幕間 ~リウラが見た記憶③~
生まれた時から、体が他の者よりも弱かった。
生まれた時に、皆が宿しているスキルというものを、自分は何一つ持っていなかった。
だからきっと、物心ついたときには、自分は捨てられていたのだろう。
煌びやかな輝きを放つ、都市から遠く離れた荒野で、ゼロムは自分の短い一生を振り返る。
心力という万物を構成する資源が有限である以上、力の弱いものは見限られ、捨てられる。
「……アウ」
自分に浴びせられた言葉は、クズ、カス、ゴミ、能無し、役立たず。といったものばかりだった。汚い言葉を目いっぱい浴びせられて、国から遠く離れた荒野へと捨てられた。
砂嵐で視界が悪く、何の資源もないこの荒野に、理由も無しに立ち寄るものはいない。
ゼロムはこの場所が、様々な事情から育児ができなくなった者たちが、秘密裏に子を捨てるのに最適なスポットだったことを、後から知ることになる。
|心力《スヴォシア》を摂取できず、このまま自分は消えていくのか。
そう思いながら、目を閉じた時だった。
「うむ。今日もここに捨て子がいたか。我が国の心力事情も、由々しき事態だな」
褐色の肌の、金髪の戦士が、自分の体を救い上げた。
「アウ……」
「何? 腹が減っただと? 任せておけ。帰ったらすぐに飯を用意しよう」
違う。お前は誰かと聞いたのだ。
しかし、言葉を自由に発声できるほど、自分の声帯は発達していない。
結局、その金発の戦士は、ゼロムの体を抱きかかえて、都市に存在する施設へと連れていき、取り敢えずの飯を食わせてくれた。
これが王国最強の戦士と謳われていた――リウラという戦士との出会いだった。
そして、ゼロムとリウラの出会いから数年の時が流れて、
「何? 俺の弟子を辞めたい?」
「アウ……」
この頃には、リウラもゼロムの言いたいことがわかるようになっていた。
本人曰く、会話は魂で行うものだから、言語の壁など関係ないと言っているが、訳が分からない。……が、会話は成立しているので、ゼロムは気にしないようにしていた。
まとも食事により、心力を摂取できるようになったはいいものの、当のゼロムにリウラ以外とまともに会話する気がない為か、体は少しずつ成長するが、声帯の成長には至らなかったようだ。心力は意志の宿らない所に、成長や進化をもたらさない。
弱気に自分の悩みを打ち明ける弟子の言葉を、リウラは小さく相槌を打ちながら、最後まで聞き届けた。
「アウアウ……」
「いくら頑張ったと事で、俺のようになることはできない。自分の才能に限界を感じている……か。なるほどな」
ゼロムはリウラと出会った後に、生きていく為の心力の収入源――働き口を得るために、リウラに戦闘を教わっていた。
国が管理する孤児院に引き取られても、自分の扱いは大きく変わることはなかった。スキルがないことで他の孤児に馬鹿にされ、体が弱いからいじめられる。
そんな様子を見かねたリウラが、兵役の隙間を縫って、「強くなって見返してやればいい」と、戦闘の稽古をつけてくれるようになった。
強くなれば、自分を馬鹿にしてきた連中を見返せる。国に仕える兵士として、生きていくうえでの心力の収入源を得ることができる。
何より、自分の恩人であるリウラみたいに、強い戦士になれるかもしれない。
そんな期待を膨らませて、稽古を快諾したは良いものの、一向に自分が強くなる気配がしない。
王国最強の戦士に稽古をつけてもらいたい者は、数えきれないほどいる。リウラがゼロムに稽古をつけることを快く思わない者から、汚い言葉を浴びせられることも増えた。
馬鹿にしてきた連中を見返すことも、リウラみたいな戦士になることも叶わない。
そんな思いに捕らわれるようになって、躊躇いがちにリウラに告げた。
そしてリウラは、そんな思い悩むゼロムを見て――
「そうかそうか。悩みはそれで終わりか? よし、今日の修行をしよう! 薙刀を構えろ」
「……アウ?!」
今までの話の何を聞いていたのか。リウラが明るい口調でゼロムに修行の準備をするように促した。
「悪口言ってくる奴なんか放っておけ。強くなりたいんだろ? ならば俺以上に最高の師匠はおるまい。遠慮するな。師匠の好意に全力で甘えていいのだぞ」
「……アウアウ、アウ!」
「確かに、俺から指導を受けるだけでは俺は越えられない。俺とゼロムの力だけでは、辿り着ける強さに限界はあるかもしれない」
「アウアウ……」
「だがな――」
リウラは自信満々に腕を組みながらも、優しい笑みで、ゼロムに語り掛けた。
「俺との修行で得た強さが、誰か別な者の強さと結びつくきっかけになる」
「アウ……?」
首をかしげるゼロムに、リウラは続けた。
「俺のようになれなくとも、俺との修行で成長すれば、きっとお前のことを気にかけてくれる奴が現れて、そいつからまた別の強さを得ることができる。それを繰り返して、他人の強さをどんどん吸収して、強くなっていけばいい」
「アウ……」
「そんなにあやふやな強さでいいのかって? 形がないからこそ、いつまでも成長し続けることができるのだ。誰かに笑われないようにとか、俺のような戦士になるとか。形のある目標は短期目標としては良いかもしれないが、最終目標にしては、強さに限界を作るだけだ」
自分の内面を読み取られていたことに驚き、ゼロムがギクリと肩をすくめた。
「自分の将来が見えなくて、不安になるのは当たり前だ。まだそれを探している最中なのだからな。ただ、他人の強さをなぞる中で、いつか自分の強さを見つけるという意志を忘れるな。その意思を忘れなければ、他人の後を追って手に入れた強さが、いつかお前だけの強さにお前を導くさ」
そう言って、リウラはゼロムの頭を優しく撫でた。
リウラの話は抽象的で、ゼロムは全てを理解できなかったが、諦めるなという励ましの気持ちや、信じてる、といった、自分への期待の籠ったものだったことは理解していた。
弱い自分が嫌いだから、誰かに馬鹿にされないようにとか、リウラみたいになることを意識して修行に励んできた。
心力は意志の宿らないところに、成長や進化をもたらさない。
他人の目ばかり気にして頑張るゼロムが、伸び悩むのは当然だった。
「いつか、お前だけのオリジナルを持つことを忘れるな」
リウラの言葉に、ゼロムは力強く頷いて、今日の分の特訓を始める。
他者の強さに寛容でありながら、自らは確かな個であろうとする。
リウラの強さの起源に触れて、力も心も未熟だと思い知ったゼロムは、自分の為に稽古をつけてくれる師匠の好意に存分に甘えることにした。
気持ちを切り替えて、明日から再スタートだ。
そう心に誓ったゼロムは、その3日後に命を落とすことになる。
何が原因で命を落としたのか、それははっきりとは覚えていない。
ただ唯一覚えている光景は、
師匠の形をした黒い崩壊の雷が、この世の全てを壊し回るという受け入れがたいものだった。
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「リウラ、どうかした?」
「……む?」
ゼロムの覚醒により、出現したリウラの右手を回収したとき、突然呆然と動かなくなったリウラに、聖也が語り掛ける。
ゼロムに記憶を貰った時には、所々が欠けていて、その情報のほとんどを読み取ることができなかった。
ゼロムの覚醒に合わせて、ゼロムの心力が、リウラに記憶を取り戻すだけの力を取り戻したということだろうか。
「いや……なんでもない」
「……オーケー、取り敢えず今は豪たちを助けに動こう」
ゼロムに記憶の最後に、何やら不吉なものを見た気がしたが、それについて考えている時間はない。
俺の形に似ているだけで、きっと自分とは関係のないものだろう。
心に植え付けられた、小さな不安の種に、無理やり蓋をかぶせるように、聖也の心配そうな顔に返事をする。
聖也も煮え切らないリウラの様子に違和感を覚えながらも、それ以上の追及はしなかった。何がともあれ、今は戦闘中、ジークとの決着をつけねばなるまい。
記憶を取り戻し、力を取り戻したはずのリウラの足取りが、ほんの少しだけ重く感じたのを、聖也は不安に感じながら、作戦を決行するための場へ駆けだすのであった。
ここまで作品をご拝読頂きまして、誠にありがとうございます<(_ _)>
登場人物が増えたことにより、長めの章になってしまいました。
キャラが増えた分だけ、面白い話にしていけるよう、努めてまいります。
拙作ではありますが、面白いと感じていただけましたら、感想や、ブクマ・下の☆から反応を頂けますと、幸いです。
また新しい章が始まるので、楽しみにして頂けますと幸いです<(_ _)>