成神 聖也という人間
「あのさ……うちのゼロムが、聖也に稽古つけてもらってんだけど」
「ああうん。ごめんね、勝手に話勧めちゃって。昨日はちゃんと寝た?」
「別に。俺はあいつと違って、適当な物陰で寝てたよ」
あいつと違って、という部分に、若干の自虐や皮肉が込められていた。
「あの野郎……相変わらず言ってることわかんねーし、 俺のスキャナー? ってやつのログインボタン勝手に押すし、抵抗するとタマ蹴ってくるし。散々なんだけど」
「アハハ……豪くんも自分の契約戦士に苦労させられてるね……」
その光景を想像し、豪の苦労を察した結が、困ったように笑った。
「あのジークとかいう奴……聖也でも勝てないの?」
「……うん。一人じゃ勝てないって言ってた」
「……そっか」
結の回答に、心なしか豪も気分が重くなった。
聖也が勝てないってことは、自分にも。
無意識の内に、そんな考えが頭をよぎって、聖也の言葉を思い出す。
お前が勝手に自分を下に置いているだけだろ。
今更ながら、その通りだ。と心の中で呟いた。
ジークがどうというよりも、聖也が勝てない奴に、自分が勝てるとは思えなくなってしまった。
負け犬根性もここまでくると、悲しくなる。
「あのバケモノさ、聖也を狙ってるんだよな?」
「うん」
「あいつ見捨ててさ、逃げない?」
「逃げない(笑)」
「あっそ……」
そんな良い笑顔で即答されては反則だ。
もちろん本気で言ったわけではないが、聖也と組む以上、結が危ないのも事実。
そんな心配を見透かされたような眩しい笑みに、豪はガクッと肩を落とす。
「……あのさ」
豪が一番聞きたかった話題に触れようとして、気まずそうに言葉を濁した。
ちらりと結を横目で見ると、豪が聞きたいことを見透かしたように、優しく笑って、自分を見つめてくる。
そんな視線を投げられて、豪は弱弱しい声で、本題について触れた。
「あいつさ……なんであんなに怒ったの?」
金にがめついクソ親持って大変だな。
今まで、聖也に投げてきた暴言に比べても、程度の低いものに思っていた。
だからこそ、今までどんな悪態にもやり返してこなかった聖也が、あそこまで感情顕わに激怒するとは思ってもいなかった。
それはきっと、自分が知らないことが原因なんだろう。
「聖也の両親ね。死んでるの」
「死ん、え? どっちとも?」
「うん。どっちも。聖也がね、車にひかれそうな子を助けようとして、聖也をかばって死んじゃった」
予想外に深刻な答えが返ってきて、豪はそのまま押し黙ってしまった。
「……まじか」
「今は、従妹のお義姉さんに引き取られているの。お義姉さんに苦労かけたくなくて、お金のことを気にしてるんだよ」
そのとき初めて、豪は自分が投げた言葉の意味を理解した。
自分が投げた言葉は、死者への冒涜であると同時に、聖也のトラウマの刺激だ。
傷つけばいいとは思っていたが、それはあくまで喧嘩の範囲で済めばの話で、死人を利用してまで、聖也に一泡吹かせたかったわけじゃない。
サイテーじゃん俺。
吐き出したまま帰ってこない言葉が、頭の中を反芻する。
そんな豪に「そこまで気にしなくていいよ」と結が声をかけた。
「話していない聖也も悪いから。ああ見えてね、結構見栄っ張りなの。自分で見た自分の姿より、他人から見た自分の姿を大事にしていた。両親のことを話したがらないのもそのせい。だから最近まで、聖也は弱かったよ」
「どういうこと?」
「大切にしたいものが自分の中になかった。周囲が変われば自分も変わってしまう。ふわふわな存在だったんだよ」
「今は違うの?」
「うん」
そう言って結は、屋上の外に広がる、青い空を見て笑った。
「今の聖也は強いし、かっこいいよ」
宝石のようにきれいな瞳に、青い空と街の景色が映っている。だが、結の目には、自分が敵わない男の子の姿が映っているのだろう。
「……俺もなれる? あいつみたいに」
何気なしに浮かんだ疑問を、そのまま口にしてしまい、豪は慌てて口を押えた。
結は驚いたように、きょとんと眼を丸くしてから、「なれるよ」と儚く微笑んだ。
「豪くんにはあるもん。目標に向かって、努力する才能。……皆の知らないところでこっそりと」
「……は?! え⁈」
自分の隠していた部分を周知されていて、嬉しく思う反面、恥ずかしさがこみあげてきて、豪は顔を真っ赤にして狼狽えた。
そして、恥ずかしさが落ち着いたころに、気落ちしてしまう。
努力だけじゃダメだったんだ。
どんなに努力を重ねても、スペシャルな人間の足元にも及ばなかったんだよ。
心の中で拗ねたように呟いて、「……そりゃどうも」と適当な相槌を打って話を終わらせる。
そんな自分の心を見透かされたのか、結もこの話をそれ以上続けようとはしない。
「……ねえ、私も一つ相談していい?」
「相談?」
「うん」
今度は逆に、結が神妙な表情になって、俯いた。
何か悩みでもあるのだろうか。
自分の相談に乗ってもらった手前、可能な限りは力になってやりたい。
その一方で、上手く相談に乗れば、ワンチャン好感度稼げるかも。なんて一瞬でも思ってしまう、自分の浅ましさで、勝手に後ろめたくなった。
恥じらう様に指を交差させながら、結は目を逸らしながら尋ねた。
「あのさ……那由多さんのこと、愛人2号って呼んでるよね?」
「え、ああ。まあ……」
「愛人1号は私?」
「……は?」
先ほどまでの話題と方向性がまるっきり変わってしまい、豪が思わず間抜けな声を漏らした。
「聖也の愛人1号は私だよね⁈ 皆は那由多さんの事、聖也の彼女だと思ってるけど、実際はそんなことないよね⁈ 付き合いが長い分、私の方が仲は親密だよね⁈」
「知らねえよそんなの⁈」
「お願いちゃんと答えて! 那由多さん強敵なの! このままじゃ聖也取られちゃう!」
「俺に聞いたところで意味ないでしょうが⁈」
「多分そう! だけど、なんでもいいから自信が欲しいの! 私が有利よね⁈ 恋人レース、まだ私が有利だよね⁈」
「あの朴念仁に聞けばいいじゃねえか⁈」
朴念仁、というワードに「そうなの‼」と結が食いついた。
「私、昔告白したんだけどね! そういうの今は良いや。って平然とフラれたの! 私のことが嫌いとかじゃなくて、恋をする余裕とかないんだって! じゃあ恋をする気になれば、チャンスがあるか聞いたら、あるかもって答えるの‼ ねえどう思う⁈ 酷いと思わない⁈ なんで私好きなんだろう⁈ あの朴念仁‼」
……この愚痴に見せかけたのろけ話に、いつまで付き合えばいいのだろうか。
上手く好感度稼げるかも。なんて事前の妄想が、空しさを更に加速させる。
……なんでこの子のこと、俺好きなんだろう。
聖也もある種の変人だが、それに長年付き合っている、結という女の子も大概だ。
結局その後は、昼休み終了のチャイムが鳴るまで、結の恋バナに付き合わされて疲弊する豪であった。