敗北と勝利
「……はは、ははは! その様子だとハズレみたいだな!」
「そうだよクソッたれ‼」
安堵の笑みを浮かべる松田に、聖也は召喚した煙玉を投げつけた。
顔に命中した衝撃で、辺りに煙が拡散される。
松田とウィンガルが煙でむせている間に、聖也はリウラを拾ってラウンジへと逃走した。
「主よ! ピンチだ! 俺を置いて逃げろ!」
「お前が死ぬと僕も死ぬんだよ‼」
サモナーズロードで契約戦士を召喚した場合、召喚士と契約戦士、どちらかが一方が死んだ時点でゲームオーバーだ。
聖也とリウラは運命共同体。戦えないリウラを放置していくわけにはいかない。
「スキル! スキルは使えないのか⁉」
聖也は逃走しながら、スキャナーの『契約戦士』のコマンドを選択する。マップ画面が切り替わり、リウラの持っているスキルについての詳細情報が画面に表示された。
「これはどうだ⁉ スキル【次元跳躍】‼ 足にエネルギーを溜めて瞬間移動する技‼」
「足が無いから使えんな」
「じゃあ【視えざる手】‼ 離れた対象を手から発する念力で、自分のもとに引き寄せる技‼」
「腕が無いから使えんな」
「なら必殺技‼ 全身に力を溜めて放つ一撃必殺の――」
「体が無いから……」
「何ができるんだお前はああああああああああああああああああああ‼」
途端、聖也の背中に激痛が走った。
ウィンガルの鋭い爪が僕の背中を抉り、僕はリウラと共に地べたに転がり込んでしまった。
「っ――――――‼」
痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいイタイ‼
ゲームのくせにリアリティがありすぎる‼
今まで生きてきて初めて味わう激痛に、聖也は声にもならない声でのたうち回る。
ゲームじゃないのか。何でこんな痛いんだ。
自分の背からは血は出ていない。その代わりに虹色の輝きを放つ、謎のオーラが溢れ出ていた。
そのことが現実か否か――聖也の頭を更に混乱させる。
ゲームだから松田は僕に襲い掛かってくるんじゃないのか。僕を殺そうとしてくるんじゃないのか。
今まで、ゲームだと思って戦っていた。
ナイフで襲われた恐怖を拭いされたのも、ピンチでもクレバーに立ち回れたのも、巨大な狼のモンスターに立ち向かえたのも、全部現状がゲームだと、現実じゃないと思っていたからだ。
「現実……なのか? 僕は……」
――――死ぬのか?
過った可能性を言葉にすることはできなかった。言葉にしてしまうとそうなってしまう気がした。
「やっとだ……やっとだよ……」
地を這う聖也に、松田とウィンガルがゆっくりと歩を進める。
「ごめん……ほんとごめん……だけど一人殺らないとダメなんだ……取り合えず今日、今日だけ生き延びられれば、明日ゆっくりゲームのこと話してあげるから……」
生きるの死ぬのに今日も明日もあるか。
ナイフを取り出す松田の目は、完全に常軌を逸していた。
迫る足取りは、勝ちを確信しているはずなのに妙に重く感じる。
手元も震えていて、殺しを楽しむ快楽殺人者というよりは、後がない何かに怯えた切迫感のような雰囲気を感じさせた。
松田とウィンガルに対抗できるカードもない。頼みの綱のリウラも戦えない。
聖也の敗北は決した。
ゆっくり、ゆっくりとゲームオーバーが迫ってくる。
「……! 主よ」
「……黙ってろリウラ」
何かに気が付いたリウラを、聖也が小声で鋭く制した。
リウラが気付いたそれに、聖也も気づいている。――リウラ召喚の作戦を実行に移す前から。
聖也が松田を倒すことはできない。だが、松田に勝つ手段は別に存在する。
サモナーズロードのジャンルはバトルロワイヤル。そう、1VS1のゲームではなく、1VS多のゲーム。
聖也がヴァルビーの能力で索敵をしたとき、建物の一階部分に映っていた赤い点は松田のもの。そして、そこから少し離れた屋外に、もう一つの別な赤い点が存在していた。
バトルロワイヤルで戦闘中、そして勝敗が決したときにこそ気を付けなければいけない存在。それは――――
「――――発射」
第三者プレイヤーの乱入だ。
聖也を狙う松田とウィンガル———そしてその後方に存在する黒い影。
その者が構えるライフルから放たれたエネルギー弾がウィンガルに炸裂した
「――――――――――――⁈」
爆風と共に、悲鳴を発する間もなく、ウィンガルは6階から地上の広場へと叩き落された。
地面に叩きつけられたウィンガルは数回短く痙攣した後に、ピクリとも動かなくなってしまった。そしてその大きな体が光の粒子となって、大気中に霧散していく。
死んだ契約戦士は光となって消えてしまう。
「――え……あ、え、あ、ああ、あああああ」
そして、それは召喚士も同様だ。
「ああああああああああああああああああああああああああ‼」
吹き飛ばされた自分の相棒、光となって消えていく自分の体。
自分のゲームオーバーに気が付いた松田が、聖也の体を無理やり起こして、強く強く、何かを訴えるかのように揺さぶってきた。
「お、落ち着けよ……これゲームだろ。何そんなに必死になってんのさ」
落ち着かせるため、あえて冷めた言葉で返した聖也に、松田は唇を強く噛みながら、フルフルと横に首を振った。松田の動作の意味が理解できなかった。
「っ……お、おれの……」
体が半分以上消えかかって、松田が震える声で話し始めた。
「俺の家族に……『覚えてて』って……伝えて……」
そう言い残して、松田は光となって消えていった。
消えた後に、松田の装備していたスキャナーが、乾いた音を立てて地を跳ねた。
――僕は勝負に負けた。だが生存競争に勝った。
バトルロワイヤルでは長く生存したほうが勝者だ。好きだったゲームの夢の中で勝ったんだ。喜んでいいはずだ。はずなのに……
――なのになんだ。この胸を覆う不安の感情は。
松田が消えた後を見つめて、動けない聖也の前に、松田を仕留めた第三者が迫っていた。