今は誰かの金魚の糞
「何あんた。もうデレたの?」
「まだデレてねえよ」
聖也の後に着いてきた豪を見て、紬が開口一番に毒を吐いた。
まだとか言ってしまうあたり、陥落は近いだろうと、結がそのやりとりをニコニコと眺める。
「まあ、これで気兼ねなく、ゼロムの修行に取り組めそうね」
那由多の言葉に聖也が頷くと、特訓を再開する。
「……甘い!」
「アバババ!」
そして、特訓再開してからというもの、ゼロムはまだ一撃も聖也に当てられていない。
「【次元跳躍】を使おうとして、動きを止めるな! モーションの途中でワープできるから【次元跳躍】は強いんだ! 今からワープすると分かっている敵なんか脅威じゃないぞ!」
「……モウイッカイダ、ヒョロガリ!」
だが、何度やられてもゼロムは立ち上がる。付き合う聖也も相当だが、やられても必ず立ち上がるゼロムも根気がある。
聖也たちが特訓に勤しむ間、他の者は、ジーク討伐の作戦会議だ。
「ぶっちゃけ、ジーク召喚前に、召喚士を倒しちゃうのはどう?」
紬の提案に、那由多が「無理じゃない?」と厳しい顔をする。
「どうして? あいつが狙撃しやすそうな場所に待ち伏せておいて、数人がかりでボコればいいんじゃない?」
「ジーク召喚までに、狙撃ポイントにいる必要がないのよ。それに【ブックマーク】ってカードを持ってるんでしょ? それと【隔娄界門】ってスキルを組み合わせれば……」
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【魔法・ブックマーク】……カウント5。AとB、2枚で1枚のカード。事前にAカードを置いた地点にワープできる。
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本来であれば、ワープ地点に事前にカードを置いておかなければならないため、結の持つ【転移】のカードや、リウラの【次元跳躍】に比べると、使いにくいワープ手段。
だが、空間をつなぐ【隔娄界門】が組み合わされば――
「あいつどこでもワープし放題ってこと⁈」
【隔娄界門】でワープしたい場所へ、Aカードを放り込むことで、実質どこでもワープと化す。
消耗品であるはずのカードも、もう一つの物質を持つスキル――【増素界門】によって、無制限に使い放題。
つまり、ジークたちはわざわざ狙撃ポイントに顔を出す必要はない。
そのとき一番適した狙撃スポットに、後出しでいつでも現れることができる。
「それに、エリア外の謎の集団とグルの可能性もある。ジークのカウントが溜まるまで、あいつら仲間の下で悠々と隠れて過ごせるわ」
ジークたちを倒すには、ジークが召喚された状況下で打ち破るほかないというわけだ。
しかし、ジーク召喚を許してしまえば、無限ワープで距離をとられながら、オールレンジライフルによる無限射程を押し付けられてしまう。
「何よあのクソチート野郎! まともに勝負すらできないじゃない⁈」
「どうやって勝負の場に引きずり込むかがカギだね」
結が課題を纏めると、全員がその場で低く唸った。
真っ先に思い付くのは、メインデッキのカードを封じる、豪のもつ【大魔法・沈黙の矢】のカードだが――
「普通に狙っても、【隔娄界門】で逆に利用されるぜ」
「経験者は語る」
「うるせえクソメガネ」
下手な遠隔攻撃は【隔娄界門】で軌道をずらされて、味方に跳ね返される。
紬に突っ込みながらも、苦い記憶に豪が唇を噛んだ。
「近づけてしまえば、俺でも何とかなりそうなんだが……」
厄介なスキルを持つものの、ジークのサイズは成人男性の頭の大きさぐらいしかない。
カウントの差はあるが、近づけてさえしまえば近接最強クラスのアーサーの戦闘力が生きる可能性がある。
「過信は禁物ですよ。敵は必殺技を含む、残り2つのスキルをまだ隠しています」
ラクナが釘を刺しながらも、「……まあ、流石にあの手のスキルを持つ者が、近接も最強クラスとは考えにくいですが」と、遠回しにアーサーの考えを後押しした。
ジーク討伐の条件は、【隔娄界門】をどうにか封じた上で、【大魔法・沈黙の矢】を当てて逃亡を封じ、近接戦闘で叩きつぶす。ということで纏まった。
「聖也の意見が欲しいところだね」
「……聖也君、過労死しない?」
「「「「……」」」」
とはいえ、聖也の力を借りないのはもったいない。
ごめん、と心の中で謝りながらも、那由多たちは遠目で聖也たちの特訓を見守った。
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そして、特訓5日目。
「身体能力に甘えるな! ちゃんと考えて動け‼」
「……!」
ゼロムの身体能力は、当初の10倍くらいには上がった。
薙刀でコンクリート製の壁を砕けるくらいにはパワーも上がり、聖也の2倍くらいには敏捷性もある。
加え、3mくらいの単距離間なら、【次元跳躍】によるワープも安定してきた。
連続した攻撃の間に、視覚外へワープし、不意打ちを狙う。
それでもゼロムは聖也に攻撃を当てられないでいた。
「またワープ先に重心がずれてる!」
頭を狙った横なぎをしゃがんで躱しながら、聖也が叱る。
「攻撃する場所を目で見るの止めろ! 視覚外にワープしようが狙う場所が分かれば意味がないって言ってるだろ!」
「グググ……!」
一向に攻撃を当てられないフラストレーションから、攻撃が乱雑になる。
そして、乱舞の途中で聖也がバランスを崩し、転びそうになる。
それを好機と見たゼロムが、薙刀を横に振るって攻撃するが――
「ガッ⁈」
聖也はそのまま勢いよく後ろに倒れ込みながら攻撃を回避し、持っていた感電警棒をゼロムの顔面に向かって投げつけた。
「今、何も考えてなかっただろ」
顔を抑えるゼロムに、聖也が起き上がりながら続けた。
「戦闘中に叱る余裕がある相手が、隙をさらすわけないだろ。何となく隙が生まれた。チャンス。それ以外の事、考えてたか? 考えてたなら説明してみろよ」
「……」
「答えられないだろ。それが適当だって言うんだよ。生まれた隙がブラフである可能性は? 攻撃が避けられたときのことは考えたか? 無数の可能性を意識するんだ。何となくで戦うな。勝利に、敗北に。一挙一動に理由が説明できるようになれ。それができなきゃ、僕には一撃も当てられないぞ」
「……モウイッカイ‼」
余裕があるなら優しい言葉を選ぶのだが、如何せん時間がない上に、負けず嫌いのゼロムには、飴より鞭を与えた方が効率的だ。
悔しさで体を震わせながらも、ゼロムはもう一度と、薙刀を構える。
そんな様子を見ながら、豪が重い溜息を吐いた。
「あら、なんかナイーブね」
「……んだよ、クソメガネ」
「ご挨拶ね。クソガキ」
罵声に罵声で返しながら、肩を丸めて座る豪の隣に、紬は腰を下ろした。
「陰の者のよしみで、愚痴ぐらい聞いてやるわよ」
「何だよ陰の者って。勝手に陰キャにすんなや」
紬に悪態で返しながらも、聖也の様子を見ている内に、自分の中に様々な思いが溜まっていたのも事実。
聖也はもとより、結にはカッコ悪いとこは見せられないし、那由多も今の自分には眩しすぎる。リウラ、アーサー、ラクナといった異世界の人外共はもってのほかだ。
弱音の吐き先としては、悪くないか。
何となくそう思った豪は、紬の目は見ず、独り言のように語りだす。
「……適当に生きてたんだなって、思っただけだ」
豪の言葉を、紬も黙った聞いた。
「何となくで生きてたんだよ。家族みたいになろうとか思ってるくせに、そのらしさってのを言語化できねえ。人の辿った道を、何となく辿っていけば、同じくらい特別な存在になれると思ってた」
勉強ができるようになろうとした時に、教科書に書いてある以上のことをやったかな。
サッカーをうまくなろうと思った時に、兄貴がやった練習をやみくもにする以上の何かしてたかな。
他人の通った道を通ったのは、いつか自分の人生を踏み外した時の、言い訳にするつもりじゃなかったかな。
急速に成長するゼロム。それを正しく導ける聖也。
その二人を見て、自分の努力が無意味だったんじゃないかと、空虚な思いに襲われている。
「正直さ、この先どうしていいかわからねえんだよ。自分の人生も、ゲームのことも。弱さに気が付いてもさ、結局今の俺は、聖也の辿る道に着いて行ってるだけだ。前と同じことを繰り返してる」
強がって、協力してやるなんて言ったものの、本音はどうしていいかもわからないから、その答えを持っていそうな聖也についていきたかっただけだ。
結局自分は、自分の方針を、自分ではない誰かに縋っている。
肩を落とす豪を横目で見て、紬はわざとらしく大きく息を吐いた。
「いいんじゃないの? 適当で」
「はあ?」
適当じゃダメだったから悩んでるだろ。
自分がどんな言葉を欲していたかはわからないけど、この言葉じゃないのだけはわかる。
不満そうに睨む豪を、ヤレヤレと手であしらいながら、紬は続けた。
「別に私、あいつらみたいに先のこと考えてないわよ。あんたが聖也君の金魚の糞してるように、私も那由多の金魚の糞してるだけ。ウンコ仲間ね。私たち」
「最悪な同盟だな」
「自分の弱さに気が付いてる分、根拠のない自信に溺れてるだけの、ウンコ共よりマシなんじゃないの?」
「口悪すぎかよ。あんた友達いないだろ」
「おあいにく様。那由多と出会うまで友達ゼロ。……そんな私でもね」
おどけた態度から一変して、紬は気恥ずかしそうに、小さな声で呟いた。
「皆といれば、何かを見つけられる気がしてる」
今、誰か――凄い人の跡を辿るのは、いつか自分の強さを見つける為。
紬の言葉の真意に気が付いて、豪は目を丸くして紬を見つめた。
「焦りすぎなんじゃないの、あんた。……お互い、出来た友達持つと苦労するわね」
紬はわざとらしく、音を立てて制服のスカートのほこりを掃いながら立ち上がった。
「……慰めたかったなら素直にそう言えや。クソメガネ」
「……それができないから、陰キャなのよ、私」
感謝してるなら、クソメガネって呼ぶのやめろ。
自虐じみた笑みを浮かべながら、その場を去ろうとする紬を、「待てや」と呼び止める。
「……ツムツムってのはどうだ」
「某パズルアプリじゃねえんだぞ、私は」
まあ、クソメガネよりは愛嬌がある。
紬が背を向けながら手を振って去ると、豪は聖也たちの特訓の様子を真っすぐと見つめた。