閉幕 ~いつか自分だけの道へ~
「お疲れさまでした、皆さん。ギリギリでしたね」
「ほんっと! あんたら、冷や冷やさせるんじゃないわよ!」
ジークを倒して暫くしてから、皆の元へ、紬とラクナが合流してきた。
「……体の一部を取り戻したようですね」
右手の戻ったリウラを見下ろし、ラクナがやれやれと小さく首を振る。
戻ったのは右手の一部だけ。くっつくというよりは、足と同じように、首元から溢れる心力付近に引き寄せられているような感じだ。可動域は小さいが、物を掴んだり、【見えざる手】のモーションを取るなどの、最低限の動きはできる。
「うむ、これで完全体まで、あと一歩と言ったところだな!」
「どこがだ。パーツがリアルになっただけの一頭身じゃねえか」
「まあまあ、進歩は進歩だし」
自身気に胸を張るリウラに、豪が冷めた様子で突っ込んだ。それに結が優しくフォローを重ねる。
聖也は自分のスキャナーを確認し、ログアウトまでのライフノルマを確認する。
ライフノルマは残り『1』。いつもに比べて減りが遅い。ジークの依頼主たちが徒党を組んでいる説が正しいとしたら、戦闘が発生しにくいのだろう。
【無限機械兵】を持つラクナがいるとはいえ、ジークとの戦闘後に、数で攻められるのも面倒だ。
索敵用の機械兵をラクナがビル周辺に待機させながら、皆でログアウトまでの時を待つ。
「ねえラクナ。ゼロムが何で覚醒できたかわかる?」
聖也がラクナに尋ねると、ラクナは周囲を警戒しながら答える。
「……断定はできませんが、皆でゼロムを特訓したことにより、ゼロムの中に、眠っている力が溜まったのが原因かと」
「どういうこと?」
「今のゼロムの体には、何度も練習した、リウラのスキルの記憶が刻まれています。目覚めたばかりのゼロムは、どのような戦士に育つか、何の可能性も宿っていなかった。しかし特訓によって、どんな戦士に目覚めるか。その方向性が決まったことによって、【覚醒】のカードが効力を発揮することができたのではないかと」
「成長の方向性を、見つけられたということ?」
「そうですね。ゼロムという戦士が、無限の可能性を持つがゆえに、【覚醒】をただ使用するだけでは、意味がなかったのかもしれませんね」
「なるほどな」
特訓を通して、ゼロムは聖也やリウラの指導を受け、どんどんその強さを吸収することができた。
だから【覚醒】後の姿は、聖也の契約戦士であるリウラにそっくりになったのだろう。
自分がどうなりたいか、明確な指標を持つことができたから進化できた。
よかったな、と思う一方で、まだ自分がそういうビジョンを持っていないことに、胸が痛くなる。
少しだけ気落ちした豪の様子を見て、あえて目を合わさずに、ラクナが語り掛けた。
「……しかし、ゼロムの覚醒には、あなたの功績も大きいと思いますよ。獅子里豪」
「……え?」
意外な人物からの誉め言葉に、豪が驚いた様子でラクナに顔を向けた。
「心力は意志の力。どんな力にもなれるからこそ、最後にゼロムの覚醒を形作ったのは、ゼロムの覚醒を願うあなたの意志。あなたのゼロムへの思いが籠った心力がなければ、ゼロムの覚醒はなかったでしょう」
「……っは。あんた、根性論嫌いじゃなかったっけ?」
「……みっともなく泣きべそを掻きながら、カードをスキャンした甲斐がありましたね」
珍しく人を褒めるラクナをからかうと、豪が思わぬ形でカウンターを喰らい、顔を赤くした。
そんなやり取りを見て、皆が穏やかに笑った。
「後になって、リウラのパーツが出現したのは?」
聖也の疑問にはアーサーが返す。
「ゼロムの覚醒で、リウラに渡されたゼロムの心力も目覚めたんだろ。ゼロムの覚醒に連鎖した形になるな」
「じゃあ、今日のMVPはゼロムと豪君ね」
那由多がそう纏めると、ゼロムは自慢げにその場でふんぞり返る。
素直に褒められることになれていないのか、豪はゼロムに苦笑しながらも気恥ずかしそうに目を逸らした。
「あ、ログアウトできるようになった」
謎の徒党については気になるが、これ以上戦場に長居するのは危険だろう。
全員生き残った喜びを分かち合う様に、その場で頷きあってから、ログアウトのコマンドを押す。
現実世界へ帰還した一同は、帰った後に泥のように眠ったそうだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「うっへー、軸ブレブレ」
翌日、学校近くの公園で、聖也の撮った動画を、豪がスマホで眺めた。
撮ったのは、豪の左足でのリフティングの映像。
その動画を眺めながら、豪が苦虫を嚙み潰したような顔になる。
「利き足じゃないほうのボールキープ力が甘いんだよ。初歩的なリフティングでも、結構ミートスポットがずれてるだろ?」
「お前もしかして、運動交流会のとき、これに気が付いて……」
「うん。左足メインでドリブルさせるようポジショニングしてさ。ボールが浮いたタイミングで外へ弾く。これで豪対策は完璧」
「うぜー。何でそんなもんすぐに見切れるんだよ」
「これでも元プロゲーマー。人の癖見抜くのは得意なんだよ」
聖也がおどけた様子で自分の目を指差すと、豪は低く唸りながら、修正点を意識してリフティングを始める。
「……サッカー部は明日から復帰するの?」
「……おう」
「どうして戻る気になったの? お兄さん引き合いに出されて、結構嫌な思いしてたんじゃなかったっけ?」
「……それはそうだけど」
リフティングをしながら、豪は少しだけ間をおいてから答えた。
「……俺サッカー好きだし」
兄の道をなぞるのでは無く、あくまで自分の意志による選択。
それならば、と聖也が満足したように、深く頷く。
「サッカー部顧問の先生に土下座した甲斐があったね」
「ちょ、おま?! 何でそれを知ってるんだ⁈」
人の目の無いところで、こっそりと顧問と話をしたはず。
誰にも知られたくないことを突き付けられ、動揺した豪がボールをこぼした。
そんな様子を、聖也がクスクスと笑いながら、「ほら」と豪へボールを返す。
「サイコーにダサくて良いと思うけど」
「……ふん。お前なんかには縁のない光景だ」
「そんなことないよ」
僕の物語の始まりは、それ以上にみっともない姿でのスタートだった。
そう呟いた聖也に、豪は少しだけ目を丸くしてから、何事もなかったかのように、リフティングを再開する。
「なあ。ジークって奴倒すまで、協力してやるって話だったろ」
「ああ、そうだったね」
「……あれ、もうちょっと延長してやってもいいぜ」
「……期限は僕の方で決めていいよね?」
「勝手にしやがれ」
相変わらず素直じゃないけど、大きく成長した豪の姿に、聖也は羨望の眼差しを送った。
自分の弱さに正直になった。人のことを心では認めるようになった。
器用じゃないかもしれないけど、負けず嫌いで、努力家の人間だ。
そんな君だから、ゼロムの【覚醒】を強く願うことができたんだろうな。
そんなことを考える一方で、豪も目の前で自分のリフティングを観察する、自分よりも凄いと思う人間を、時折ボールから目を離して見やった。
今はダサい俺でいい。
今はお前の金魚の糞でいてやるよ。
今は焦らなくていい。お前が走って通った道を、歩くような速さで付いて行って――
いつか自分だけの道へ、歩みを進める。
その意思があれば、自分の弱さや、誰かの後を追った経験も、いつか必ず意味を持つ。
夕暮れに染まりつつある空の下。
二人だけの公園に、少しずつリズムを安定させながら、子気味良いサッカーボールの音が響き渡っていた。




