特訓開始
ちょっとお仕事が忙しいので、不定期にお休みいただくかもしれません。
可能な限り更新できるよう頑張ります。
特訓の内容は主に3段階だ。
① アーサーによる、肉体作り
② リウラによる、スキルの伝授
③ 聖也と実戦形式での模擬戦
の3段階。
「声帯が発達していないのも、体が貧弱なのも、幼体期に、十分な心力を摂取できていないことによるものでしょう。心力さえ与えれば、今からでも肉体が成長する可能性は、十分にあります」
ラクナの説明に、聖也たちがうんうんと反応する。
そしてその説明に、聖也が手を上げて質問した。
「心力って僕たちが生み出してるんだよね? なら僕たちが直接与えることはできないの?」
「貴方は意識的に心力を与えることができますか? 成神聖也」
「ああそうか……」
質問に質問で返され、聖也が押し黙る。
「私たちが心力を摂取できているのは、貴方たちの腕にあるスキャナーのおかげです。スキャナーは人間の心力を、自分の契約戦士に供給するためのコントロール装置でもあるわけです」
つまり、聖也たちは自分の契約戦士を経由してでしか、心力を与えることはできないということだ。
「アーサーの心力が必要な理由は?」
「アーサーがこの中で一番、肉体のスペックが高いからです。幼体の時、強い肉体を持つ者から、心力を分けてもらうと、強い肉体に育ちやすくなる傾向があります」
紬が「母乳みたい」と感想を漏らすと、「その例えやめてもらえる?」とアーサーが顔をしかめる。
リウラが完全体なら、リウラの心力が最適なのだろうけど、当の本人は頭と足が復活しただけだ。そんな不完全な肉体から心力を分けてもらうにはいかないらしい。
いずれにせよ、心力を分ける役割はアーサーで決まりになった。
次にどうやってリウラのスキルを教えるかだが――
「アーサーやゼロムが、俺に記憶をくれたように、俺がスキルを発動したときの記憶を、ゼロムに分け与えればできるのではないか?」
リウラの自信満々な回答に、ラクナとアーサーが難しそうな顔で唸る。
「リウラはそう言ってるけど、できるの?」
「……まあ、簡単なスキルならそうですが」
「……よりにもよって、リウラのスキルだからな」
不可能ではないらしいが、習得難易度は高いようだ。
ラクナやアーサーのスキルも強力だが、今回の仮想敵はジーク。ジークを倒せる可能性があるとすればリウラのスキルだろう。
それに役割特化型の二人のスキルと比べると、リウラのスキルは汎用性が高い。
誰か一人、と問われれば、必然とリウラのスキルになる。
そして、最後に模擬戦についてだ。
「僕がゲームでの戦い方を教えればいいってことか」
「ええ。スキルを覚えても実践で使えなければ意味がないですから」
「アーサーとかラクナじゃダメなの? 僕よりは強いでしょ?」
「俺らが教えられるのは、俺らの戦い方だけだ」
聖也の質問に、アーサーが割って入る。
「リウラのスキルを覚える前提なら、その戦い方を理解している奴に教わるのが一番いい。当の本人はあのザマだから、お前が一番適任なんだよ」
「それに、何故だかは知りませんが、貴方は唯一、このゲームに関する記憶を引き継いでいる。戦闘の勘も悪くなければ、肉体的にゼロムと差があるわけでもない。今のゼロムにとって、一番の師はあなたです」
二人から推薦されて、聖也がムムムと唸る。正直、真正面からの模擬戦なんて初めてだし、自分自身も探り探りでの指導にはなるだろう。
だが、ジークに勝つためにはやるしかない。
腹をくくるように、聖也は大きく息を吐いてから、ゼロムに向かい直る。
「とりあえず、やるだけやってみよう!」
「アウアウ……‼」
互いに拳を突き合わせて、ゼロム育成計画がスタートした。
皆で協力して、ゼロムという戦士を育成する。
道のりは険しいが、皆の協力があればできるはずだ。
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当初はそんな風に思っていたのだが――
「……おい聖也。保健室行ってこい」
「ネテナイ……。マダ、ネテナイデス……‼」
「いや、寝るというか、今にも死にそうなんだが……」
特訓開始の翌日、いかにも疲れ果てた様子で、虚ろな目で授業を受ける聖也に、板書を取っていた響子が声をかけた。
定期的にガクンガクンと生気を奪われたように、白目をむいて舟をこぐ。
その様子に教師を含めた、周囲の生徒はドン引きしている。
聞いてないよ。特訓の9割が僕のパートなんて。
いざ特訓を開始したは良いものの、肉体作りと、スキル習得のパートは、アーサーとリウラの心力を流し込むだけの簡単な作業なので、時間の大半は聖也との模擬戦だ。
特訓は、【召喚都市・昼】――ゲームの世界で行われる。
デスゲーム時以外は、傷つくこともないし、お腹がすくこともないゲームの世界でも、気疲れというものはあるようだ。夜中を越えて特訓に付き合わされ、聖也の脳は1日目にしてグロッキーだ。
「……」
そして、顔に包帯や絆創膏をして、痛々しい様子の豪も、眠そうに欠伸をする。
ゼロムがログインしているということは、豪もログインしているということだ。実際に特訓には参加していないものの、豪もゼロム育成計画に、強制的に参加させられていることになる。
(この前の欠席分と早退の分もある……。これ以上、休むわけには……!)
どれくらいの病欠で、特待生の権利が消滅するのかは知れないが、学費がかかっている以上、これ以上学校生活に支障は与えられない。
周囲から心配するような視線を浴びせられながらも、なんとか昼休みまで持ちこたえる。
そして、昼休み。聖也はいつものように、結の待つ屋上に集まり――
「……ちゃんと休んだら? このままだと持たないよ?」
「……ダメだ。どうせ放課後は特訓に付き合わされるんだ。今のうちに宿題やらなきゃ……」
右手で弁当を食べながら、左手で今日の宿題を終わらせる。
あまりに行儀の悪い光景に、心配しながらも、呆れた様子で結は自分の弁当を食べる。
「しゃあ終わり‼」
食事と宿題を同時に終わらせ、いざ寝ようと、両手を広げた時だった。
「お、いたいた。聖也。今から話できるか?」
屋上の扉から響子が現れ、こっちへ来いと、聖也に手招きをしてきた。
「……はい」
生きててこんなに睡眠が恋しいと思ったことはない。
貴重な休養の機会を奪われ、響子の元へ歩いていく聖也の背中は、酷く重苦しいものに見えた。
「ちょっと豪のことでな――」
そんな会話をしながら、階段を下っていく二人を、結は心配そうに見送った。
そして、聖也が去ってからしばらくした頃だった。
「……結ちゃん」
「……なあに? 豪くん」
結の前に、神妙な顔をした豪が現れた。
結は、その存在を包み込むような、優しい視線で微笑んだ。
「……教えてくれよ。ゲームの事。それと…………聖也のこと」
「いいよ。こっちでお話しよ」
結が豪を手招きして、自分の傍へ来るように促す。
二人並んで、屋上のフェンス越しに街を見下ろしながら、「どこから話そうかな」と、独り言のように呟いた。




