幼馴染と過去の自分
何も食べないでもう一日過ぎた。
あのとき代わりに死んでいれば、松田と話ができていた。
僕が戦わないで、話をしようとしていれば、松田の為に何かできていたかもしれなかった。
両親を失った時から僕は何も変わっていない。
僕は肝心な時に間違えてばかりだ。
そんなことをブツブツと、廃人のように漏らし続ける聖也。
見かねたリウラが、
「向こうもお前を襲ってきたから仕方がない部分が大きいだろう」
「傷ついているのはわかるが、このままではお前も死んでしまうぞ」
と励ますような声をかけ続けてはいたが、聖也の心には届かなかった。
聖也が今まで生きてきた中で感じていた、負の感情がとめどなく溢れて、体中を蝕んでいた。
プラスの感情は生まれてこなかった。生きていることさえ申し訳なく感じていた。
どんな死に方をすれば、今まで迷惑かけた人たちにお詫びができるだろうか。
そんなことを考えていた時だった。
「聖也」
コンコン、という優しいノックの後に、玄関から女の子の声が聞こえてきた。
「先生に頼まれて、プリント持ってきたよ」
玄関の先に立っていたのは、聖也の幼馴染の少女。夢野 結だ。
茶色い髪を後ろに束ねた、目鼻立ちが整った女の子。幼さを残しながらも、妖艶な魅力を感じさせる美貌から、学校のマドンナとして、皆に認知されている。
少し俗世から浮いた感覚の持ち主だが、人当たりの良い彼女は、学校中の人気者だった。
「皆が心配してたよ、ラインしても既読もつかないって」
「……」
「何があったか、話してくれない? もしかしたら力になれるかもしれないよ」
「……今、優しくしないで」
心をさするようなトーンで話しかける結を、聖也は低い声で遮った。
「今、優しくされても、辛い」
皆が心配してくれてるのは知っている。数えきれないほど届いた未読のラインや、電話の着信歴で感じている。
でも今の自分が――友達を消した自分が皆に合わせる顔がない。
「僕みたいなやつほっといてよ。絡んでもいいことないよ」
「でも聖也は私が辛い時にほっとかないよね?」
「もう死にたいんだよ僕は」
「何で死にたいの?」
聖也の心を、少しずつ掘り進めるように結は質問を重ねてきた。
「皆に……申し訳が立たないから」
「……聖也、変わったね。両親が死んだ日から」
ドアの奥から、トーンの落ちた結の心配そうな声が聞こえる。
「……保育園のころ、聖也が私を助けてくれたときのこと覚えてる?」
「……いや」
申し訳ないけど、今そんなことを思い出す気になんてなれない。
「思い出して、私にくれた言葉を。きっと今の聖也に必要な言葉だから」
じゃあ、またね。と言い残して、結は投函口にプリントを入れて去っていった。
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結が去ってから聖也は自責の念に囚われながらも、言葉通り、保育園での結との出会いを思い出していた。
確かあれはお昼寝の後の、自由時間でのことだ。
「ねえ、それあたしたちが使いたいんだけど」
自由時間で良く起こっていたのが玩具の争奪戦。貸し出しは基本的には早い者順の為、占有権を巡ってよくトラブルが起こっていた。
幼い結は遠慮しがちな性格だったから、玩具の争奪戦でよく負けていた。
その日どうしてもお人形遊びがしたかった結は、お昼寝の時間が終わってすぐ貸し出し用のおもちゃ箱の前にスタンバイして、珍しく狙い通りの玩具をゲットした。
その矢先、気の強い女の子3人組におもちゃを差し出すよう言い寄られたわけだ。
「……でも、私先に」
「あたしたち3人だよ?」
今まで散々早い者順で争奪戦をしてきたのに、この言い草だ。
言っていることはめちゃくちゃだが多勢に無勢。結が渋々とお人形を差し出そうとした時だ。
「だめだよ。結が先に取ったんだから」
そのやり取りを見ていた聖也が、結たちの間に割って入った。
「今まで早い者順だったじゃん。3人とか関係ないよ」
「でもあたしたちもそれで遊びたいもん」
「……結、今日ずっとこれで遊びたい?」
「……? ずっとじゃなくていい」
「じゃあ30分」
そして聖也は女の子たちに指を3本立てて、突き付ける。
「自由時間が60分だから、時間を半分こして遊ぶ。これでどう?」
「……あたしたち3人なんだけど」
「3人で1組でしょ」
聖也が付きつけた条件に、むむむと唸った後、「絶対貸してね!」と言い残して女の子たちは去っていった。
「よくないよ」
「……え?」
「いつもそうやって人に譲ってるじゃん。それだと結が損してばっかだよ」
「でも怖いもん……譲らなきゃいじめられるかもしれないし……」
「いじめられないことが結にとってのベストなの?」
聖也の質問に、結がキョトンと目を丸くする。
「もっと結の気持ちを大事にしなよ。自分以外の何かを一番に行動を決める生き方は、辛くなるだけだよ」
呆然と見つめてくる結に、僕は人形を押し付ける。
「……ありがとう」
「いーよいーよ、僕の自己満足でやってるだけだから」
乱雑に玩具が詰め込まれたおもちゃ箱をあさりながら聖也は続けた。
「『どんなときも僕と皆、両方幸せにする選択を探す』。それがモットーだからさ」
「……もっとー?」
母さんの受け売りだけどね。と付け加えて、聖也は誰も借りようとしない将棋盤と詰将棋の本を借りて、その場を後にした。
それ以来、結が少しずつ明るくなり始めて、誰に対しても物おじせず話ができるようになった。
元から顔は良かった結は、明るくかわいい優しい子として保育園から中学校まで男女問わず人気者になっていった。
結が前を向くきっかけになれたことを、当時の聖也は喜ばしく思っていた。
赤ん坊の頃の自分は、よく笑う子だったという。正確には、誰かが笑うとよく笑う子。
誰かの幸せが自分の幸せ。元来そういう性格であったことは、幼い聖也自身も理解していた。
自分の幸せの元を理解していたからこそ、自分の意志のまま、誰かの助けになれることに自信をもって行動していたのだ。……両親が無くなるまでは。
聖也はトラックにひかれそうになった女の子を、意志のままに助けようとして、その身代わりとなって聖也の両親は死んだ。
自分の思う最良に従っての行動が、最悪の結果を生み出した。
そんなことを思い出して、聖也は暗い天井を仰ぐ。
自分の気持ちとか関係ない。両親を死なせた僕はわきまえて生きなきゃいけないんだ。
僕は常に、僕を大切にしてくれる誰かの為に生きなきゃいけないんだ。
結の言葉を胸の奥に閉じ込めるように、聖也は布団を深くかぶって時が過ぎていくのを待った。




