ストーキング。――からの拉致からの恋バナ
「来ちゃったよ、那由多さんの高校……」
JRで三駅ほど移動して、10分くらい歩いたところに、那由多の通う高校は存在していた。
住宅街が近く、県内でも有名な公立の進学校。どうやら那由多の成績はかなりいい方らしい。
チャイムが鳴って暫くすると、帰宅する生徒の姿が校門の前にちらほらと見え始めた。
もしも那由多が部活とかやっていた場合、姿が見えるまで持久戦だ。
だが、そんな心配は杞憂だったようだ。
那由多が数人の女子と一緒に校門前まで歩いてくる。
チャラい女子たちと、暫くの間楽し気に会話をした後、那由多がグループから一人手を振って別れた。
1人になった。イコール尾行のチャンス。
バレてしまったら最悪警察沙汰だ。学校や義姉にも迷惑をかけてしまうことになるだろう。
聖也は足音を消し、那由多の視界に入らないよう、一定の距離を保ちながら後を着ける。
――バレたら中学校生活の終わり。……最悪この先の人生も。
そんな緊張感を抱きながら、電柱の影から那由多の様子を伺っていたときだった。
「ミサキ~。ストーカー君捕まえたよー」
「よーしでかした」
突然後ろから腕を掴まれて振り返ると、先ほど別れたはずの女子高生たちが、聖也を睨みつけていた。
……どうして僕は、こうも悪い方向に展開が早いのだろうか。
「君さー、ちょっと前から校門の前でウロチョロしてたよね」
「んで、うちのナユに何の用? 返答によっちゃ殺すよ。社会的に」
女子高生の一人が、聖也の顔をパシャリとスマホで撮ると、「インスタ砲いつでも発射できるよー」と拡散の準備を始める。
「あの……これは、その……」
返答を間違えれば一生消えないデジタルタトゥーの出来上がり。
聖也が答えあぐねているところ、女子高生の一人が、じろりと聖也の顔を見渡すと、
「……あれ、この子ナユの彼ピじゃね?」
と呟いた。そしたら他の女子高生もスマホを取り出して、何やら調べものを始める。
「……ほんとだ。共有ラインの写真と一緒」
「ナユが出待ちしてた男の子ってこと?」
「ぽいね」
「「「まじか」」」
「どする?」
何やら三人でごにょごにょと話した後、リーダー格と思われるミサキと呼ばれていた女子高生が、聖也の肩をがっしり掴んできた。
「いやーめんごめんご。彼ピ君とは知らずにあらぬ疑いをかけてサーセンした。ところで彼ピ君。この後暇?」
「いや、その」
「ひ・ま・か?」
「……暇です」
YES以外の返答を許さない言葉の圧力に負け、流されるままに頷いてしまう。
「よし」と満足そうに聖也の肩を叩いてから、ミサキがにやりと笑った。
「友達の彼氏拉致って、何をしたいかわかるかい?」
「……いったい何をするつもりでしょうか」
そのあまりに邪悪な笑みに慄くと、ミサキがクワっと険しい顔になって叫んだ。
「恋バナに決まってんだろうがぁ‼」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「きっかけはゲームの配信ね」
「そこからSNS上で、個人でやり取りするうちにお互い惹かれあっていったと」
「リアルでいつか会おうと約束したら、那由多が我慢できずに会いに来たってわけね」
「「「「「「「攻めるね~」」」」」」」
拉致られて連れてこられたのは最寄りのジョイ〇ル。
純粋に興味があるのか、それともただ単に暇なのか。
ミサキたち以外にも、那由多の友達を名乗る女子生徒が集まり始め、かれこれ10名ほどの大所帯になった。ミサキが招集をかけたらしい。
ただの恋バナ目的に、これほどの人数を一瞬で集める、ミサキの人脈に驚くばかりだった。
「さあどうぞ」と、那由多との馴れ初めを語るように促すミサキの圧に負け、この場を誤魔化すために、聖也は適当なストーリーを即興で作って語りだした。
今まで見てきたあらゆる恋愛ドラマや、ネット小説のストーリーをフル活用して作った――聖也と那由多との馴れ初め話(捏造)に、取り敢えずはご満足頂けたようだ。(なお、アフターフォローは那由多にぶん投げるとする)
「ただ、那由多さんと僕じゃ年の差もあるし、リアルでの那由多さんのこともよく知らないから、このまま恋が始まっていいのかどうか悩んでしまって……」
「それで、今回ナユをストーキングしちゃったと」
「ストーキングというよりは、声をかけるタイミングを見失っちゃって……」
「ピュアだね~。私は年の差恋愛は悪くはないと思うぞ~」
作り話ついでに、ストーキング疑惑も誤魔化しておく。
(無事ピンチを乗り切れたようだな。流石聖也、頭も口もよく回る。)
と、スキャナーから聖也にしか聞こえない程度の音量で、語り掛けてくるリウラが心底うざかった。元々のピンチの元凶はお前である。
「あの……学校での那由多さんってどんな人何ですか?」
「んー、一言でいうとコミュ力お化け?」
ミサキの一言に、皆がうんうんと揃って頷く。
「人の良い所見つけるのうまいよね」
「那由多がいなかったら私たち友達じゃなかったし」
「本人は認めてないけど、クラスのまとめ役みたいな感じよね」
ミサキを中心としたチャラい3人組とは打って変わって、残りの7名ほどの女子高生は皆雰囲気がバラバラで統一性がなかった。
髪を短く切りそろえた、いかにも運動部といった風貌の女子がいたり、皆の様子を端から見て、クスクスと笑うお清楚な女子がいたり、周囲の目線を気にして、頬赤くして顔を伏せる大人しそうな女子がいたりと様々だ。
「こいつなんか那由多がいなきゃただの陰キャだったもんな」
「……ど~も~。元陰キャでーす」
陰キャと紹介された眼鏡女子の、自虐じみた自己紹介に周りがドッと笑う。
那由多経由で仲良くなったらしい統一性のないメンツは、それぞれ個性的なキャラ立ちをしているが、一様に仲は良さそうだ。
「何か……悩んだ様子とかないですか? 学校のことでも、家のことでも」
「悩むって言っても、顔もよくて成績もよくて人付き合いもよくて、那由多は皆が認めるような完璧リア充よ」
「家も別に普通よね。両親と会ったことあるけど、普通に円満な家庭だったし」
「貧乳以外に悩みとかなさそう」
話を聞く限り、日常生活に大きな不満もなさそうだ。貧乳以外。
「……でも、一人になるとさ、偶に思いつめた表情で遠くを見ていることがあるよ」
元陰キャと呼ばれた女子が、遠慮がちに話し始めた。
「あー確かに。それで悩みでもあるのか聞いてみると、何でもないって言って無理やり笑顔になるんだよな」
「うちらに言えない悩みってこと?」
「そうなんじゃね」
「友達じゃんうちら」
「ダチでも言えないことがあんだろ」
言えない悩みと言われて、聖也はサモナーズロードのことを想像する。
「……まあでも、彼ピ君が良い人そうで良かったわ」
「え?」
「ナユ、馬鹿みたいにいい奴だから、変な男に引っかかってないか不安だったんだよね、ウチら」
ミサキがお茶らけた態度から一変して、真剣な眼差しで聖也へ向かい直った。
「もしもナユがあんたのこと頼りにしてきたら、支えになってやんなよ。それはもしかしたらうちらにも相談できないような悩みだろうから。これ、うちらナユ友からの『お願い』な」
気が付けば、皆がそれぞれ真剣な面持ちで聖也のことを見つめていた。値踏みすると同時に、何かを託すような、そんな真剣な眼差しだった。
「……わかりました。那由多さんの力になります」
聖也が力強く返答すると、ミサキさんは満足そうに微笑んでから、
「ま、ぶっちゃけ今日は『お願い』1割、恋バナ9割の会だから! あとは下世話な話で盛り上がろーや!」
と真剣な空気を壊してドリンクを煽る。
――なんだかんだで那由多さんの友達っていい人ばっかなんだな。
その後は、初デートはどこだの、チューはいつするだの下世話な話で勝手に盛り上がっていた。
日が落ち始めたころ、聖也はようやく解放され家へと帰り始めた。
いつもと違う帰り道を、景色を見ながら歩いていく。
ストーカーがバレたときはどうなるかと思ったが、那由多の友達がいい人だということを知れたというのは収穫だ。ほんの少しだが、那由多という人間の理解に近づいた気がした。
夕暮れが沈みかけた河川敷。
夕焼けを川の水面が美しく反射している。ありふれた景色ではあるが、今の心が澄んでいるおかげか、聖也の目にはとりわけ美しく映った。
景色を楽しみながら歩いていた所――
「……? あれ、那由多さん?」
河川敷の橋の下。目立つ金髪の女子高生がいるかと思ったら那由多だった。
橋の下で陰に溶け込むように、膝を抱えて座り込んでいる。
気付かれないように近づいてみると、膝に埋めた頭から、すすり泣く声が漏れてきた。
―― 一人になるとさ、偶に思いつめた表情で遠くを見ていることがあるよ。
―― もしもナユがあんたのこと頼りにしてきたら、支えになってやんなよ。
ファミレスで交わした、那由多の友達との会話を思い出す。
皆いい人たちだった。
那由多さんはその人たちに信頼されている。
「……那由多さん」
それが分かったからこそ、那由多という人間を知るために、最後に那由多自身と向き合うべきなんだろう。
聖也が声をかけると、那由多ははっと顔を上げて、聖也の方へ向かい直る。
「……何?」
「教えてよ。那由多さんのこと」
目に浮かんだ涙をぬぐって、無理やり笑う那由多に、聖也も真っすぐと向かい合った。