出待ちのJKはプレイヤー
「……それで結局、まともなカードは見つからなかったのね」
「手札が増えた分ましかもしれないけど、もっと使えそうなカードが欲しかった……」
フィールドの捜索をした次の日に、聖也と結は校舎の屋上で、お弁当を食べながら互いの状況を報告しあった。
屋上は人がほとんど来ないスポットの為、こういった話をするのにはもってこいだ。
人がいないということで、リウラも実体化して聖也たちの会話に参加している。
「次のゲームまでに戦力を整えたかったんだけど……」
聖也がカバンからスキャナーを取り出して、カウントダウンを確認する。
―― Next Game Count Down ------33:26:53.76 ――
次のゲームの開幕まであと2日を切った。
このままいけば明後日の夜9時ちょうどにゲーム開始だ。
カードは他のプレイヤーにもう拾いつくされたみたいなので、デッキのカードを強くする方向での戦力の増強は難しいだろう。
あと生き残るために何かできるとすれば――
「リウラの復活条件が明らかになれば……」
聖也はリウラの契約戦士カードを手に取り、まじまじと見つめた。
リウラのカードは顔以外が深い靄がかかって、全体が見えなくなっている。
今はまた首だけしか召喚できない状態だ。
「なあリウラ。体を取り戻した時、何でもいいから気が付いたこととかない?」
「……正直な話、俺も何故体が戻ったのかさっぱりなのだ」
リウラが申し訳なさそうに返事をした。
「……聖也には以前話したのだが、ほんの少しだけ、昔のことを思い出した」
「昔のこと?」
結が首をかしげる。
「ああ、その記憶が本当に俺のものかどうかは自信がないのだが」
リウラが言うには、リウラが見た光景は、『誰かからみた』リウラの姿だった。
『俺は大切な者たちとは、一分一秒でも同じ時を過ごしていたい』
そういって、悲しい目で物思いにふけるリウラ自身の姿。
「リウラの記憶を取り戻すことが、リウラが体を取り戻す方法なのかな?」
「今のところその可能性は高そうだね。……結、そこでなんだけど」
「何?」
「結の契約戦士、リウラについて何か知っていないかな?」
リウラは前に言っていた。このゲームは聖也たちの世界の者と、リウラたちの世界の者がタッグを組み、生き残りを賭けて戦うデスゲームだと。
つまり、リウラたちの世界の者――つまり契約戦士たちはリウラのことについて何か知っている可能性がある。
リウラが思い出した記憶も、第三者のリウラの記憶である可能性が高い。あのとき一番傍にいた結の契約戦士が何か秘密を握っていることが考えられる。
「……ごめんなさい」
結が聖也たちに、申し訳なさそうに首を振った。
「今、私の契約戦士ね……眠っているの。召喚することができない」
「……はい?」
結の返答に、聖也が思わず間抜けな声を漏らした。
「たしか2週間くらい前だったと思う。聖也が初めてゲームに参加した日の後、『暫く眠る』っていって、それっきり召喚したり、会話をしたりすることもできないの」
「ええ⁈ それってかなりまずいんじゃ……」
つまり、結は他のプレイヤーが強力な契約戦士を召喚している一方で、生身一つで戦わないといけないということだ。
まずいどころの話じゃない。将棋で言うなら飛車角落ちか、それ以上のハンデだろう。
「でも私の契約戦士が最後に言ってた。『私のことはリウラには絶対話すな』って」
「……どういうこと?」
「……私にもわからない。だから力になれない。ごめんね」
結がしゅんと悲しげな顔で項垂れた。
聖也とリウラは怪訝な顔で視線を合わせる。結の契約戦士が何かを知っているのには違いない。
だが、何か知られてまずいことでもあるのだろうか。
「結よ、そう気にするな。俺もゆっくり思い出していくことにしよう」
「……できるだけ早く思い出してくれないと、僕は困るんだけど」
結を気遣っての言葉だろうが、当の首だけの本人がどこか悠長だから、聖也としてはたまったもんじゃない。頼むからちょっとは焦ってくれ、と言わんばかりにリウラを見つめる。
「他のプレイヤーに話を聞いて回るとか?」
「……出会った瞬間殺されるのがオチじゃない? 流石にそれは……」
まともに戦えない状況で他のプレイヤーに接触=死だ。
可能な限り接触はさけたいところなのだが――
「他のプレイヤーか……」
今のところ他に方法がないのも事実。
結のほかに話を聞ける人がいればいいんだけど。なんて考えていた所で、昼休み終了のチャイムが鳴って、聖也たちは屋上を後にした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
放課後、聖也は日直の仕事を終わらせて、夕暮れに染まった教室を後にした。
「……なんだあの人だまり」
校門前に出ていくと、クラスの男子が校門の影に団子になって、何やら見つめている。
「おい聖也! お前、なんだよあの美人⁈」
「……え?」
男子の一人がいきなり肩を掴んできた。そして言われるがまま、皆の視線の先を見てみる。
視線の先にいたのは一人の女子高生だ。あの制服は確か地元で人気の難関公立高校のものだったか。
まず目についたのは美しい金髪だ。リウラのものと比べて、透き通った色合いの淡い金髪。
ツインテールの奥に見える端正な横顔。誰かを待っているのか、遠くを見つめる蒼い瞳は夕暮れの空に溶け込む宝石のように美しかった。
身長は聖也と同じくらいか。短めのスカートから見える足はモデルのようにスラっとしている。
街を歩けば誰もが振り返るような金髪美女。スマホをいじりながら電柱に寄り掛かる彼女を、この男子どもは陰から見つめていたというわけだ。
「へー、すごい美人さん」
「だろ!」
その金髪美女は先ほどからスマホをいじりながら、定期的にきょろきょろとあたりを見回している。誰か探しているようだ。
「あの様子、誰か探してるんじゃないの?」
「「「「「お前だよ‼」」」」」
「……はあ⁈ 何で僕⁈」
男子全員に一斉に指を刺され、聖也が思わず大きな声を上げる。
するとその声に気が付いたのか、金髪美女が聖也に顔を向けた。
一瞬目が合い、にこっと笑ってから僕の方へと駆け寄ってくる。
「君、成神聖也君よね? 元プロゲーマーの」
「え、はい」
どうやら向こうは自分のことを知っているらしい。元々プロゲーマーとして活動はしていたから、インターネットを探せば聖也の顔写真なんかはすぐ出てくる。
だが、引退したゲーマーにいったい何の用だろうか。
「ちょっと二人で話できる?」
「話って、何を……?」
「皆の前じゃできない話」
いきなり両手で右手を握られて、聖也はドギマギしながら固まってしまった。
何も言わない聖也の様子を肯定の意でとらえたのか、その手を引いて校舎の外へと歩き始める。
「彼女か……? あれは……⁈」
「とんだプレイボーイだ。結ちゃんもいるくせに……‼」
「いつのまにたぶらかしやがったあんな年上美人……‼」
後ろから投げられる憎悪の視線が痛い。
彼女じゃないし。誰だよたぶらかしたとか言ってるやつ。僕も知らんよこんな人。
とりあえず、目の前の美女はいったい何の用で会いに来たのだろうか。
「……あの、何の用ですか?」
校舎からだいぶ離れて、適当な路地裏に連れ込まれた。
人気のいない路地裏への連れ込み。目の前の相手が不良だったら、間違いなくカツアゲされているようなシチュエーションだ。
「突然ごめんね、こんな話皆の前じゃしにくくて」
そういって目の前の女子高生は、自分のカバンをゴソゴソとあさり始めた。
人生で何回かこういうシチュエーションは出会ったことはある。
……まさか、ラブレター? 知らない年上の高校生から?
聖也自身も自覚はあるのだが、聖也は結構モテるほうだ。
聖也の顔はどちらかというと母親似で、中性的なルックスの顔は、周囲の男子と混ざると良い意味で浮いて見えるらしい。
母も相当な美人だったので、その血を濃く継いだ聖也は、知らない他校の生徒から告白されることはよくあった。
ただ、つい最近まで自分自身にあまり興味がなかったからか、こういった告白の類は全部断っていた。自分に価値を感じていなかった聖也は、他の人間と深い関係になることを拒んでいたのだ。
「早速この後デートしたいんだけど、時間大丈夫?」
……ほらね。やっぱりそういう系か。
なんて言って断ろうかなあ。普通にごめんなさいって言って頭下げれば引いてくれるかな。
などという、甘い妄想は彼女がカバンから取り出したものに、儚く打ち砕かれることになる。
「待ち合わせ場所は、広場近くのショッピングモールでどう? 君がこの前戦っていた場所」
「……⁉ 君は、プレイヤー⁉」
彼女がカバンから取り出したのは、恋文ではなく招待状。
ゲームの参加者が必ず持っている――サモナーズロードのスキャナーだった。