守りの竜騎士とゲーム勝者の特権
「好きなもの選んでいいよー。ここは私がおごるから」
「……じゃあ、スパイシーチキンバーガーのポテトセットで」
「ドリンクは?」
「……メロンソーダ」
聖也は言われるままにログインして、指定された建物の前に向かった。
どうやら彼女の方が先に着いていたみたいで、聖也を見つけると「お茶でもしながら話しましょ」と地下1Fのフードコートへと案内された。
注文を聞くと、彼女は誰もいないハンバーガーショップのレジに向かって、
「スパイシーチキンバーガーセット1つとエッグチーズベーコンバーガーのセット1つずつ。サイドはどっちもポテトで、ドリンクはメロンソーダとコーラでよろしく」
と言って、スキャナーをレジに置いてあった機械にかざした。
何やら爽やかな電子音が鳴ったと同時に、レジの上に魔方陣が出現し、注文の品が出現する。
トレイを受け取って、聖也は少し飲み物を飲んでみた。
普通に美味しい……のだが、何故かお腹に溜まらない気がする。
「食べてもお腹は満たされないのよ、この世界の食事」
「……これ、どうやって買ったの? 電子マネー的な何か?」
「スキャナーの自分のプロフィール欄にSPってあるでしょ? あれ毎日少しずつ溜まっていって、この世界での買い物に使えるのよ」
スキャナーで確かめてみると、確かにSPという項目があった。
聖也のスキャナーにも3000ポイントぐらい溜まっている。どうやら彼女の方がこの世界について詳しそうだ。
彼女に適当な席を示されると、聖也たちは机を挟む形で座った。
「自己紹介が遅れてごめんね。私は大友 那由多。那由多でいいよ」
「えっと……那由多さん、僕に何の話が?」
「そうね、さっそく本題に入りましょうか」
那由多がドリンクを少し口にしてから、聖也へと向かい直った。
「結論から言おうかな。私たちを護衛して欲しい。」
「……護衛?」
首をかしげる僕に那由多さんが続けた。
「私はとあるプレイヤーに命を狙われている。そのプレイヤーから守ってほしいの。もちろんただでなんて言わない。あなたの契約戦士――リウラ召喚のサポートを私たちがしてあげる」
「知ってるの⁈ リウラのこと⁈」
「ええ、私じゃなくて、私の契約戦士がね」
那由多が微笑むと、その後ろに魔方陣が出現し、そこから1体の契約戦士が姿を現した。
「よおリウラ氏! 久しぶり!」
そんな軽口と共に現れたのは、2足歩行で歩く黄色の竜人。
大きさはおおよそ2.5mくらいか。
硬い黄色の鱗に身を包んでいて、上体は比較的小さく背中に小さな羽が生えていた。
地上での生活に特化しているのか、足はがっしりと大きくて、大きな尻尾が股下から延びていて地面に接している。
人の言葉を流暢に話せるのは声帯が発達しているからだろうか。おどけた口調で身振り手振りに話しかけてくる様は『ドラゴンの姿をした人間』と言ってもいい。
「『竜王騎士 ドラゴアーサー』⁉」
ゲームでよく使っていたキャラクターが出現し、聖也は目を丸くしてしまう。
「あら聖也くん、俺のこと知ってる系男子? 初対面だけど」
「あー、いや。ちょっとこっちの事情で。それよりリウラのこと知ってるの?」
「そりゃあもう、マブなダチよ。なあリウラ氏~」
アーサーが聖也のスキャナーに向かって話しかけると、リウラが少し申し訳なさそうに返した。
「……今の俺は記憶喪失でな。すまない。すぐに思い出せるよう尽力する」
「アーサーとリウラは友達だったの?」
「ああ。何度か一緒に飯を食った」
いうほど仲良くはなさそうだ。
「はいはい、そういう話はいったん後にして」
那由多がパンパンと手を叩いて場を治める。
「ああ、そういえば協力がどうのこうの」
「ええ。この前の戦い見てたけど……聖也君まともなデッキ持ってないでしょ?」
「ぐぅ……」
いきなり弱い所を突かれて、聖也が低く唸る。結以外のプレイヤーに、自分のデッキ事情がバレている状況は非常にまずい。
「アーサーのスキルは誰かを護ることに特化しているの。リウラ召喚までのカウントを稼ぎたい君と相性抜群。ただ、アーサーは守りに特化している分攻撃が苦手でね、私も強い攻撃用のカードを持ってない。だから私たちのチームに足りない火力を、君たちに補ってほしいのよ」
「……なるほど、そういうことか」
聖也はゲームの『竜王騎士 ドラゴアーサー』の能力を思い出す。
アーサーのカウントは5。早い段階で召喚することが可能な契約戦士。
ウィンガルのような索敵・機動力にステータスを寄せた暗殺者型の契約戦士と違い、アーサーは誰かを護ることが得意な『支援盾』型の契約戦士だ。
何処からともなく召喚することのできる大きな盾で敵の攻撃を弾いたり、体から発する蒼い炎を操り、味方にシールドを付与したりすることができる、ゲーム中最強クラスの防御力を持つキャラクターだった。
ただ一方で、相手を倒す火力は持ち合わせておらず、他の攻撃力の高い仲間を護ったり、メインデッキのカードを攻撃カードに寄せたりなどして、火力を補うことが必須だった。
「私たちはあなたたちをリウラ召喚まで守ってあげる。リウラ召喚の後は、その圧倒的な力で私たちを守ってほしい。どう? WINWINな関係だと思わない?」
なるほど、確かに理にかなった作戦だし、自分たちにも相手方にも双方にメリットのある作戦だ。
だが、その作戦を提案するにあたって、大きな問題がひとつあった。
(この人たち……今リウラが首だけってことを知らない……‼)
この前の戦いを見ていたとは言ったものの、逆を言えばこの前の戦いしか見ていないということだ。
あれからリウラが再び体を失って、お荷物になり下がったことをご存じではないらしい。
――だけど、それをわざわざこっちから話すか? ただ協力を持ち掛けてきただけの、見知らぬプレイヤーに?
WINWINなんて言っている以上、この同盟はどう考えてもビジネスライク。
聖也たちが使えないと判断されれば、守ってくれるわけはない。むしろ弱点を知って襲ってくる可能性さえある。
「……取り敢えず保留ってことでいいかな? ぶっちゃけ他のプレイヤーのこと信用してない」
魅力的な誘いではあったが、ここは断っておくのが無難。わざわざ自分の弱点を晒す必要もなし。
そう判断した聖也は、『保留』という形でこの場を乗り切ろうとした。あんまり強く否定すると、リウラが戦える状態でないことを勘繰られる可能性がある為だ。
「ええ⁈ 聖也君にとっても良い話だと思ったのに……」
「いや、俺はこれくらい警戒心の高い奴の方が好きだね。美味しい話にすぐ飛びつこうなんざ奴は、よっぽどの間抜けか、間抜けの振りした詐欺師かに決まってる」
那由多は目に見えてがっかりした様子だが、どうやらアーサーの方は聖也のことを気に入ったらしく、値踏みをするように聖也を見つめながら、ほのかに笑っている
「……でも『保留』ってことは、NOじゃないってことよね?」
那由多が明らかに気落ちしながらも、最後にすがるような声で、聖也を上目遣いで見つめてきた。
「……取り敢えず」
「うん。今はそれでいいわ、信頼は築いていけばいい」
那由多は是が非でも、聖也たちと組みたそうな雰囲気だ。
強ければ誰でも良いというわけではないのかな?
疑問に思った聖也が、那由多に質問する。
「あの、なんで僕とのタッグにこだわるの? リウラは強いけど、僕のデッキはカスだし、総合的な強さでいったら、僕と戦ってた奴なんかでも悪くないんじゃ」
「いいわけないでしょ。論外よあいつなんか」
その質問を那由多がバッサリ切る。
「あいつ戦場じゃ有名な『カード狩り』よ。人が消えるゲームで積極的にキルに動いて強いカード集めて回ってる。聖也君、あなた自分が突然ナイフを手にしたとして、人を殺して回ることができる?」
「流石にそれは……」
「でしょ。襲われて抵抗するならわからなくもないけど、自ら誰かを殺そうとする奴なんか信頼できるわけがない。君は女の子を護るために動いてた。だから私は君と組みたい。ゲームの勝者の特権もあるしね」
「……え、ちょっと待って⁈ 『ゲームの勝者の特権』?」
聞きなれない、それも重要そうなワードに聖也は喰いついた。
「知らないの? アーサーは、ルールや敗者の扱い、勝者の報酬とかゲームに関することは、ゲーム開始時に頭にインプットされてたって言っていたけど」
「いや、リウラはルールと、負けたらどうなるかぐらいしか知らないって……」
「記憶を失ったことと何か影響があるのかもな。いろいろ不都合ね聖也君」
アーサーが同情したように、聖也の肩を叩く。
「聖也君……人でもなんでも、『世界から何かが消える』経験をしたことはある?」
「――ある」
聖也にとっては、松田や『サモナーズロード』というゲーム自体がそうだ。
「人でも、物でも。存在そのものをコントロールする力。言い換えれば――『世界を自在に変える力』。それがこのゲームの王様に与えられる特権よ」
「……世界を自在に変える力⁈」
「そう。だから下手な人とは組めない。私もアーサーも、その力で叶えたい願いがある」
突然知らされた勝者への特権。そして那由多とアーサーの叶えたい願い。
「……考える時間が欲しい」
勝者への特権を知って、自分が何をすればいいのか。
那由多とアーサーの願いとは何か。
そもそも、この話自体を信じていいのかどうか。
那由多との同盟関係一つにしても、考えなきゃいけないことが多すぎる。
那由多を信頼するかどうかはさておき、自分が知り得ていない情報を持っていることは事実である。
同盟を組むかどうかはともかく、この情報網を手放すわけにはいかない。
結局その日は『保留』という形で話し合いを中断して、現実世界に戻ることとなった。
現実世界に戻ると、辺りはすっかり暗くなっていた。デスゲーム中以外は時間が通常通り進む。どうやら2時間くらいはログインしていたみたいだ。
今後の連絡の為、聖也たちはお互いのラインIDを交換して、家へと帰るのであった。