――自分じゃない誰かのことなんてそんなもんだ。曖昧で、答えの見えないものを信じなきゃいけないときってのがあるんだ。
この言葉の意味、今ならわかるよ。きょーこ。
リウラがリンカーの攻撃を喰らい、意識を散らしてしまった瞬間、ファルモーニは楽器を構え、
「きょーこ! 必殺技カードを‼」
「……! りょーかい!」
響子が必殺技カードをスキャンする。
『必殺技――』
スキャナーからアナウンスが流れ、大量の心力が、響子の体からファルモーニの体に流れ込んだ。
「これで屈服しなぁ‼」
【ゼロフレーム】のエネルギーを失ってしまったリウラに、リンカーの【駕瓦我隷輪】が迫る。これを喰らってしまえば、リウラは体の自由を完全に奪われてしまうだろう。
首輪がリウラに迫る中、ファルモーニが楽器から放出したエネルギーが、リウラの体に命中した。
信じるっていうのは、自分や他の誰かの行動や未来に、確かな補償を持つことじゃないんだね。
あの日リウラが「どうして自分を信じてくれたのか」という問いに対して、「信じたかったから」と答えたことを思い出す。
傍から見れば根拠もなく誰かを信じたリウラの言葉は、馬鹿馬鹿しいものかもしれないが、だからこそのまっすぐな思いが、今の自分を形作ってくれたのだと今は思う。
自分の気持ちなんて、曖昧で、答えの見えないものだ。でも、理屈に捕らわれないものだからこそ、理屈を超えて誰かを傷つけることもできるし、救うこともある。
さっきは破壊神っていってごめんね。
それは確かな事実だけど、過去を忘れたあなたにまだ伝えていなかった。
あなたの気持ちや夢が、私を救ってくれたこと。あなたのおかげで今の私があることを。
不安な時、あなたの存在に私は支えられた。
もし今のあなたが、破壊神に戻ることに苦しんでいるのなら、あなたの中にまだあなたの夢が残っているのなら、
誰かのことを、自分の気持ちが形作ることがあるのなら。誰かが不安な時、自分の気持ちでその人を支えることができるのなら。
今度は私が信じるよ。あなたのこと。
「【再動する鼓動の強振音】‼」
ファルモーニの発した音が、リウラの心臓を強く揺らす。
するとリウラの体から再びエネルギーが満ち溢れ、薙刀の刃に、【ゼロフレーム】のエネルギーが収束した。
「――なっ⁈」
「いっけえリウラぁ‼」
ファルモーニの声と共に、リンカー以外の体が薄い光に包まれた。
【再動する鼓動の強振音】は、何らかの原因で他の契約戦士の必殺技が中断された際、再び発動可能状態に戻す必殺技。
「おおおおおおおおおおおおおおお‼」
リウラが体全体を使って、薙刀を一閃すると、同時に発生した無数の斬撃が、周囲の壁を、床を、建物を、そしてリンカーの体を深く切り刻んだ。
「ば――か、な――」
体を切り刻まれたリンカーは光の粒子となって、その場から消滅する。
リンカーが消えたのを見届けてから、リウラの体がぐらりと揺れて、その場に倒れこんでしまった。
「……リウラ!」
倒れるリウラの下に、聖也たちが慌てて駆け寄った。
「……聖、也」
意識があるようでひとまず安心はしたが、リウラの顔色は恐ろしいほどに悪い。
「……リウラ、リウラぁ!」
倒れこむリウラの顔を、ファルモーニが泣きながら、覗き込むような形で伺った。
「……ファル、モーニ。……すまな、かった。俺は……お前を……」
「いいよそんなの! 何か私の知らないことがあったんでしょ! リウラが何もなしにああなるはずないもん!」
「……ぐあああああ!」
リウラが突然呻きだし、苦しそうに右手を押さえる。
大分収まって入るが、リウラの右手からはまだ微弱な黒い雷のオーラが、溢れ出てきている。
それを抑え込もうと苦しむリウラを、ファルモーニが慌てて抱きしめた。
「大丈夫だから! リウラは破壊神には戻らないって! だから負けないで! また昔みたいに、皆で私の歌を――」
「――総員‼ 構え‼」
ファルモーニが必死でリウラに呼びかける最中、何処からともなく響いた声と共に、百人ほどのプレイヤーと、その契約戦士たちが現れ、武器を構えながら一斉にリウラたちを取り囲んだ!
なんだこのプレイヤーたちは?!
突然の光景に聖也たちが混乱していた所、聞き覚えのある声が、包囲の外から響き渡る。
「止めなさい‼ 今のリウラを刺激してはなりません‼」
ラクナの声だ。
必死に制止するラクナの声に被せるように、謎の契約戦士が、集団に向かって呼びかける。
「だからこそ今仕留めるのです! 破壊神として目覚める可能性が高まった今、その力が収まっているときにこそ打ち取らなければなりません! ……一斉砲撃!」
合図とともに、構えていた銃器から、無数の弾がリウラに向かって撃ち込まれた。
それを見たリウラが反射的に、聖也達を自分から離れたところに突き飛ばす。
「……リウラ‼」
エネルギー弾や爆発物も撃ち込まれ、リウラが立っていた場所に激しい爆発が巻き起こった。
立ち上る爆炎を眺める聖也の下へ、結たちが慌てて駆け寄った。
「聖也! 大丈夫⁈」
「大丈夫じゃない‼ いったいどうなっている⁈」
「付かず離れずで様子を見てたら、いきなりあいつらぶっぱなしやがった!」
アーサーが聖也を隠すように、盾を構えながら前に立ち、その場をそっと離れようとする。
「……これは、まずい」
そして、聖也の体が消滅を開始しないことに気が付いたアーサーの表情が、みるみるうちに絶望に染まっていく。
聖也が消滅しない、ということは、リウラは今の攻撃で死んではいない。
それ自体は喜ばしいのだが、問題はリウラを破壊神として認識している、連盟のプレイヤーたちの攻撃を喰らったということ。
銃器や爆発物も、召喚によって呼び出したものである以上、その構成要素は心力だ。
リウラを破壊神と認識したプレイヤーの心力が籠った攻撃を、今の不安定なリウラが喰らったとしたら――
「――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼」
爆風が突然かき消され、辺りに黒い雷のオーラがまき散らされた。
煙が晴れ姿を現したのは、再び全身を黒い雷のオーラで覆ったリウラだ。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼」
「伏せろ皆あああああ‼」
聖也の叫びに、皆が反射的にその場に伏せた。
リウラの方向と共に爆発的に雷のオーラが増幅し、辺り一帯に放出された。
耳を裂くような轟音が鳴り響き、辺り一帯を壊して回る。
そして、オーラの放出が収まった後、周囲には絶望的な光景が広がっていた。
「エリアが……」
オーラの放出は10秒にも満たなかったはずだ。
その10秒足らずの時間で、住宅街エリアが完全に崩壊し、辺りには瓦礫が転がるだけの、無惨な更地の状態にされてしまっていた。
プレイヤーたちは奇跡的に、誰一人として死んではいない。
恐らく、最低限の自我がまだ残っていて、リウラが皆だけでも巻き込まないよう、コントロールしてくれたのだろう。
だが、そんなことは連盟の者たちは知る由もない。
再びヨロヨロと立ち上がり、リウラに向かって攻撃をしようと武器を構える。
「!」
そしてその敵意を感じ取ったかのように、リウラのオーラが再び増幅し、周囲の者を威嚇するかのように、雷のオーラをばらまき始めた。
「これ以上リウラを刺激しないで‼ 攻撃を止めて!」
「……馬鹿っ⁉ 隠れてろ‼」
背後から出て呼びかけた聖也を、アーサーが慌てて盾に隠すが、遅かった。
「……! 標的変更! あの少年を殺しなさい!」
スカーレスの指示で連盟は標的を聖也に変更。
聖也に向かって銃器が一斉に突き付けられる。
しまった。僕を殺しても同じことなのか。
破壊神になったとはいえ、今の聖也とリウラのライフはリンクしている。リウラを倒せないなら、聖也を倒せばいいという点は変わらない。
那由多や豪が、聖也の前に立ち、武器を構える。
だが、そんな様子を見ていたリウラが――
「ガアアアアアアアアアアアアアアア‼」
どうやら逆鱗に触れたらしい。聖也を標的にしたことにより、リウラはオーラを連盟のプレイヤーに向かって放出し始めた。
「うわああああ!」
「いやああああ!」
リウラのオーラに触れたプレイヤーたちが、次々に消滅していく。
「止めろリウラ!」
聖也が声をかけるも、どうこの場を収めていいのかわからない。
ライフノルマを達成するまで、この場で黙ってみておけばいいのか?
だが、止めようと前に出れば、代わりに自分が殺される。
完全に行き詰ってしまった状況に、聖也が絶望していた時だった。
『私を呼べ‼ 結!』
結のスキャナーから凛とした女性の声が響き渡った。
その声に驚きながらも、結はスキャナーから契約戦士カードを取り出し、スキャンする。
一瞬だけ視界に映った情報に、那由多が驚愕の声を上げる。
「カウント12?!」
「「「「カウント12っ⁈」」」」
カウント12。リウラと同じカウント帯の契約戦士。
ラクナやゼロム、そしてジークをも超える強さで在ろう戦士の存在に、一同が驚きの声を上げた。
結の目の前に現れた召喚陣が、リウラに負けないほどの膨大なエネルギーを放出し始める。
「皆を助けて‼ 【統制王 レイル】‼」




