クソデッキと伝説の戦士
スキャナーの中に入っていたカードは3種類。
スキャナーの持ち主の情報が記載された『プレイヤーカード』。
聖也が召喚士として戦うための『召喚カード』。
そして聖也の戦場での相棒を召喚するための『契約戦士《チャンピオン》カード』だ。
プレイヤーカードはプロフィールみたいなものなので、戦闘中は意味がない。
大事なのは召喚カードと契約戦士カードの2つ。
メインデッキは20枚の召喚カードで構成されている。聖也のデッキの内訳はこうだった。
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【剣・サビ】×5……カウント0。朽ちた剣。刀身は触ると崩れる……B
【盾・ナベブタ】×5……カウント0。調理用。戦闘には不向き。……B
【砲・ウォーター】×5……カウント2。大型の水鉄砲。水があたると冷たい。……B
【煙・白煙】×4……カウント2。煙幕。視界を遮れるが攻撃力は皆無。……CR
【召喚・焔鳥ヴァルビー】×1……カウント3。伝説の怪鳥の幼体。マップ索敵能力が高い。戦闘能力はない。……VR
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「なんだこのクソデッキ⁈」
あまりにあまりな内容に、一人大声で突っ込んでしまった。
慌てて口を押えて辺りを見渡した。どうやらまだ辺りにはいないらしい。
ショッピングモールに逃げ込んだのは見られているだろうから油断はできない。
改めてデッキの内訳を見直し、聖也は肩を落とす。
まず武器を呼び出せる武具カード。剣と盾、砲が聖也のデッキだと該当するが、どれもCR……のさらに下のB。所謂接待用のカードしかなく、松田のサバイバルナイフに勝てる武器が何一つとして存在しない。※サバイバルナイフも弱い武器だ。
次に煙。目くらましようの煙幕玉を召喚するが、これもモクモクするだけで主に逃走用だろう。
唯一使えるのは、【召喚・焔鳥ヴァルビー】。炎の羽根を持つ小鳥を召喚するカード。
これは聖也もゲーム中で愛用していたカードだ。辺りの情報を探って教えてくれる強いカードなのだが、その情報は強い武器や魔法と組み合わせてこそ真価を発揮する。
戦闘力がない今の状態だと、情報を逃走用にしか活かせない。
しかも他のクソカードは5枚とかあるのに、このカードだけ1枚しか入ってない。何の嫌がらせだ。
索敵用にヴァルビーのカードをスキャナーの読み取り部にスラッシュすると、小さな魔方陣が出現した。
その中から現れたフードをかぶった赤い小鳥が、元気な鳴き声と共にショッピングモール上空を旋回し始める。
スキャナーの『マップ』のコマンドを選択すると、ショッピングモール周辺の3Dマップが画面に表示された。
ショッピングモール1階に赤い点がうろうろと動いている。恐らく松田だ。
松田の狙いは、聖也を建物内から逃がさないようにすることだろう。
普通に建物から外に出るには1階を経由しなければならないし、上の階に設置さえている非常梯子は、建物前の開けた広場に降りてしまうため、外の広場を注意深くチェックさえしていれば簡単に見つかってしまう。
聖也は現在6階(最上階)のテナントのレジ下に隠れている。この状況が続いても、只々時間が過ぎていくだけなのだが――
その均衡は恐らく近いうちに破られる。松田の狙いは十中八九、『契約戦士』のカウント待ちだ。
どんなカードにも必ずカウントが設定されている。
カウントとはカードの発動待機時間のことだ。ゲームが始まってから、1分ごとにカウントが1溜まっていく。簡単に言えばカウント1のカードは試合開始1分後、カウント10のカードは試合開始10分後に使えるようになるということだ。
カウントが大きくなるほど、そのカードの持つ効果は強力になる傾向がある。
そして、20枚のメインデッキとは別枠で存在する『契約戦士《チャンピオン》』カードにもカウントが存在している。
契約戦士はメインデッキの召喚で呼び出せるキャラクターとは、比べ物にならないくらいの強力なファイター。戦場を共にする相棒的な存在だ。
契約戦士それぞれが3つの通常スキルと1つの必殺技を持っており、基本的には自分の契約戦士と相性の良いカードで、メインデッキを構成していくのがサモナーズロードの基本戦術。いうなれば戦いの軸なのだ。
しかし、今回はそうはいかない。
「契約戦士が強くなきゃ困る……‼」
メインデッキが紙束同然の為、契約戦士に戦術を100%依存することになる。
ここで契約戦士までクソだったら詰みゲーだ。
聖也は祈るように、メインデッキとは別のスロットにセットされている、自分の契約戦士のカードを抜き取った。
「……お前が俺の召喚士か?」
突然カードから発せられた声に、聖也は「うわっ」と慄いてしまった。
聖也は自分の契約戦士カードをまじまじと見つめながら、言葉を失った。
情報が書いてない。
契約戦士カードには普通はキャラクターのスキルやカウント、見た目や名前などの情報が記載されているはずだが、聖也のカードは全体に靄がかかっていて、カードの情報が読み取れない。
靄の奥に謎の人型キャラクターのシルエットが、うっすらと確認できるくらいだ。
「君は……誰?」
「誰、か……うむ……、今しがた目覚めたばかりで、自分のことを思い出せないのだが」
おいおい記憶喪失とか言わないよな。
聖也は不安そうに口を噤む。
「名前は憶えている。俺の名は『リウラ』だ」
「リウラ……⁈ リウラって言ったか⁉」
「うむ」と肯定とされると、聖也はその場で思わずガッツポーズをとった。
来たよ当たりが。超特大の。
【戦神 リウラ】――サモナーズロードのゲームにおいて、データ上にのみ存在していた伝説の戦士。
作中最強の基本戦闘能力に加え、様々なチートスキルを有したぶっちぎりで最強の契約戦士だ。
ゲームバランスを確実に崩壊させるため、プレイアブルキャラクターとして実装はされなかったものの、その能力はプログラムコードには存在していたため、サモナーズロードをプレイしていた者には、強さを含め、必ず認知されていた存在だった。
唯一の懸念点があるとすれば――
「リウラのカウントは12……‼」
契約戦士のカウントは5~10の間で設定されていた。数字が大きくなると呼び出すのに時間がかかる分、その分キャラクターの力は強大なものとなる。10のカウントをもつキャラクターは、召喚に成功すればそれだけでゲームを終わらせることもできるほどだ。
だが、リウラのカウントは12。さらに2分、余分に一人で耐える必要がある。
松田は依然として一階から動かず、出口と建物外を警戒している。その様子から聖也は松田の契約戦士のカウントは5と判断した。
焦って探しに来ないのは、『聖也より早く自分の契約戦士を呼び出せる確信があるから』だ。
カウント5は索敵や機動力に特化した――大型の獣型キャラクターが多く属するカウント帯だ。索敵能力や機動力を活かし、相手が契約戦士を呼び出す前に狩る。それが獣型の基本戦術だ。
カウント5の契約戦士は、戦闘能力自体は控えめだが、まともな武器もなしに――それもクソカードしか持っていないような聖也が戦っていい相手じゃない。
つまりリウラ召喚までに聖也が見つかれば松田の勝ち。リウラ召喚まで索敵を躱せば聖也の勝ちだ。
「7分間、隠れ切る……‼」
手札のクソカードたちを手に、7分間耐え抜くための策を、聖也は実行に移すことにした。