分断
「やっぱりあんたの先生分かってないじゃない‼」
響子が連盟とやらの一員の女性に連れられている一方で、聖也たちは待ちぼうけをくらっていた。
ヴァルビーの索敵能力を活かし、総出で周囲の状況を探ってみるものの、影も形も見当たらない。
恐らく響子はエリア外。そう聖也が結論を出すと、紬が苛立った声を上げた。
「大体ラインの返事から緊張感が欠如していたじゃない‼ どうせゲームの話も半信半疑なんでしょ⁈ これだから大人ってやつは……!」
「まあまあ紬、落ち着きなさいよ」
興奮気味に一人で捲し立てる紬を、那由多が何とか宥める。
「でもそうなると、その先生心配ね。他のプレイヤーに襲われたりしないかしら?」
「……正直プレイヤー相手なら、なんとかなると思うけど」
那由多の質問に、聖也が返す。
「なんだったっけ? 確か中学で空手、高校で柔道全国優勝に加えて、趣味で総合格闘技やってるんだろ?」
「瓦割の世界記録も持ってるよ」
「リアル蘭姉ちゃんって、皆こっそり呼んでるね」
「……随分と武闘派ね。あなたたちの先生」
豪たちが補足した情報に、那由多たちが顔を引きつらせながら乾いた声で笑う。
「……でも流石に、契約戦士には敵わないと思うし、早めに合流したほうがいいのはまちがいないよ」
既にカウントは8。十分に強力な契約戦士が召喚可能な時間帯だ。
アーサーは既に実体化を終え、周囲の様子を警戒している。ラクナやゼロムもあと2分経てば召喚可能。
ラクナたちが召喚できれば、大分安全になる。早い所合流して、安全の確保に努めたいところだ。
そんなことを考えていると、突然聖也たちのスキャナーが、通知音の後に、アナウンスを流した。
『【集合】が発動されました。承認しますか?』
「……サミット?」
聞きなれない単語に、全員が聖也の方を見た。
こういう不測の事態が起こった時、聖也に意見を伺うのは、全員の共通認識だ。
「……プレイヤーを一か所に集めるカードだよ。承認すれば、そのカードを発動したプレイヤーの下へワープさせられる」
・・・・・・・・・・・・・・・
【魔法・集合】 ……カウント8。発動すると、全プレイヤーに集合のアナウンスが届き、承認したプレイヤーを発動者の下へ呼び寄せる。……VR
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「……【はい】、【いいえ】ってあるけど、これどっちのコマンドを選択すればいいの?」
「……多分だけど、【いいえ】一択だ」
スキャナーを指差しながら尋ねた結に、聖也が難しい顔をしながら答えた。
【集合】カードは、プレイヤーを選ばずに自分の下へ呼び寄せることが可能になるため、多対多の形式で行われるバトルロワイヤルの環境では、非情に扱いにくいカードだ。
そもそもワープするかどうかは、各プレイヤーの任意によるものの為、基本的に招集に応じるプレイヤーは、腕に自信のあるプレイヤー。戦闘が起こっても生き残る自信があるプレイヤーに限られる。
だから、このカードを発動したプレイヤーは、腕に覚えのある強者か、もしくは――
「……謎のグループに属している奴が発動している可能性が高いわね」
招集に応じても問題がない者。この場合だと、プレイヤー間で既にコミュニティを形成して、乱戦が起こっても、数的優位を形成できるプレイヤーだ。
以前の戦いから、謎の徒党が住宅街エリアを避ける形で、スタート地点を選んでいることは全員承知だ。
聖也とリウラの殺害をジークたちに依頼した者も、この【集合】カードを発動した者も、そのグループに所属している可能性が高い。
恐らく、招集に応じれば、およそ100名規模の集団で成り立つ謎の集団を、まとめて相手しなくてはならなくなる。
現在のカウントは9。ラクナとゼロムのカウントが溜まっていない以上、そんな集団と接敵するのは危険。
那由多の推測に、全員が頷いた。そして【いいえ】のコマンドを選択しようとした時――
「だぁめだよ。せっかくのお誘いを断っちゃあ」
「「「「――っ⁈」」」」
聖也を除く全員の首に、突如として鎖に繋がれた首輪が絡みついた。
「【はい】と選択しなさい」
「⁈ 体が、勝手に……!」
その鎖の持ち主の声に従うように、結、豪、那由多、紬の体が勝手に動き出し、【はい】のコマンドへ指を伸ばす。
「クソッ?!」
アーサーが鎖を断ち切ろうと、槍を振るったが時すでに遅し。
【はい】のコマンドを選択した4人は、アーサーを含めて、突然足元に出現した魔方陣に飲み込まれ、姿を消した。
「皆?!」
仲間がどこかに飛ばされてしまい、焦る聖也に、二人の人物が歩み寄る。
「そんな心配そうな顔するなよ。お利口にしている限り、君の仲間たちに危害を加える気はないんだ」
「……【隷輪操者 リンカー】⁈」
聖也の目の前に現れたのは、丈の長いローブの上から、鎖を巻き付けた格好の男性型の契約戦士。
目元を隠すように深くかぶったバンダナの上から、更に鎖を巻き付けているため、口元しか表情はうかがえないが、口の端が歪んだ邪悪な笑みから、歯並びの悪い尖った歯が見える。
服の至る所に鎖で吊り下げられた、棘付きの首輪は、装着した者の心理や行動を自在に操る洗脳装置。
鎖を取り付けた相手の行動を操ることが得意な、カウント9の支援型の契約戦士。
その背後で怯えた様子でスキャナーを構える中年男性は、リンカーの召喚者なのだろう。
現在のカウントは10。リウラ召喚はまだできない。
ゆっくりと首輪を手に歩み寄ってくるリンカーに、聖也は向かい合ったまま、じりじりと後退りを始める。
「そぉ警戒するなよぉ。せっかく君の手伝いをしてあげようと思ってきたのに」
「手伝い? ……どういう意味だ」
「決まってるじゃないか。 欲しいんだろ? リウラの記憶」
「記憶……⁈」
リウラの記憶、と言われて聖也が一瞬立ち止まってしまう。
そして、その一瞬の隙をついて、リンカーが抛った首輪が、聖也の首に装着された。
「しまっ……‼」
「これで君も、僕の奴隷だね♡」
首輪が巻き付いたことで、聖也は自分の意志とは関係なしに、リンカーの方へと歩み寄る。
抵抗しようと、必死に表情を歪める聖也を、リンカーは恍惚とした表情で眺めてから、聖也の頬をゆっくりと舐めながら語り掛けた。
「僕の狙いもリウラの復活だ♡ お互い仲よくしようじゃあないか」
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一方、分断された結たちは――
「……なあ、流石にこれは」
「やばい、よね……」
転移先に待っていたのは、自分たちを囲む、およそ100名のプレイヤーたち。
既に契約戦士の召喚を終えているものがほとんどのようで、契約戦士を含めれば、取り囲む敵の数は200体にも上る。
ここにいるプレイヤーたちは全員、自分たちの敵である可能性が高い。
「わざわざ私たちを分断して……何が目的です? あなたたちは」
全員が身をすくめる中、唯一毅然とした態度で、カウントが溜まり実体化したラクナが問いかける。
集団の中から、1名の契約戦士が前に出て、その質問に答えた。
「端的に言おう。私たち連盟の傘下に入り、とある目的の為、協力関係を築いてもらいたい」
「……とある目的とは」
「とぼけたフリはよして貰いたい。あなたならわかるでしょう。ラクナ」
宰相のような袖の大きい服を着た、男性型の契約戦士は続ける。
「復活の阻止ですよ。……私たちの世界を滅ぼした、【破壊神 リウラ】のね」