狂った友と見知った世界
「なんでこんなことになっちゃったんだろう?」
広場中心に設置された町の地図を見ながら、聖也は呟いた。
案内板の文字は、ゲーム中で使用されていた魔法文字で記載されていたが、違和感なく内容を読み取れた。まるで頭の中に自動翻訳ツールがあるかのようだ。
頬をつねったり叩いたり。古典的な方法で夢でないか確かめてみたが、痛覚はしっかりとあるし、夢から覚める気配もない。
「街にNPCでもいればいいんだけど……」
夢であれ何であれ、現状がわからなければどうしようもない。
取り敢えずぶらぶらと散策でもしてみようかな、と考えていた時だった。
「聖也……?」
背後から震えた声で名前を呼ばれ、聖也は振り返る。
「……え⁉ 松田⁈ 松田じゃん⁉」
見知った顔がそこにあり、思わず驚きの声を上げる。
2か月前突然不登校になった聖也の友達だった。
2か月も見ない間に松田の顔は酷くやつれていた。
元々細めの体つきではあったが、痩せこけって目元の下に大きなクマができた姿はまるで病人だ。
変わり果てた友人の姿に驚きながらも、聖也は松田の傍へ駆け寄った。
「突然学校来なくなるから皆心配してたぞ! いったいどうしたんだよ⁈」
「ああ……それは……」
「……あ、言いたくないなら無理に話さなくていいよ」
聖也の問いに、松田は言葉を濁して返答をためらった。
答えたくないことを無理に答えてもらうこともない。それに、聖也は聖也で知りたいことがある。
「知らない間にゲームの中の世界に来ちゃったみたいなんだけど、何もわからなくて困っているんだ。……あ、知ってる? 『サモナーズロード』っていうゲームなんだけど」
「『サモナーズロード』……? というか、聖也。もしかして今日が初参戦なのか……?」
「? 初参戦って?」
理解ができずに首をかしげる聖也を見て、「そうか……」と何か納得したように松田が呟くと、聖也から見えないよう、両手を自分の背中に隠して、何かゴソゴソと手を動かし始めた。
……いや、何その怪しい動き。
松田が何を考えているのかはわからない。
だけど怪しい動作や、まるで獲物を見つけた狩人のような視線。
聖也の直感が気をつけろと危険信号を発している。
「聖也、俺たち友達だよな……?」
「……うん、そのつもりだけど……」
「今日が初参戦ってことは、お前まだ『ライフ』3つあるよな?」
「……『ライフ』?」
「……そのようすだと大丈夫そうだな。何も知らないところ、ごめんなんだけど――」
なにがどう大丈夫なのか。聖也が口を開くより先に、松田が大きく腕を振り上げた。
「今日は俺の為に死んでくれ‼」
僕に向かって振り下ろされた一撃を、聖也は後ろに転ぶような形で避けた。
松田の手にはどこからか現れた、刃渡り15㎝ほどのサバイバルナイフが握られていた。
息遣い荒く、倒れこんだ僕へナイフを手に歩み寄ってくる友達。
ナイフの刀身がキラリと街灯の光を反射したとき、聖也は初めて自分が殺されかけたことを理解した。
「……ざ、ざっけんなお前⁈ いきなり何すんだ⁈」
立ち上がると同時、聖也は一目散にその場から逃げ出した。
すぐに逃げ出すと思っていなかったのか、反応が遅れた松田が、すぐさま後を追い回す。
「逃げるなーーーー‼ 殺されろーーーー‼ 友達だろーーーー‼ 今日が初めてのゲームなんだろーーーー⁉」
物騒な言葉を喚きながら追ってくる友を背に、「ゲーム……‼」と、聖也は自分の腕に装備したスキャナーを構えた。
「ゲームならログアウトすれば……!」
その考えはメニュー画面を目にしたとき打ち砕かれた。
ステータス、契約戦士、マップ、デッキ――といった様々なコマンドのうち、ログアウトのコマンドだけ灰色に色が変わっている。
押しても唯一反応がない。どうやら今はログアウトできないのか?
そんなことを考えながらも、松田と聖也の距離はみるみるうちに離れていった。2か月も見ないうちにやつれた影響か、松田の足はだいぶ遅い。二人の距離がみるみると離れていく。
自分を狙う松田の顔は、目が血走っていて、あからさまに正気じゃない。
このまま逃げ切ってもいいかもしれないが、ここがサモナーズロードの世界なら……
「迎え撃つ……!」
さっき松田は突然、サバイバルナイフをどこからか取り出した。
いや、取り出したんじゃない。呼び出したんだ。【召喚士】の力で。
松田の腕には、自分と同じスキャナーが装備されていた。
スキャナーはその名の通り、カードを読み取り、カードに記された武具、戦士、あらゆる超常現象を具現化する、いわゆる【召喚具】。
松田は恐らく、サバイバルナイフを自分に見えないように召喚したのだろう。
サモナーズロードはデッキのカードを駆使して相手プレイヤーを倒し、勝ち残りを目指すゲーム。
聖也の手にも『スキャナー』と『デッキ』は存在している。
つまり聖也も、召喚の力をゲームのように扱えるということだ。
「ちょうどサモナーズロードの戦いに飢えていた所だ」
松田の口ぶりから、向こうは今回が初めてのゲームじゃないらしい。
松田が何故襲ってくるのかはわからない。
だが、ここが『サモナーズロード』の世界なら当然だ。
バトロワゲーで敵を見つけたら殺す。当たり前のことじゃないか。
所詮夢、所詮ゲーム。
松田が襲ってくるのも、これが夢で、ゲームの世界だからだ。
夢であろうとサモナーズロードの戦いとあれば、元世界ランキング1位のプレイヤーとして、意地でも負けられない。
――ならじっくりと堪能させてもらおうじゃないか。
聖也は自分の中で反撃の意志を固めると、ショッピングモールの中に駆け込み、適当な物陰に隠れ込んだ。
迎え撃つには自分の持っている戦力――
「デッキと『契約戦士』を把握する必要がある……!」
策を立てるため聖也はスキャナーからカードを取り出し、辺りを警戒しながら、一枚一枚の効果を確認し始めた。