VS【次元跳躍(ディメンジョンリープ)】 (紬視点)
「まずいですね」
運動公園エリアの、ドーム球場内の通路。
機械兵の位置、そして機械兵の視界に映った他プレイヤーが表示されたマップ画面を見ながら、ラクナがため息をつく。
ラクナは目の前に表示されているマップのウィンドウを使い、六つの手で機械兵たちを操作しながら、状況を説明する。
「……何か問題でも?」
「ええ。奴らが瞬間移動能力を獲得しました」
周囲のエリアを上面から描写したマップ。
そこに表示されている無数の黒い点が、ラクナが指揮している機械兵。
対して赤い点が他プレイヤーを現している。この場合は聖也たち4人だ。
機械兵たちで赤い点を上手く包囲し、勝ちを確信したその瞬間、赤い点が包囲の外へとワープした。
「それは……やっかいね。よりにもよって瞬間移動……」
ラクナの説明で状況が一変したことに気が付いた紬が、苛立った様子で爪を噛んだ。
「瞬間移動の距離や頻度は?」
「距離はおおよそ100mほど。感覚は最短30秒といったところでしょう」
ラクナの【無限機械兵】で生成できる機械兵の量は秒間10体。1分間で600体。発動から5分ほど経っている現在の機械兵の数は約3000体。
ただ、全ての機械兵を聖也たちの討伐に回せるわけじゃない。何百体かは聖也たちを襲わせてる一方で、エリア外への逃亡を防ぐために残りの数千体をエリアの包囲に回している。
相手がベタ足で逃げてくれる分であれば、包囲もこの程度で良かったのだが、瞬間移動を聖也たちが使える場合、更にもう一段階、瞬間移動を切らせるための包囲部隊を形成しなければいけなくなる。
「それに奇妙な点がもう一つ。奴らがエリア外へ逃げる素振りを見せません」
「私たちを討ちに来ているということ?」
「ブラフの可能性もありますが」
ラクナが提示したのは2つの可能性。
1つ目は純粋に瞬間移動で包囲を突破しながら、ラクナ本体を倒しに来る可能性だ。
「しかし、僕が見たところ彼らに、この包囲網を突破できる火力があるようには見えないが」
ロイドが周囲を囲む300体ほどの機械兵を見ながら答えた。
加えてラクナ周辺から秒間10体生成される機械兵もいる。
「このまま建物内に籠城していてもいいんじゃないか?」
「馬鹿、相手は瞬間移動を使うのよ。こんな壁に囲まれた建物はかえって危険。視覚外から私たちの頭上にワープでもされたらどうするの」
「ああそうか」
瞬間移動ということは、壁も天井も周囲の機械兵も無視して、一気に操作主であるラクナまで迫る手段を持っているということだ。
いくらラクナも敵の位置がわかるとはいえ、敵の姿が直接見えるかどうかでは、対応力が大きく異なってしまう。
「見晴らしのいい場所に移動する必要がある。少なくともワープの範囲外の敵が視認できるくらいに開けた場所に」
「それなら少し移動した先にある駐車場エリアはどうだろうか」
「ええ、そこがいいわ」
スタジアム傍に整備されている、1000台ほどの車が収容可能な駐車場。その中央ならば周囲に陰になるような建物などは存在しない。
ロイドの提案に賛同し、紬たち一行は機械兵を産みながら移動を始めた。
「相手の狙いが僕たちを討つことなら、エリアを封鎖している機械兵を、僕たちの警備や、彼らの追撃に回すのは?」
「ダメよ。私たちが包囲を解除することを引き出すのが、向こうの狙いだったらどうするの」
もう一つの可能性。ラクナたちを狙うふりして、エリアの包囲が甘くなった瞬間に、瞬間移動でエリア外に逃げる可能性。
そもそも紬が今回同じエリアで鉢合わせることができたのは、話を偶々盗み聞きして、那由多と聖也が同じ位置でスタートするであろうことを事前に予測することができていたからだ。
スタート直前に人気のないエリアに狙ったように出現した2つの点。それを那由多たちのものだと推理し、それが当たっただけのこと。
つまり、那由多を狙って倒すチャンスは、今後多く巡ってくるとは限らないのだ。
厄介なのは、聖也たちがこの狙いを、いつでも切り替えることができるということ。
ラクナ討伐が可能なら攻めてくるし、それが無理そうならエリア外への逃亡に狙いを切り替えればいい。
包囲を解く=逃亡のカードを聖也たちが切りやすくなってしまう。
那由多のライフを確実に奪いたい一行は、包囲を解くことはできない。
「念のため聞くが、僕が彼らを討ちに行くのはダメなのかい?」
「ダメ。あんたは私たちの護衛」
「しかし奴らは僕らを倒すような手段はないんだぞ。ならば機械兵たちと共に僕も攻撃に回る方がいいんじゃないか?」
「相手が瞬間移動を手に入れた今、空中戦のアドバンテージなんて無いに等しいでしょう。高所から叩き落されて死ぬわよあんた。それに――」
あんたは知らないかもしれないけど、ラクナを倒す手段ならあるのよ。向こうには。
心の中で紬は毒を吐く。
ロイドは聖也たちにラクナを倒す手段がないように思い込んでいるが、紬は聖也たちのデッキの中身を盗み聞きしている。
だから気が付いている。『道ずれ前提』でなら、ラクナも、周囲の機械兵ごと吹き飛ばす方法があることに。
【剣・巨人殺しの大剣】――聖也が持っている、辺りに大きなクレーターを作るほどの質量を持った大剣を、召喚者の頭上から召喚するカードだ。
唯一警戒しているのが、瞬間移動と巨人殺しの大剣の組み合わせだ。
聖也が瞬間移動でラクナの頭上にワープし、剣を召喚して、自分ごとラクナを倒すという極悪コンボ。
紬にとって聖也は、瞬間移動で自爆特攻を仕掛けてくる爆弾同然だ。
これを防ぐには瞬間移動の射程外で、瞬間移動、もしくは剣のどちらかを消費させなければいけない。
機動力が低く、個々の戦闘力に乏しい機械兵では、このカードを消費させるのは厳しいと判断していいだろう。
だから周囲に聖也たちが見えた瞬間、ロイドたちを当て馬にして、いずれかの切り札を消費させる。
「それに目の届かないところで、あんたが裏切ってとんずらこく可能性もあるからね」
「……OKプリンセス。信頼されてないなりに君を守るナイトになってやろうじゃないか」
紬が自分を信頼していないことに気が付いたロイドは、不満そうに眉をしかめながらも、紬を守るようヴォルバーンと共に少し前の方を歩き始めた。
(紬。当て馬に剣を消費させたとして、他に防ぐべき攻撃は?)
(他にはな……いや、那由多の契約戦士の必殺技と組み合わせたら――)
(もう一枚壁が必要ですね。目的地に着いたら準備をしましょうか)
機械兵の足音に紛れながら、ロイドに聞こえないくらいの声量で、紬とラクナが話し合う。
互いを信頼していない歪な関係のチームは、心の距離を広げながらスタジアムを後にしていった。




