目覚めろや
「攻撃が聞かないの……! 魔法も、何もかも……!」
声を震わせながらの結の報告に、聖也とリウラは、青ざめた顔でジークを見やった。
多少なり傷がついたはずの鎧が、みるみるうちに再生していく。どうやら時間経過で復活するようだ。
「そゆこと! 察するに、お前が俺の隙を作る役割で、こいつらが俺の討伐を担当する作戦だったんだろ? ねえどんな気持ち? 自分は仕事を全うしたのに、お仲間さん全く役に立たなくてどんな気持ち?」
「お前……!」
ジークの侮蔑的な発言に、リウラが怒りを顕わにするが、何をできるというわけではない。
戦うまでもなく、現在の自分ではどうにもならない相手だということは、ジークから発するオーラで、リウラは察していた。
そんなリウラの心境を察してか、ジークは可笑しそうにゲラゲラ笑う。
「……マダ、オワッテ……」
「もう終わってるって」
フラフラと薙刀を構え直して、ジークに歩み寄るゼロムを、ジークがゴミでも扱うかのように、デコピンで弾き飛ばす。
「こいつ、お前らが鍛えたんだろ? 伸びしろしかなかったとはいえ、短期間で随分育てたじゃん。俺が相手じゃなきゃあ、いっちょ前に活躍出来ただろうなあ。……おかげでだいぶ楽しかったぜえ」
満身創痍のゼロムたちを見て、ジークが邪悪な笑みを浮かべた。
「お前たちが頑張って努力するほど! それを楽々打ち倒せる、俺様の特別さを実感できるってもんよ! 弱者を蹂躙することで得られる、強者にしか味わえない優越感! 最高だぜお前ら! これからもずっと、俺のために辛酸舐めてくれよな?」
「いい加減にしろお前!」
「仲間のために怒れる聖也君かっくい~。プライドファイトしてみる~?」
最低な発言に怒る聖也を挑発するように、ジークはその場でシャドーボクシングのポーズをとった。
「……どうせ、お前じゃ俺を倒す手段がないから、こいつらに討伐役を任せたんだろ?」
ジークの言う通り、【剣・巨人殺しの大剣】を消費した以上、ジークの防御力を打ち破る手段は聖也たちには残っていない。
悔しそうに自分を睨みつけることしか出来ない聖也たちを見て、ジークは「遊び方を変えようか」と自分の鎧を砕いて、手元で抛って遊ぶ。
「お前の目の前で、一人一人ライフを消していって、絶望する様を楽しむとしますかねえ」
「……! やめ――」
「いい加減にしなよジーク!」
聖也の声に割り込むような形で、ジークの召喚士――雄人の声が、宝箱の中から響いた。
「ぼ、僕たちの目的は、リウラの召喚者を討伐することだっただろ! 他のプレイヤーを殺すのは目的じゃない……! 仕事はしなきゃいけないけど、必要以上に命を奪うのは、僕には気が引けるよ……!」
「ん? そうなの? そうだったかもなあ」
「だから……聖也君、だっけ? それとお仲間の皆もさ、大人しく抵抗をやめてくれないかな? 聖也君のライフだけ奪ったら、僕たちも大人しく退散する。……どうかな?」
僕が倒されれば、取り敢えず皆が助かる。
そんな提案に、思わず心が揺れてしまった聖也に、「ダメだ」とリウラが制した。
「……奴らが約束を守る保証なんてどこにもないぞ。誑かされるんじゃない」
「保証はないが、拒否権がないことも忘れんなよ?」
ジークがリウラの言葉に被せると、聖也が強く唇を噛んだ。
「そんなの……私たちが許すわけ……!」
「許さなかったら死人が増えるだけだぜぇ~。ライフ1の嬢ちゃんもいるんだ。発言には気をつけな~」
ジークの言葉に、那由多が慌てて言葉を引っ込めた。
ダメだ。出来ることがなさすぎる。
かといって、ジークたちの条件を飲むのは嫌だ。
そんな胸中の中、全員が言葉を失っていると、それを見かねた雄人が、今度は豪たちに向かって語り掛けてきた。
「……あのさ。皆のさ、友達とか、仲間のために戦う姿勢って、立派だと思う。あ、煽りじゃなくてね。そういう志を持つって凄いことだと思うし、大切なことだと思うんだ」
「……何が言いてえ」
「……でも、そういう志を持つこと以上に、引き際とか、自分の限界を見極めることって、重要なんだよ。……人生においても、このゲームにおいてもさ。生まれ持った力とか、才能によってさ、出来ることって限度があるんだよ。……僕も同じだ。僕も弱いから、依頼主にも逆らえなくて……こんな最低な相棒の言うこと聞いて、したくもないプレイヤーキルをやらされてる」
「今、俺の事最低って言った?」
「こんな殺伐としたゲームだからこそ、自分の限界の範囲内で、つつましく生きるのって、必要なスキルだと思うんだ。僕たちの依頼主にお願いして、君たちが消えちゃっても、復活させてもらえるよう、お願いしてあげる。……だからさ、大人しく友達を差し出してよ」
「……リウラ、ごめん」
「聖也……!」
雄人の説得に、折れたのは聖也の方だった。
いくらなんでも、仲間に、自分の命を売らせるわけにはいかない。
結のライフが1しかない以上、ライフ3の自分が、この場は命を差し出すしかない。
リウラも引き留めるように名前を呼ぶが、聖也の考えを理解してか、ゆっくりと敵の元へ歩み寄る相棒を、見送ることしか出来ない。
結と那由多も、目の前の光景から目を逸らすように。俯いて目を瞑った。
誰もが、聖也のライフの消失を受け入れようとしたときだった。
「……待てや」
聖也のライフを奪おうと、拳を振り下ろそうとしたジークを、豪が止める。
「何だ今のクソみてえなスピーチは。要約するとさ、俺たちのためを思うふりして『お前ら雑魚は黙って仲間の命を差し出せ』っていう、クソ極まった命令じゃねえか」
「……豪?」
「引き際だの、限界を見極めろだの、誰に向かって吐いた言葉だ‼」
今までのどんな言葉よりも、鋭く、芯のこもった言葉が、辺りに響き渡った。
「何が殺しはしたくねえだ! テメエの背景なんざ知らねえが、結局テメエは俺たちを殺しに来てるんじゃねえか! 今までの言葉、全部テメエを慰めるための言い訳だっただろ! 他人を諭すふりして、弱い自分を誤魔化すための言い訳だっただろうが!」
宝箱の中で、雄人がグッと胸を押さえる。
そんなつもりで吐いた言葉ではなかったが、自覚していないだけで思うところはあったのだろう。
そんな雄人たちをよそに、豪は「しっかりしろ!」と、戦意を失った那由多と結の体を、無理やり起こした。
「勝てるから来たんじゃねえ! 勝ちに来たんだろ! 聖也とリウラを死なせないために来たんだろうが! 何しょぼくれた顔してんだよ! 何かしなきゃ勝てないだろ!」
「……いい加減にしなよ! 君たち、ジークに勝てる算段があるわけじゃないだろ⁈」
「ああ、ねえよ! だけど――」
あくまで心配を装って、降参を促してくる雄人に、豪が叫んだ。
「俺たち皆だ! 強えだけで人を見下してばかりのクズにも、言い訳ばかりで自分を慰めてばかりのカスにもならねえよ‼ 何が限界の範囲でだ! その傷つかねえだけの肥溜めで一生腐ってろクズカス共‼」
「俺クズ?」
「僕カス……⁈」
豪の言葉に雄人がショックを受ける一方で、「ギャーッハッハッハッハ!」とジークが腹を抱えて笑った。
「いいねえ! 言うじゃないのぉ! それでこそ雑魚でも潰し買いがあるってもんだ! じゃあやろうぜぇ? 強いだけのクズ、言い訳ばかりのカス、口先だけのゴミ! この三つ巴の底辺王者決定戦! どいつが一番マシなクソか実力で示して貰おうじゃないか⁈」
ジークがゲラゲラと笑いながら、豪に向かって邪悪な笑みを投げかけた。
ジークの興味が自分に移ったことで、豪は怯んで、一歩だけ後ろに下がってしまう。
「……後悔しないでね、その言葉」
「安心しろ、後悔はさせねえ! どうせ俺、約束守るつもりなかったし!」
「お前それは最低すぎだろ……!」
豪の目の前で、漫才のようなやり取りを繰り広げる余裕がある程度に、ジークたちは自分たちの敗北を、微塵も思ってないのだろう。
啖呵を切ってなお、悔し気に睨むことしか出来ない豪の前に、フラフラとゼロムが立ち上がった。
「……イイコトイウジャナイカ、タマナシ。……イヤ」
既に立っているのもやっとの状態なのに、ゼロムは薙刀を構え直して、ジークたちと対面する。
「――アルジ」
そのとき初めて主、と呼ばれて、豪の眼から、自然と涙が溢れ出した。
ゼロムに認められたのが嬉しかったのもあるが、それ以上に自分が敵わない相手に、ボコボコにされてなお、立ち向かうことができる小さな背中が、自分と比べて、大きなものに感じてしまったからだ。
「……結ちゃん」
「……何?」
「努力もさ……才能、なんだろ?」
「え?」
豪は一枚のカードを取り出しながら、屋上で、結が自分に与えてくれた言葉を思い出す。
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【大魔法・覚醒】×1……カウント10。特定の召喚戦士や、契約戦士の眠っている力・才能を目覚めさせる……LR
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そうだよジーク。俺は口先だけのゴミだよ。
聖也に悪口いってさ、否定していれば、なんとなく特別な存在にも負けないぞって思おうとしていた、口先だけのゴミだよ。
他人に比較されないことや、努力することだけに満足していた弱者だよ。
だけどゼロムは違うんだよ。
俺と違ってさ、どんな時でも真っすぐ自分の目標の為に努力ができる凄い奴なんだよ。
バカにされても、ボコボコにされてなお、自分より凄い奴に立ち向かうことのできる凄い奴なんだよ。
俺にはもったいないくらいの、強い一人の戦士なんだよ。
このカードが、眠っている才能を目覚めさせる力があるのなら――
結の言う様に、努力することが才能だって言うのなら――
「目覚めろや……‼」
ゼロムの努力に、勝ちたいという願いに応えてくれよ。
これで何も起こらなかったらと思うと、怖くて仕方なかった。そんな未来を想像して怖くなってしまう自分が情けなかった。
それでも自分にできることは、祈ることだけだった。
ゼロムへの願いを込めながら、ぐしゃぐしゃに顔をゆがめながら、【覚醒】のカードをスキャンする。
『――【覚醒】』
豪のスキャナーからアナウンスが流れると同時、ゼロムの小さな体が、内側から輝きだして、辺りに虹の輝きをばらまいた。
「……なんだ⁈」
余りの眩さに、その場にいる全員が、腕で目を覆う。
いったい何が起こったというのか、豪を含めた全員理解ができず、目の前の光から目を守るのが精いっぱいだ。
そして、輝きが収まり始めた時――
「……」
その輝きの中心から、淡い青の髪の戦士が、姿を現した。
「……ゼロム?」
腰まで伸びた青い髪の先からは、心力の虹の輝きが溢れ出していて、小さかった姿はどこにもなく、細身ながらも筋肉の引き締まった強靭な肉体に進化を遂げていた。
覚醒前の姿がミニリウラと表現できるのなら、今の姿は青い髪のリウラだ。
ゼロムの師である、完全体のリウラの姿を重ねてしまうほどまでに、ゼロムの肉体は急成長を遂げていた。
「……第2ラウンドってか?」
変貌したゼロムを見下ろすジークの顔からは、余裕の笑みは消え去っていた。
自分が負けるとは思ってはいないのは同じだが、それでもゼロムの中に生じた異変に気が付き、警戒態勢をとっている。
「……まだ第1ラウンドだ、クズ」
ゼロムが自分の薙刀に力を籠めると、その刃がギラギラと白い輝きを放ち始める。
「……ここにいる全員。まだお前に負けてない」
成長し、大人びた声でジークに返答をすると、ゼロムは再びジークへ迫り、輝く薙刀を振るうのであった。