最強最悪の魔人
「接近戦、したかったんですよね? もうちょっと頑張ってくださいよお!」
「グッ……! クソが……!」
必殺技スキルによって、巨大な化け物に変貌を遂げたジーク。
宝石を纏った巨大な拳から繰り出される一撃は、防御が得意なはずのアーサーに、ガードの上からでもダメージを与えている。
アーサーが盾で攻撃を受ける度に、大きな衝撃波が空気を揺らす。動きは鈍重だが、攻撃力だけでみれば、全身が復活したリウラに匹敵するほどの攻撃力だ。
アーサーが攻撃を引き付けている間に、ゼロムが素早い動きで懐に潜り、ジークへ何度も斬撃を浴びせるが――
「あ~すいません。もうちょっと強めにマッサージしてもらえます?」
ジークの宝石に鎧に弾かれて、薙刀が乾いた音を立てながら弾かれるばかりだ。
ゼロムも素手で、岩の壁を砕ける程度には肉体が成長しているはずなのだが、ジークの体に少しもダメージも与えることができない。ゼロムが弱いのではなく、ジークの防御能力が高すぎる。
「【隔娄界門】警戒しろ! お前ら!」
豪の指示で、アーサーとゼロムは、ジークから距離をとる。
豪が一枚のカードをスキャンすると、豪の手に黒いエネルギーが収束し、複数の光の球となって、ジークへ解き放たれた。
「【弱体化】‼」
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【魔法・弱体化】×4……カウント8。命中した者のステータスを半分にする光の球を放つ。……LR
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肉体性能が高すぎるなら、下げてしまえばいい。
だが、あくまで【弱体化】は飛び道具。ジークの【隔娄界門】で軌道を逸らされる可能性がある。
全員が自分の周囲に発生するであろう【隔娄界門】に備える中、ジークはニヤニヤと笑い、
「フンッ」
自分の肉体を見せびらかすように、マッスルポーズをとると、宝石の鎧に触れた黒い光の球が、音を立てて弾かれてしまった。
「「「なっ⁈」」」
「ギャーッハッハッハッハ! 無駄無駄無駄ぁ! 【魔鎧鉱人】の鎧は、どんな魔法攻撃も弾き返す! ちゃんと肉弾戦で戦ってくださいね~」
「肉弾戦で戦えって言っても……!」
ここにいる全員、誰もジークの防御力を越えられない。
余りに詰んでいる現状に、那由多が途中で言葉を切ってしまった。
「……マダ、オワッテナイ!」
ゼロムが勢い良く助走をつけて、体全体を大きく回転させながら、薙刀をジークに向かって振り下ろす。
そして【次元跳躍】を使って、ジークの背後に回り込み――
「おっ」
ゼロムの体重と、回転による勢いを乗せた渾身の一撃で、ジークの宝石の鎧が、ほんの少しだけ欠けた。
「……この鎧に傷をつけたのは、この世界だと、お前が初めてだぜ」
「モウイッカイダ!」
すぐさま先ほどと同じ要領で、ジークにとびかかるゼロム。
迫りくるゼロムを、小馬鹿にするような笑みを浮かべながら、ジークは両手を広げて、ここを狙ってみろと言わんばかりのポーズをとる。
「雑魚君の成長をお祝いしてやらなきゃなあ! 祝砲だ祝砲!」
ゼロムの薙刀が、鎧に触れる寸前、宝石の鎧が突然、赤く光りだし――
「【爆破鎧鉱石】ォ‼」
宝石の鎧が巨大な爆発を起こし、辺り一帯に、強大な衝撃波をまき散らす。
「……ガッ!」
「ゼロム!」
屋上のフェンスに叩きつけられ、動けなくなったゼロムに豪が駆け寄った。
「爆発する鎧……⁈」
遠距離の魔法や飛び道具を封殺する【魔鎧鉱人】に【隔娄界門】。
かといって近距離戦を仕掛けても、生半可な攻撃では宝石の鎧に傷一つ付けられないし、【爆破鎧鉱石】による全方位攻撃のカウンターが待っている。
どうやって倒すんだ。コイツ。
あまりに勝ち目のない状況に、皆の頭が真っ白になる。
「皆! こっちに来て!」
結の言葉で、皆が我に返り、結の元へと駆け寄った。
結が【転移】のカードを3枚取り出し、スキャンの準備をする。
もしもジークに勝てそうになかった場合、【転移】のカードを使って逃げること。
聖也はいざというとき、逃げるかどうかの判断を、結に任せていた。
相性が悪いせいもあるが、この場にラクナと紬がいないのは、【転移】のカードが3枚しかないからだ。転移の魔方陣は、召喚士とその契約戦士、一組だけしか入れない。人数分の魔方陣を用意できないため、近接戦闘に強い、ゼロムとアーサーが同行することになった。
ゼロムの攻撃が通じない以上、これ以上の戦闘は危険。
そう判断した結が、カードをスキャンしようとするが――
「なんかいいものもってそうじゃん?」
ジークが結の背後に【隔娄界門】を発生させ、渦の位置をすらして、結の体を潜らせる。
「え……? ああ⁈」
結の手元から【転移】のカードが消失し、ジークの手元に発生した、もう一つの【隔娄界門】から、転移のカードが吐き出された。
「逃げちゃだめよ~。もっと遊ぼうぜ~」
出現位置だけでなく、渦の現在地も調節可能。
最後の逃走手段を奪われた結の顔が、みるみるうちに絶望の色に染まった。
「生物以外ならなんでも通す【隔娄界門】! 俺様にかかれば、こんなクレバーな使い方もできるのよね。……かかってこないなら、こっちからかかっていきますかあ!」
手も足も出せなくなった一同を見て、ジークが自分の拳で、自分の鎧の一部を砕いた。
ゼロムが渾身の一撃で、ようやく一欠片傷をつけるのが精いっぱいだった鎧。
それを柔い砂糖菓子のように軽く砕き、その欠片を拾い上げ、結たちに向かって放り投げた。
「【爆破鎧鉱石】」
まさか、砕けた鎧片も手榴弾のように使えるのか。
危険を察知したアーサーが、皆の前に立ち、盾を構えるが、
「【増素界門】」
投げ込まれた鎧片が、物質の数を10倍にする渦――【増素界門】を潜り、その数を10倍に増やす。
「っ⁉ アーサー‼」
普通のスキルじゃ、この攻撃を防ぐのは無理だ。
そう判断した那由多が、反射的に必殺技カードをスキャンした。
『必殺技――』
スキャナーのアナウンスとほぼ同時、屋上一帯を吹き飛ばしかねないほどの大爆発が発生した。
「皆、大丈夫⁈」
「なんとか……」
どんな攻撃でも一度は無効化し、その2倍の攻撃力を、次の槍の一撃に乗せるアーサーの必殺技――【萬流転槍】。
強大な爆発の2倍のエネルギーがアーサーの槍にチャージされ、その穂先がギラギラと虹の輝きを放つ。
「アーサー!」
「わかってる!」
この攻撃が、ジークを討ち果たせる唯一のチャンス。
アーサーがジークに向かって駆けだすが、
「【隔娄界門】」
「――っ⁈ あ……」
ジークが突如として、アーサーの目の前に発生させた【隔娄界門】。
その渦を潜ってしまったアーサーの手から、槍と盾が奪われた。
那由多たちの前に発生した、もう一方の【隔娄界門】から吐き出された盾と槍が、空しい音を立てて床を跳ねる。
「はい、残念賞! 出直してきなぁ‼」
実質的な、武器奪いスキル。結がやられたときと同様だ。
武器を奪われたアーサーに、ジークの拳が叩き込まれ、その攻撃をまともに喰らってしまったアーサーは、那由多たちの元へ吹っ飛ばされた。
「アーサー……!」
「……!」
那由多が心配そうに駆け寄るも、アーサーはもう返事をすることもできない。
ゼロムも立つのが精いっぱいの状態だ。
「皆! 状況は……」
そして、足を引きずりながら、階段を上ってきた聖也が、状況を見て絶句する。
「お、ようやくヒーロー登場ってか?」
近接が弱いと思われていたはずの、巨大化したジーク。
もうまともに動けない、戦闘の要であるはずのアーサーとゼロム。
ジークの足元に捨てられた【転移】のカード。
何よりも、那由多や結の絶望しきった表情。
「どうみても詰んでるけど……どうする? 頑張ってみる?」
自分たちの計画が、完全に崩れ去ったことを察した聖也とリウラは、言葉を失ったまま、目の前に広がる最悪の光景を眺めていた。