孤独(ひとり)だ 【那由多視点】
「おい那由多! 気持ちは分かるが今だけはしゃんとしてくれよ!」
ヴォルバーンの爪やブレス。紬が放つ貫通力の高い矢の一閃。
敵の激しい攻撃を紙一重で防ぎながら、アーサーが叫ぶ。
何かしら奥の手を隠しているのか、はたまた4VS2からくる余裕からかわからないが、ラクナと呼ばれる紬の契約戦士は、背後で高みの見物をしている。
だが、アーサーは残り3人の攻撃から那由多を守るので手いっぱいだ。
「わか……ってる……!」
那由多がアーサーを援護しようと感電矢を構えたが、弓を引く手に上手く力が入らない。
――何やってるんだ私、今は……今は戦わなきゃ。
自分で自分を無理やり奮い立たせ、那由多が手に力を込めた時だった。
「あ……」
こらえていた涙がぼろぼろと溢れ出てきて、那由多の視界を滲ませた。
張りつめていた緊張の糸がプツンと切れて、走馬灯のように2か月前からの出来事――ゲームに巻き込まれてからの出来事が頭の中に浮かび上がってくる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おはよう那由多。今日から高校生だな!」
謎のスキャナーという機械が私宛に届いた翌日。
自分の部屋や家の間取りに違和感を覚えながらリビングに行くと、知らないおじさんがコーヒーを飲みながら話しかけてきた。
「もうお父さん、コーヒー飲んだら早く会社に行ってよね。このままだと遅刻するじゃない」
「そういうな母さん。娘の制服姿ぐらい見させてくれよ」
お母さんはこの知らないおじさんのことを『お父さん』と呼んでいて、そのおじさんは私のことを『娘』と呼んでいる。
「制服かけておいたからね」
そういってお母さんが示してきたのは、見たことのない高校の制服だった。
目の前で何が起こっているか――いや、自分の身に何が起こっているのか理解できないまま、私は制服に着替えて場所も知らない学校へ向かった。
スマートフォンで制服の高校を調べ、ウェブマップを頼りに学校へ向かっているときのことだった。
「何が起こっているのかわからないといった様子だな」
私のカバンの中から突然、知らない人の声が響いてくる。
驚きながらカバンを開けると、昨日届いたスキャナーが入っていた。
声の発生源はスキャナーの中に入っていた、【竜王騎士 ドラゴアーサー】というカードだった。
「俺はアーサー。お前が巻き込まれたゲームでの契約戦士、いわば相棒だ」
「……ゲーム? 契約戦士?」
「混乱している中すまねえが、次のゲームまで時間が無え。お前の身に起こっていることを説明しよう」
私は状況が理解できないまま、アーサーから謎のゲームのことや、お父さんが世界から消えてカードになったこと、今自分が生きているのはお父さんが存在しなかった世界だということ、そしてゲームで生き残らなければお父さんを復活させることができないことなどを聞かされた。
「……お父さんを蘇らせるために、一時的に人殺しになれってこと⁈」
「……まあ、そうなる」
「嫌よそんなの! 馬鹿げてる!」
「おい那由多! 話を聞けって!」
「こんなの悪い夢よ! 冗談でも不愉快だわ!」
何とか私に現状を受け入れさせようとするアーサーと、悪い夢だと信じて失わない私。
私がアーサーの言うことを信じようとしなかったからか、アーサーは私の説得を諦めてしばらく話しかけてこなくなった。
知らない世界に1人だけ取り残されたような孤独や不安を覚えながら、夢が覚めるように祈りながら過ごして数日経ったとき、私は初めてのゲームに巻き込まれた。
知らない街を恐る恐る歩いていた時の事だった。
「……那由多ちゃん? 理さんの娘さんの」
「お父さんの事知ってるの⁈」
知らない外国人男性から話しかけられたときは驚いたが、理というお父さんの名前を聞いたとき、私は警戒心を解いて傍へ駆け寄ってしまった。
そして互いの現状を話し合った。ロイドさんも自分の信頼していた技術者が突然消えて、会社がいきなり買収の危機にあっていることに、困惑した様子だった。
私はその時初めて、私の身に起こっていることが夢でないことや、私以外にも被害者がいるということを実感した。
「私のお父さん、今こんなのになっちゃったの。ねえロイドさん、お父さんを復活させるために協力しましょう? お互いお父さんが消えたことで困っているでしょ?」
「それは……お父さんのメモリーカードかい⁈」
「うん」
思えば、この時にメモリーカードを見せてしまったことが最大の失敗だった。
ロイドの額にメモリーカードを当てて、このカードがお父さんのものだということを証明した。
すると、何か考え事をする素振りをしてから、ロイドさんは頷いた。
「わかった……君と協力しよう」
「よかった、私不安だったの! 他の人と会っても、殺し合いになっちゃうんじゃないかって。勇気を出して話してよかった……!」
緊張から一気に解放されて、私は大きく安堵の息を吐いた。
「……そうだ! ねえ、他にも私たちみたいに困ってる人いるんじゃない⁉ 皆で協力し合って、誰かがこのおかしくなった世界を元に戻してくれれば――」
ロイドさんの協力を得られたことで思いついた名案。
それを口にしようとしたところで、突然の発砲音が響き渡り、私は仰向けに吹っ飛んで倒れこんだ。
「……え?」
途端に腹部に走る激痛。今まで感じたことのない激しい痛みに、私は声にならない声を上げながら悶え苦しんだ。
痛みをこらえながらロイドさんを見上げると、その手にはどこからともなく取り出したハンドガンが握られていた。
「……OK。その願いは私が叶えよう。だが……それまでの間、君のお父さんのカードは私に預からせてもらおうか」
「なん……で……」
倒れこむ私に、何発も何発も弾丸が撃ち込まれた。
私が光となって消えるまで銃弾は無慈悲に私に向かって放たれ続けた。
気が付いたときには現実世界に戻されていた。
「……目え覚めたかよ」
裏切られて呆然と座り込む私に、アーサーが憐れむような声で話しかけてきた。
目え覚めたか、というフレーズには私への心配以外にも、今まで言うことを信じなかった私への不満や、すんなり他のプレイヤーを信じようとした、侮蔑に近い感情が籠っていたように感じた。
体は元に戻っていたけど、銃弾が体を突き抜けていく感覚や、裏切られたショックを引きずったまま、私は暫く寝込んでしまった。
突然衰弱したように眠る私に、お母さん心配の声をかけてきた。
知らないおじさんも「悩みがあるなら家族に相談してほしい」と語りかけてきた。
スマホには私の知らない同年代の子から、私をいたわるメッセージがたくさん届いた。
何も知らないくせに。
お母さんは本当のお父さんのこと忘れてるくせに。
悩みがあるなら家族に相談してほしい? あんたは私のお父さんじゃないだろ。
私の知っている友達はみんな私のこと覚えていないのに、知らない子から友達のようにラインが来るのはなんでなの。
「お父さん……!」
なんでいなくなっちゃったの。どうしてカードになったまま何も言わないの。
布団の中でカードになったお父さんを、私は強く握りしめた。
涙を流しながらカードを額に当てた時、お父さんの記憶が私の中に流れ込んできた。
お父さんの記憶の中で、今の私に印象的に映ったのは、私が6歳の時の誕生日の事。
「お父さんは私に何になってほしい?」
同年代の子がケーキ屋さんだの、スーパーヒーローだの。好き好きに将来の夢を挙げる中、夢を見つけられない那由多は、お父さんにそんなことを聞いた。
「那由多が好きなものになったらいいんだよ」と困ったように笑いながらお父さんは答える。
「でも人生には大変なこともいっぱいあるから、那由多が思うようにいかないことがいっぱいあるかもしれない。だから敢えて言うなら、どんなときでも逆境に負けず、明るく元気で優しい人間になっ
てくれたら嬉しいな」
そういいながら、お父さんは私の頭を優しくなでてくれた。
そうだ、負けるな。
どんなときでも負けるな。
お母さんも、あの知らないおじさんも悪くない。
私のことを覚えていない友達も、今の友達も何も悪くない。
お父さんの願いを守るため、私は涙を拭って、今の世界に溶け込むよう努力した。
知らないおじさんを、この世界でのお父さんとして受け入れて、仲睦まじい家族であるよう努力した。
いつの間にか出来ていたこの世界の友達とも、サイコーの関係でいられるよう努力した。
どんなときでも逆境に負けない、明るく元気で優しい人間になる。
ときに無理やり笑いながら、お父さんの願いを支えに、私はこの世界で強く生きていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・
今感じているどんな理不尽も、どんな悲しみも。
戦いで生き残って世界を元に戻せば解決すると思っていた。
だから探した。自分の願いに共感してくれる仲間を。
だから、友達の女の子を助けるために命を懸ける、聖也を見つけた時は、心の底から嬉しかったのだ。誰かの為に戦えるプレイヤーを見たのは初めてだったから。
――私は、私は負けない。
那由多は感電矢を引く手に、頑張って力を籠めようとする。
――でも私が信じた聖也君は、私のことを信じてくれていなかった。
――この世界で頑張って作った友達は、私の願いが叶うのを望んではくれなかった。
私は、私は。
私は、私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は――—
「孤独だ……」
体に力が入らなくなり、那由多はその場に膝を折って座り込んでしまった。
こんなゲームで誰かを信頼するなんて無理だ。誰かのために戦う聖也ですらできなかったのに。
自分のために平気で襲い掛かってくるロイド。
今ある世界を守るために襲い掛かってくる友達。
自分の掲げた理想は、所詮理想でしかなかったわけだ。
逃げ続けて限界の体。そしてそれ以上にボロボロに傷ついてしまった心。
戦意を失うには十分すぎた。
「那由多‼」
那由多が動かなくなったのをチャンスと見たロイドが、ヴォルバーンと共に接近戦を仕掛けてきて、アーサーの動きを封じる。
そして無防備になった那由多に向かって、紬が弓を構えた。
「悪く思わないでよね」
紬の弓から矢が放たれた。空を裂きながら風切り音と共に、那由多に迫りくる矢の一閃。
――もうダメだ。心も体も。
全てを諦めて、那由多が目を瞑ろうとした時だった。
「っらあ‼」
逃げたはずの男の子――聖也が、目の前に迫りくる矢を、感電警棒を使って宙へはじき返した。