決別と弟子入りと
今日も諸事情により、早めの投稿です。
「大丈夫⁈ 聖也、那由多さん⁈」
「……遠くから見てたわよ。ヤバい奴に目ぇつけられたわね」
聖也たちがログアウトし、河川敷の橋の下へ戻ってくると、心配そうな顔で結たちが寄ってきた。
肩と足を撃ち抜かれた感覚が、まだ残っている那由多はまだ気分が悪そうだ。
まだバランス感覚が戻らない那由多を、紬が肩を貸しながら座らせた。
「……あと、豪くん」
結の視線の方へ振り返ると、一足先に現実世界に戻されていたであろう豪が、くたびれた様子で腰を落としている。
「……」
まだ脳を撃ち抜かれた感覚が残っているのか、戦闘の混乱が残っているのか、深く俯いたまま、一言も発しようとしない。
「……あのさ」
このまま黙っていた所で、聖也たちにとっても、豪にとっても良い方向に話が進むわけでもない。
学校でのことや、ゲームでの失態はひとまず置いておき、聖也が豪に話しかけた。
「……僕たち皆、ゲームに強制参加させられた被害者なんだよ。豪さえよければ一緒に協力して勝ち残りを」
「――誰がテメエなんかに協力するか馬鹿」
聖也の声を遮るように、豪が俯いたまま続けた。
「お前の力なんか死んでも借りるか。勝手にやってろ」
「……ちょっとあんた。あのザマでよくもそんな減らず口叩けるわね」
豪の悪態に真っ先に反応したのは、聖也ではなく紬だった。
「あんたあとちょっとで那由多殺しかけたの分かってる⁈ 初心者だか何だか知らないけど、謝罪の一つくらいしたらどうなのよ⁈」
「紬、落ち着いて!」
「うるせえ愛人18号!」
「愛人18号って何よクソガキ⁈」
「……もういいよ、ほっとこう」
殴りかかろうとする紬を、那由多がなだめる様子を見て、このチームに誘うのは無理だと判断。
ここまでひどい目に会って、なお自分のプライド優先かよ。
心底呆れたように、重い息を吐き出して、聖也の肩がゆっくり沈んだ。
そして、その様子が癇に障ったのか、豪の怒りの矛先が聖也に切り替わる。
「……テメエはいつもそうだよな。そうやって人を下に見て」
「……何か誤解してない?」
「してないね。事実、自分が俺よりも上だと思ってるから、俺に協力しようとか、ふざけた提案ができるんだろ。勝ち残りのゲームで使える駒が欲しいだけだろ」
「お前が勝手に自分を下に置いてんだろ」
あまりの話のかみ合わなさに、聖也も段々と表情が厳しくなる。
最後の発言の言葉尻は、苛立ちによって低く濁っていた。
「もういいよ、どっか行けよ。もう2度と僕たちの邪魔するな」
「聖也もそんな言い方……」
突き放すような聖也の言葉に、豪が大きく舌打ちをして、その場を立ち上がる。
去ろうとする背中を止める者は誰もいなかった。暗くなり始めた河川敷を、ゆっくりと去っていきながら――
「……親がどんな教育すれば、あんな王様気取りの勘違い野郎が育つかね」
豪が負け惜しみに吐き出した言葉に、聖也がピクリと反応した。
「……親は関係ないだろ」
反応が返ってくるとは思っていなかったのか、豪が意外そうな表情で振り返る。
「……どうした? 親に何か思うところでもあるのかよ」
「別に、そういうわけじゃ……」
「ああそういえば、テメエ、学費ケチる目的でウチに入った苦学生だったか。金にがめついクソ親持って大変だね」
ちょっとでも聖也の気に障れば御の字。
そんなことを思いながら、大した考えもなしに吐いたセリフ。
妙なゲームに巻き込まれて、散々イラつかされたんだ。これくらいいいだろ。
ちょっとだけふざけた口調で吐き捨てて、豪がその場を去ろうとしたところ――
「……ん? ――っぐぼ⁈」
背後からものすごい勢いで聖也に肩を掴まれ、反射的に振り返った瞬間、豪の頬に容赦のない右ストレートが叩き込まれた。
気に障ればいい。そう思って吐いた言葉が触ったのは、聖也の逆鱗だった。
「テメエもっかい言ってみろ‼」
今までどんな暴言を吐かれても、冷静を保っていた聖也が、怒りを顕わにして、豪に迫る。
不意の一撃で倒れた豪の胸ぐらをつかみ、無理やり体を起こしながら、聖也はもう一発、二発と豪の顔を殴っていく。
「ちょっと落ち着いて聖也‼」
「……何しやがんだテメエ‼」
那由多と結が聖也を無理やり剥がすと、豪もヨロヨロと起き上がりながら、顔から出る鼻血を拭い、聖也に向かって殴りかかる。
結と那由多に腕を押さえられながらも、聖也は顔面に繰り出されたパンチを、首だけの動きで躱し、カウンター気味に蹴りを食らわせた。
腕の回転を利用して、結たちの腕を振り払うと、よろめく豪に荒い足取りで迫っていく。
顔や体を襲う痛みに、顔をゆがめながら、豪が拳を繰り出すも、全部寸前で避けられる。
ならば動きを封じようと、胸ぐらをつかみ、体を引き寄せようとしたところ、その勢いを利用して頭突きをかまされた。
自分の動きが、完全に見切られている。
そのことに気が付いたときには、豪は聖也が繰り出す攻撃によって、再度大きく吹っ飛ばされていた。
『見事な近接戦闘だ』
『聖也氏つえー』
『まあ、銃弾を避けれるような人間ですからね』
「「呑気に観戦してないで、聖也君を止めなさい‼」」
スキャナーから他人ごとのようにリウラたちが会話をしていると、聖也を除くそれぞれのパートナーが悲鳴に近い声を上げた。
華奢な体つきの割に、めっちゃ力強いんですけど⁈
3人がかりでなんとか聖也を抑える様子を見て、仕方なしにアーサーとラクナが実体化する。
さすがに契約戦士の力には敵わないのか、聖也も「離せ‼」と抗いながらも、ラクナに羽交い絞めされて、完全に身動きが取れなくなってしまった。
「おい坊主。今のうちに逃げろ」
あそこまで一方的にやられては、戦意も喪失してしまったのか、素直に立ち去ろうとする豪に、聖也が叫んだ。
「次、両親の事でも‼ 友達の事でも‼ 僕の大事な人のことを悪くいってみろ‼ ふざけた口がきけないよう、叩きのめしてやるからな‼」
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「……落ち着いた?」
豪が去ってしばらくした後、ようやく冷静さを取り戻した聖也に、結が語り掛ける。
「……みんなごめん」
「私たちは別にいいんだけど、ねえ……」
「ぶっちゃけあそこまで一方的だと、相手に同情するわ」
紬の歯に衣着せぬ言葉に、聖也がガクッと肩を落とす。
今までの態度や言葉にフラストレーションがたまっていたのは事実だったが、あそこまで激しく爆発するとは、自分でも思っていなかった。
今まで気にしないように努めていたのに、最後の最後で、暴力という最悪な形で相手にぶつけてしまった。
橋の下で蹲る聖也に、スキャナーからラクナが慰める。
『私は良いと思いますけどね。愚か者にはいい薬になったと思いますよ』
「限度ってものがあるでしょーが」
『私たちの世界の者は、割と暴力には寛容なので』
「あんたたちの世界どんだけ荒んでたのよ……」
そういえば、アーサーも呑気に観戦してたし、リウラも止めようとはしなかった。
リウラたちの世界の、治安を想像した面々の頬がひきつった。
……明日どんな顔をして学校に行こう。
そんなことを考えながら、聖也がふと顔を上げると――
「アウ……」
「……君は」
いつの間にか、自分の目の前に、豪の契約戦士【零戦士 ゼロム】が立っていた。
なんのスキルも持っていない、聖也たち人間よりも弱い戦士。
「どうしたの?」
「アウ……ア……」
体育座りをしながらでも、目線をほとんど上げる必要のないほどの、小柄な戦士に尋ねるも、かすれた言葉なっていない声が聞こえるばかりで、何を言ってるのかわからない。
「アーサー、この子何て言ってる?」
『いや、俺氏にもわからんよ』
『私にもさっぱりです』
那由多が訊ねるも、アーサーもラクナもお手上げといった様子だ。
言葉は分からないが、ゼロムが必死に何かを伝えたがっているのは分かる。
一体どうしたものかと、皆が頭を悩ませていた所だった。
「何だ。稽古をつけてほしいのか?」
リウラが実体化して、ゼロムと正面から向き合った。
「え、リウラ。言ってること分かるの?」
「ウム! 会話とは魂で行うものだからな!」
何の説明にもなっていない回答に、一同が感心ではなく、呆れた声を漏らした。
「アウ……アウア……」
「ああ、すまない。俺は今、記憶喪失でな。この姿も記憶喪失が原因らしい」
「アウアウ…… アウアウ……」
「ちょっと、二人で会話してないで、私たちにも説明してよ」
二人の会話に那由多が割って入ると、リウラが改まったように咳払いしてから、皆の方へと向かい直る。
「……どうやら聖也。お前に戦闘を習いたいみたいだぞ」
「はあ⁈ 何で僕⁈」
「先の戦いでの立ち回りや、豪を退けた時の身のこなしに、光るものを感じたらしい。それにこの者は、前の世界での、俺の弟子のようでな。同じ師を持つ者に指導を受けたいそうだ」
「じゃあリウラが教えなよ⁈」
「まだ足しか復活していないからな。流石に無理だ」
「アウアウ……」
「むむ、それは本当か?」
何やら惹かれるものがあったのか、ゼロムの言葉に、リウラの表情が明るくなる。
「稽古の礼として、俺の『記憶』を渡そう、ということらしいぞ」
「……リウラの記憶⁈」
突然現れた、リウラの記憶を持つ契約戦士。
予想外の所から現れた、リウラ復活の手掛かりに、聖也は戸惑った表情で、結たちと顔を見合わせるのであった。