変わる現実とゲームの真実
松田を仕留めた謎の人物が、聖也に向かってゆっくりと歩いてきた。
聖也と同じくらいの年齢の少年だった。
身長は聖也より少し高いくらいだろうか。
しゅっと整った顔立ちの、切れ長の瞳をした男子。
契約戦士は連れていない。だが、ゲーム中でも最上級クラスの武器を持っていることや、一人仕留めたにもかかわらず、動じた様子もないそのたたずまいから、聖也は勝てる相手ではないことを本能的に感じてしまった。
彼は冷たい視線で辺りを一瞥した後、聖也の目の前に転がっているスキャナーを手に取った。
そして、スキャナーからデッキを取り出し、一枚一枚慣れた手つきで確認していく。
「スカかよ」
ふう、と残念そうに息を漏らし、ごみを扱うかの如く辺りにカードを放った。
「これ、お前の友達?」
そして、スキャナーから松田のプレイヤーカードとウィンガルの契約戦士カードを抜き取って、聖也の方へ投げつける。
体の震えを抑えるので精いっぱいの聖也は、ぎこちなく一回だけ頷いた。
「じゃあ、それはお前が持っておけよ」
言いたいことを言い終えたかのか、彼は頭を小さく掻いた。
そして、スイッチを切り替えたかのように、瞳に殺気が宿り、銃口を聖也へ突き付けた。
「見てたぜ。カスデッキとゴミチャンプでよく粘ったじゃん。まともなデッキと契約戦士だったら俺とも戦えていたかもな」
抵抗手段のない聖也は、銃口の先に溜まっていくエネルギー弾を黙ってみていることしか出来ない。
「ライフ1つは授業料に貰っていくぜ」
ここまでか。
敗北を受け入れるかの如く、聖也は目を強く瞑り、ゲームオーバーの時を待つ。
そのときだった。
「ログアウト‼」
何処からともなく、女の子の声が響いた。ライフルを持っていた少年は反射的に声の方向にライフルを構え直す。
その隙に聖也はスキャナーの画面を見る。
今まで反応がなかったログアウトのボタンに色が灯っている。
聖也は声に従うように、ログアウトのボタンを素早く押した。
ゲームに入った時のように、まばゆい光が視界を覆う
「………………………」
そして、目を開けた時には、聖也は家の玄関に戻っていた。
背中に受けた傷は、何事もなかったかのように消えていた。優しく擦ってみるが、痛みすら感じない。
靴の並び方やスキャナーが入っていた小包は、ゲームの世界に入る前の状況のままだった。
リビングの窓からは夕日が差し込んでいた。リビングの時計を見ると、時間は1分も経っていなかった。濃密な夢を見たはずだったが、時間の進みがあまりに遅い。
聖也のスマートフォンから、メッセージアプリの通知音が鳴った。
ごめん! 突然出張になった(泣)暫く帰れないけど、聖也なら大丈夫かな?
何かあったらすぐ連絡してね (;´Д`A ```
いつも通りの義姉のメッセージに、自分が今いる場所が、現実なんだと実感した。
「僕疲れてんのかな……」
消えた大好きなゲームの夢を見たにも拘らず、心に残ったのは興奮ではなく、倦怠感と妙な後味の悪さだ。
夢とはいえ、目の前でゲームオーバーになって、泣きじゃくる姿を見せつけられてはいい気分はしない。ゲームのキャラクター目線だとあんな風に映っていたのだろうか。
送られてきたスキャナーとデッキについては謎のままだが、これについて考える元気は、今の聖也にはない。
とりあえずご飯でも食べるか。
夕飯は義姉さんの分もまとめて僕が作るようにしているけど、帰ってこないならカップ麺でいいか。
飯食って、風呂入って、洗濯して、今日は寝よ。
スキャナーをベッドに放り投げて、家事を一通り終わらせた聖也は、泥のように眠った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……ぎりぎりだぞー」
「ゴメンなさい‼」
そして次の日、人生初めての寝坊をした聖也は、朝の会ギリギリに教室に駆け込んだ。
職員室から出てきた響子が、珍しいものをみる目で注意してきた。今から教室に向かうとこらしい。
教室では随所でクラスメートが談笑していた。皆先生が来るギリギリまで、各々の時間を楽しむのはいつものことだった。
「おはよう」と近くのクラスメートに声をかけ、向こうも「おはよー」と返してきた。
そして自分の席に座ろうとした時だった。
「おいおい、聖也、そこ俺の席」
「え?」
近くのクラスメートが困ったような笑みを浮かべて、突っ込んだ。
「いや、ここ僕の……」
椅子の裏に挟んであるネームプレートを確認すると、突っ込んだ男子の名前が記載されていた。
「登校中頭でも打ったか~?」とからかいながらも、「お前の席はあっちだって」と指で空いている机を示してくれた。その机の椅子には聖也のネームプレートが入っていた。
「…………?」
「ほら、ホームルーム始めるぞー。席つけー」
響子が日誌をパンパンと叩きながら、皆が席に着くよう煽る。怒らせると怖いので、皆秒で席に着いた。
改めて周囲を見渡し、聖也は違和感の正体を探る。
とある事実に気が付き、背筋に悪寒が走った。
――席が一つ消えている。
42個あった机が41個しかない。
6×7できれいに並べられていた机が、とある一列の最後尾だけかけたような状態になっている。
「あの、先生」
「ん、どした?」
慌てて手を上げたものの、すぐに言葉が出なかった。何故か聞くのが怖かった。
意を決して、つばを飲み込んでから聖也は訊ねた。
「松田の席は……どこですか?」
「松田?」
響子の言葉尻が疑問を含んだように上がった時、心臓がドクンと跳ねた。
「誰だそいつは?」
あまりに自然なトーンで返され、聖也は肩を震わせながら辺りを見渡した。
教室の皆が変なものを見るような視線で自分を見つめてくる。
皆が自然で、僕が異端。
そう思い知らされるには十分な状況だった。
そのとき、夢の中で聞いた、松田の最後の言葉が頭をよぎった。
――俺の家族に……『覚えてて』って……伝えて……
聖也は荷物も置いたまま、教室から駆け出した。
響子が慌てて呼び止めたが、振り返らずに、息を荒くして自宅に向かう。
そして聖也は、自室の隣の号室、松田の部屋の前にたどり着いた。
息も整わないうちに、チャイムを鳴らす。
「あら、聖也君どうしたの⁈ そんな苦しそうに⁈」
汗だくのまま大きく肩を揺らす聖也を見て、松田の母が心配そうに寄ってきた。
「あの、息子さん……!同じクラスメートの松田は……⁈」
「……? クラスメート? 何を言っているの聖也君」
すると松田のお母さんは、不思議そうな様子で首をかしげながら返答した。
「うちに子どもなんていないわよ?」
その返答に、聖也の頭は完全にフリーズした。
いやそんな、いないって、そんなわけ。
まるでおかしなものを見るような視線に、疑問の言葉は引っ込んでしまった。
「……ご、ごめんなさい……。なんでも、ないで、す」
最後の方ははっきりと声にすることができなかった。
聖也はヨロヨロと自室のカギを開けて、自分の部屋の中に入った。
現状を理解できないまま、部屋に入ると、夢の中で聞いた声が聖也を呼んだ。
「帰ったか。主よ」
机の上に置いてあったスキャナーからリウラの声がした。
「リウラ……⁈ 夢じゃなかったのか……?」
昨日ゲームの中で戦ったこと――リウラを召喚したあの戦いのことは全部夢だと思っていた。
松田が消えたことと、ゲームでの戦いが何かつながっているなら、リウラなら何か知っているかもしれない。
「リウラ、皆の様子が変なんだ。居なくなったとか、消えたとかじゃなくて、初めから存在しなかったみたいに、誰も松田のこと覚えていないんだよ! お前なら何か知っているんじゃないのか⁉」
「主よ、名をなんという?」
「……? 聖也、だけど」
「そうか、聖也よ、俺はどうやら記憶喪失みたいでな。俺自身のこと、俺が住んでいた世界のことについて、ほとんど思い出せない状況だ」
「何も知らないってこと?」
「……ゲームのことはある程度知っている」
リウラの声の雰囲気が変わった。
「まず、昨日のことは現実だ。お前の住む世界とは違う次元、違う時間の流れの中で行われた———お前たち異世界の者と、俺たちの世界の者がタッグを組み、生き残りを賭けて戦うデスゲーム。何のために行われているのか、勝ち残れば何があるのかまでは俺もわかっていない」
「デスゲーム……?」
「だが、敗北すればどうなるかは知っている。プレイヤーはライフを3つ持っている。ゲーム中プレイヤーと契約戦士、どちらかが死ねば、そのタッグのライフが1つ失われる。敗北条件はライフを3つ失うこと。お前の友はどうやらライフが残り1つだったようだな」
「ライフを全部失うと……どうなるの……?」
僕の質問にリウラはほんの少しためらう様に間をおいてから答えた。
「……過去、現在。この世のあらゆる場所から負けた者の存在が消え、ゲーム参加者以外誰もその存在を思い出せなくなる。お前が今生きているのは、『松田という者が存在しなかった世界線』だ」
リウラの話を聞いて、聖也はサモナーズロードが消えた日のことを思い出した。
あの日サモナーズロードがあったはずの地位にVOBという謎のゲームが存在していて、聖也の記憶以外のありとあらゆる場所から、その痕跡が消されていた。
半年前、この世界は『サモナーズロード』というゲームがない世界線に生まれ変わったんだ。
そして、今。同じような現象が、松田という人間に対しても起こっている。
――お前、ライフ3つなんだろ
――俺の代わりに死んでくれ。
――俺の家族に『覚えてて』って、伝えて
「あ……、ああ……‼」
僕には後があった。松田にはなかった。
最後に僕は、松田を謎の少年に殺させた。
夢だと、ゲームだと思っていた昨日の行動一つ一つが、昨日の松田の発言が、点と点が一つとなり、非情な現実として聖也の心に襲い掛かる。
「お前の友は、世界から消えた」
リウラが現状をまとめたとき、聖也は声にもならない声で叫んでいた。
頭をもみくしゃにしながら、いったいどれぐらい間叫んでいただろうか。
人を殺した、――いや、消したという現実に耐えられなかった。
喉もつぶれて、涙も出なくなって、気が付いたら現実から逃げるように、聖也は布団の中に潜っていた。
義姉や響子、学校の友達からスマホに連絡が来てたが、応じる気になれなかった。
リウラが何度も話しかけてきたが、聖也は言葉を返さなかった。
そして一日が過ぎた時に、聖也はスキャナーの画面が光っていることに気が付いた。
そこに記載されていた一文が、更なる絶望を突き付けてきた。
——— Next Game Count Down ------71:58:46.12 ———
ここまで読んで頂き、誠にありがとうございます。
処女作故、至らない点もあるとは思いますが、楽しんで頂けたとしたら一番嬉しいです。
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