意志の力
「それ止めろって!」
ゼロムが繰り出す薙刀の一撃を、難なく躱しながら、聖也は無防備なゼロムの背中に感電警棒を叩きつけた。
「アバババ」
【召喚都市・昼】では傷を負うことはないが、痛覚はある程度残っている。
感電警棒から流れる電流に、ゼロムが体全体を痙攣させた。
ピクピクとその場で倒れるゼロムに、聖也が叱りつけた。
「狙う場所を目で追うの止めろ‼ 今からそこを攻撃しますって言ってるようなもんだぞ! あと僕より長い武器持ってるなら、リーチ活かせ! わざわざこっちの間合いに踏み込んで隙をさらすな!」
「グウ……!」
悔しそうに唸りながら、ゼロムは立ち上がる。
「もう一回」と聖也が告げると、再び戦いの指導を始める。
「……聖也君強いわね」
「戦闘の勘がいいのもあるが、それ以上に動きを読む力が半端ねえわ」
「あのクソデッキで生き残ってるだけありますね」
そんな戦闘の様子を眺めながら、那由多たちが口々に感想を漏らす。
心力を渡し終えたアーサーは、那由多のポイントで購入したジュースを呑気な顔で飲んでいる。「お、これうめえ」と舌鼓を打っている辺り、気分は完全に傍観者だ。
「呑気にジュース飲んでるけど、あんたたちのパートは順調なのよね?」
「まあまあな。実際、身体能力はだいぶ上がってるだろ」
紬の質問に、アーサーはゼロムを指差した。
確かに、アーサーの言う通り、ゼロムの身体能力はこの1日だけでだいぶ上がっている。以前は自分の武器でバランスを崩してしまうぐらいの貧弱な体だったが、今は武器を全力で振るっても重心がぶれないぐらいには、身体能力が向上している。
「問題は俺のスキルの習得だな」
ゼロムの様子を眺めながら、リウラが困った顔をした。
基本的にネガティブな発言はしないリウラだが、良い報告ができない程度には、状況は芳しくないみたいだ。
「リウラのスキルってそんなに難しいの?」
結の疑問にはラクナが答える。
「難しいも何も、最難関クラスだと思いますよ。特に【次元跳躍】、【ゼロフレーム】は」
「リウラは簡単そうに使っているけど」
「我々の持つスキルは、ほとんどが先天的に宿しているもの――生まれながらに使えるものなのです。他人のスキルを使おうとなると、その体に宿している【式】の再現からしなければなりません」
「「「式?」」」
結たちが首をかしげると、ラクナが自分の手元に心力を発生させた。
そして心力に意識を籠め、小さな魔方陣を生成する。
「心力は万能可変物質。何にでもなれる反面、実に不安定な物質なのです。これを安定させるために、特別な文字を使って、魔方陣を形成します。これに心力を注ぎ込めば――」
ラクナが念を込めると、魔方陣からゴウッと炎が燃え盛り、ラクナの髪を勢いよく揺らした。
「あんた、火の魔法使えたの?」
「式さえ再現できて、心力を操れさえすれば、誰でもできます。あなたたちがカードから様々な武器や魔法を使えるのは、カードに式が刻まれていて、スキャナーで心力を注ぎ込み、式の情報を再現しているからです。スキルも同じです。式さえ再現できれば、スキルは誰でも使えます」
「じゃあゼロム君も、リウラのスキルの式が再現できれば」
「リウラのスキルを使えます。……が」
結の言葉を先回りしながら、ラクナは首を振った。
「リウラのスキル式は難しすぎます。誇張なしで、先ほどの火を起こすだけの式の、1000倍は複雑な式を、一瞬でイメージして、形成しなければいけません。あなたはそんな複雑な式を、正確に……それも戦闘中に一瞬でイメージできますか?」
「あ……」
その難易度の高さに気が付いた結が、言葉を失った。
ゼロムのやろうとしていることは、何もない空間に、物凄く複雑なスキルの設計図を、イメージだけで正確に再現するということ。
式の一部でも欠ければ――建物で例えるのであれば、ネジの一本でも抜けようものなら、その式は成立しなくなる。スキルを発動できないということだ。
「加えて、俺のスキル――特に【次元跳躍】は、心力を籠める量によって、ワープ距離を調整する。少しでも調整量を間違おうものなら――」
リウラの言葉を遮るように、辺りに爆発音が鳴り響いた。
「……ああなるな」
爆発の発生源は、ゼロムの足だった。【次元跳躍】を発動しようと足に心力を籠めたところ、その量を誤り、エネルギーが暴発した。
「……トレーニングモードじゃなきゃ、足先が無くなっている」
ヨロヨロと起き上がるゼロムの様子を見て、全員が深刻そうに俯いた。
再現が難しい上に、発動に失敗すれば、最悪死のリスクさえあるリウラのスキル。
誰も覚えたがらないわけね。と那由多がため息を漏らした。
「……暴発が増えてきた。式が安定しなくなってる。リウラに記憶貰ってきな」
聖也の指示に、コクコクとゼロムは頷いて、リウラの元に駆け寄った。
リウラに心力を伝って、スキルの記憶を分けてもらう様子を眺めながら、聖也はその場に腰を下ろした。
「……どうですか。ゼロムは」
ラクナが聖也の元にスポーツドリンクを差し入れた。
そもそも聖也のポイントで買ったものだが、手元に持ってきてくれる辺り、聖也のことを気にかけてはくれているのだろう。
温くなったスポーツドリンクを一口飲んでから、聖也は答えた。
「成長はしてる。……けど厳しいね」
「そうですか」
どことなく二人の間に流れる空気が重く感じたのは、タイムリミットに対して、上手く事が進んでいないからだろうか。
「心力は――意志の力。故に、あなたたちの世界では、心の力と書きます」
しばらくの沈黙の後、突然ラクナが口を開いた。
「どんな力にもなれるからこそ、心力は私たちの世界の生命を……文明を、進化させてきました。……しかし、どんな進化も、それを引き起こしたのは、強く揺るがない【進化する】という願い。どんな力にもなれるからこそ、最後に心力を形作るのは、そう成ろうという意志の力」
「どういうこと?」
「私は根性論は嫌いです。しかし、奇跡を起こすのは、諦めない意志の力であるのも事実」
そう言いながら、ラクナは背を向けながら、聖也の元を後にしようとした。
「弱音を吐く暇があったら、精々あがいたらどうです? ということですよ」
「……ありがと」
ラクナなりに自分を励ましてくれたことに気が付いて、聖也は思わず笑みをこぼした。
冷たいふりして、割とラクナはツンデレだ。
そして、リウラから心力を貰い終わったゼロムが、聖也の元に駆け寄ってきた。
「シュギョウサイカイダ。ヒョロガリ」
「はいはい……じゃあやろうか。……あ」
「「「「「「ん? あ……」」」」」」
「……」
聖也が立ち上がろうとした時、自分たちの様子をこっそりと伺っていた人影に気が付き、思わず声を漏らした。
そして、聖也の視線を追った各面々も、その存在を視認するや否や、間抜けな声を漏らした。
気づかれたことに怯みながらも、観念したように頭を掻きながら、その人影が姿を現す。
「……タマナシ」
聖也たちの様子をこっそりと伺っていたのは、ゼロムの主人――豪だった。
「きまずいですね」
「口に出すな口に」
口にしたらもっと気まずいでしょうが。
歯に衣着せぬラクナの脇腹を、紬が肘で叩いた。
「……おい」
「……何?」
「ちょっと……話、付き合え」
「話って……僕?」
聖也が自分を指差すと、豪が遠慮がちに頷いた。
「……私たち、あっちに行っておくね」
「俺は聖也のパートナーだから残ってていいか?」
「空気読め馬鹿。お前も来るんだよ」
結が皆を誘導しながらも、なおも残ろうとするリウラを、アーサーが強引に連れ出した。
「「……」」
辺りに誰もいなくなったことを確認して、「あのさ」と豪が口を開く。
「お前に、言いたいことがあってきた」
「僕も、豪に謝りたいことがあった」
目も合わせずに、体だけ向かい合って、二人はゆっくりと、会話を繰り出したのであった。