ファルモーニの記憶②
「俺の願いも同じだ。俺だけじゃなく、皆一緒に無限の時を生きていたい」
そう語りだしたリウラに、ファルモーニは素直に耳を傾けた。
「……だが、心力の量が限られている中では、皆を生かすことは叶わない。俺は戦いになると心力を激しく消費するらしくてな。いざという時の為、心力のストックを多く確保していなければならんそうだ」
リウラが自虐気味に腕の端末を掲げて見せた。その端末には、『購入制限に到達。3日後解除』と見たことの無い表記がされている。
「……こんな機能あったっけ?」
「ラクナって奴が、俺の端末に勝手につけたのだ。『放っておくと誰かの為に無駄遣いするから』といって、俺の了承も得ずにな」
本当は100万年分くらい、他の者へ分け与えたいのに。
そう言ってリウラは口元を尖らせた。
「でも、あなたのおかげで私たちは安全に過ごすことができている」
どういうわけかはわからないが、この世界では定期的に【厄災】と呼ばれる、巨大な魔物が国の外に出現し、定期的に王国を滅ぼしにかかってくる。
強大な力を持つ厄災との戦いでは、毎回多くの兵士が殉職する。
給料はいいが、寿命は短い。そんな風に皮肉を言われることもあったほどだ。
だが、そんな犠牲が出ていたのも、リウラが現れるまでの話。
リウラが王国の兵士として勤め始めて以来、厄災との戦いで被害は一切出していない。
何千人がかりで討伐していた厄災を、リウラは一人で討伐する。
今の国民の生活は、リウラが築いた安全を前提として成り立っている。リウラの永遠が約束されるのは当然なことだ。
「でも、皆が永遠を生きられない中、俺だけが永遠を生きるのは寂しいのだ。……生きててほしかった者たちがいっぱいいた。だけど心力が不足しているからそれは叶わなかった。友が消えて、俺がとり残される度、『そういうもんだ』といつも慰められる。いつしか皆、永遠を生きることを諦めた」
永遠を諦めた、と言われ、ファルモーニは無意識の内に、自分や下町に住む者たちの姿を重ねてしまった。
「だから、お前の歌を聞いて嬉しかったのだ。俺と同じ、皆で永遠を過ごすという夢を持ってくれている者がいる。それだけで、俺の中の夢が現実味を帯びた気がしたんだ」
真っすぐに感謝の言葉を述べられ、ファルモーニは顔を赤くしながら目を逸らした。
ごめん、本当は私も諦めかけてたんだよ。なんて、こんな純粋な目をしたリウラにはとても言えない。
「俺はいつか、心力を増やす方法を見つけ、この世界の者が、もっともっと長生きできるような世界にしてみせる。果てしない道のりだろうが、きっと心が折れそうになった時に、お前の存在が、お前が作った歌が、俺を支えてくれるような気がしたのだ」
言いたいことを言い終えたのか、リウラは壁から背を離し、ファルモーニに背を向けて歩き始めた。
「今日の代金は、俺からの礼だ。不快に思うなら、他の奴にでも渡してしまってくれ」
どうやら、最初に自分が怒ったことを気にしているらしい。
バツが悪そうな声で、その場を去ろうとするリウラを、ファルモーニは慌てて呼び止めた。
「また……聞きに来て!」
その返事にリウラは笑顔で手を振って返し、その日はその場を後にした。
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その後、リウラは仕事の合間を縫って歌を聞きに来るようになった。
歌を聞く前には、周囲の店で食べ物を爆買いし、下町の経済を回している。下町の者は喜ぶだろうが、購入制限の機能を勝手に取り付けられる程度には、浪費癖があることに気が付き、ファルモーニは勝手に納得する。
リウラが歌を聞きに来るようになって、周囲の目が変わった。
自分の歌を立ち止まって聞いてくれるようになった。歌を聞いた後にポジティブな感想をくれるようになった。
リウラは下町の者とも良くコミュニケーションをとる。リウラが自分の歌を認めたことに、便乗する形で評価するものが多いのは事実だが、それでも歌を聞いてくれる人間が遥かに増えたのは事実だ。
「いつか俺は、この歌のような世界を実現するぞ!」
歌を聞き終えた後、リウラは必ずテンションを高めに、宣言する。
何の保証もない、リウラの言葉。
保証がなくても、リウラの言葉を皆は信じた。リウラの言葉に心からの期待を寄せた。それだけの信頼を獲得していた。
かくいうファルモーニも、リウラに期待を寄せる一人になっていた。
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「今度ね、おっきなホールでライブできることになったの!」
「ほんとか‼」
ファルモーニが報告すると、リウラは心の底から嬉しそうな声を上げた。
あれからファルモーニの歌はどんどん評価されるようになっていき、今では身分問わずに愛される、世界的アイドルになっていた。
かなり心力を稼ぐようになったが、その稼ぎのほとんどを、ファルモーニは下町の者に寄付している。身分問わずに愛されるのはそのためだ。
「……ありがとう」
突然礼を言われ、ファルモーニは目を丸くする。
「……お前の歌を皆が聞くようになってから、皆の顔が明るくなった。まだまだ世界は変えられないけど、それでも前よりずっと、前を向いて生きるようになった気がする。お前の歌のおかげだ。本当にありがとう」
「……違うよ」
礼を述べるリウラの口に、人差し指を当てて、ファルモーニが笑った。
「お礼を言わなければいけないのは私の方。ホントはね、諦めかけてた。皆で無限の時を生きたいっていう夢。あの日リウラが歌を聞いてくれなかったら、私の歌は只の妄言で終わってた」
今まで、誰も自分の歌を聞いてくれなかったとき、リウラは耳を傾けてくれた。
歌を、自分の夢を、素晴らしいと言ってくれた。諦めかけてた夢を、信じて支えてくれた。
一人で歌っていた中で、それがどれだけ心の支えになってくれていただろうか。
きっとあの日出会っていなかったら、荒んだ心で、自分を諦めたような擦れた毎日を過ごしていたに違いないと、何度も思う。
「ねえリウラ。何であなたは自分の夢を信じられるの?」
夢はあくまで夢である。
何の保証もない、不確かで曖昧なもの。
だからこそ自分は諦めかけた。でもリウラは常に『皆で無限の時を生きたい』という夢を信じ続けていたし、終始、諦めるような素振りは見せなかった。
それなのにリウラが自分を――夢を信じられたのはどうしてだろうか。
「何でって言われてもな……」
ファルモーニの問いに、リウラは難しい顔をして、唸りながら考え込んだ。
そして、暫く思慮を巡らせた後、
「……信じたいからじゃないか?」
何とも雑な回答が帰ってきて、ファルモーニは思わず噴き出した。
「答えになってないよ……!」
「? そうだろうか?」
不思議そうに首をかしげるリウラを見て、ファルモーニは腹を抱えながら、目尻に溜まった涙を指で拭った。
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それから、とある会場でライブをしていた時だった。
突然世界を壊すような轟音が鳴り響き、崩れた天井の瓦礫が後頭部に当たり、ファルモーニは気を失ってしまう。
そして、しばらくした後に目を覚ませば、最悪の光景が広がっていた。
「……え?」
人型の、黒い雷のオーラが、観客たちを、会場を、世界を。手当たり次第に触れたもの全てを消滅させて回っている。
黒い雷のオーラが触れたものは、ひび割れたように崩れ去り、心力となって、上空の渦の中に吸い込まれていく。
全てを壊すオーラの中から、何者かの心音が聞こえ、その音にファルモーニは驚愕した。
「……リウラ⁈」
聞き間違うはずもない。自分を信じてくれた、救ってくれた恩人の音。
なんでそんなことをしているの?
皆の幸せがあなたの幸せだったはずでしょ? 皆で無限の時を生きるんじゃなかったの?
そして、そんなことを尋ねる間もなく、リウラが放出したオーラに飲み込まれ、ファルモーニはこの世界での生涯を終えることになる。
死の間際に聞いたのは、世界の全てを壊して回る、リウラの悲鳴にも近い声だった。
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