最強の必殺技
ディードの戦いを援護しようと銃を構える少年――その背中に向かって、聖也は勢いよく駆けだして、無防備な背中にタックルをかました。
「「――っ⁉」」
誰もが、リウラでさえも戦えない聖也が逃げたと考えていた。
聖也の存在は誰の意識上にも存在していない。
――だからこそ、この背面強襲は刺さる!
不意の一撃で、少年は銃を落としながら、うつ伏せになって倒れこむ。
少年が立ち上がるより先に、聖也は少年の上半身に、体全体を交差させるような形で覆いかぶさり、体全体を使って動きを封じた。
「いくら強いカードを持っていても、使えなければ僕と同じだ‼」
「てめえ……逃げたはずじゃ⁈」
「ひふぼりうあ‼(行くぞリウラ‼)」
「うむ‼」
あらかじめ片方の手に握りしめていた一枚のカードを口にくわえて、聖也は口でカードをスキャンする。
「死なない程度にぶっ飛ばせ‼」
リウラは力を振り絞って、ディードを足で大きく突き飛ばし、大きく腰を落として薙刀を居合抜きのような体制で構えた。
『――必殺技』
契約戦士のスキルは基本スキルが3つと、必殺技スキルの計4つで構成される。
基本スキルは契約戦士が任意で発動できるが、必殺技は、対応の『必殺技カード』をスキャンすることで初めて発動可能になる。
スキャナーからアナウンスが流れ、聖也の心臓が大きく脈打つとともに、膨大なエネルギーが、聖也からリウラに向かって流れ始めた。
自分の体から溢れてくるエネルギーが何かは分からない。
だが、リウラに集まるエネルギーが生み出す大きな空気の揺れが、リウラが繰り出そうとしている必殺技の威力を予感させる。
「――『標的指定』」
リウラが何かつぶやくと、ディードと、少年と、聖也の体が薄い光に包まれた。
……………今、『ターゲット』って言ったよね?
「おい待てリウラ⁉ それ僕も狙っていないか⁈」
「静かにしてくれ。狙いがそれる」
「だから僕も狙いに入ってないかって聞いてるんだよ⁉」
リウラは慌てる聖也を無視して、精神を研ぎ澄ますようにゆっくりと目を閉じる。
リウラの全身に溜まっていたエネルギーが、急速に薙刀の刃に向かって集まり始めた
――全身の力を刃に集中させ放つ、回避・防御不能の必殺の斬撃。
リウラの必殺技に関するスキャナーの説明はこんな感じだった。
聖也にわかるのは、これが強力な攻撃技というニュアンスだけだ。
――こうなったらリウラを信じるしかない!
聖也は腹をくくり、大技に備えて目を力強く瞑る。
「【深海への捕縛錨】!」
リウラの必殺技を阻止しようと、ディードが起き上がり次第攻撃を仕掛けてくるが——
「もう遅い」
刃にエネルギーを溜め終わったリウラが、体全体を使って、豪快に薙刀を振り払う。
「【ゼロフレーム】」
神速の一太刀が放たれたその瞬間。リウラに向かって放たれた攻撃が、壁が、天井が、床が――リウラがマークを付けたもの以外のすべてが。同時に発生した無数の斬撃によって深く切り刻まれた。
【ゼロフレーム】―― 一定の空間内に存在する、狙ったもの以外の全てを、如何なる装甲や防御魔法を無視して切り刻む、視認不能の必殺技。
「グアアァア‼」
唯一マーキングされていなかったディードの腕が切り刻まれ、虹色の光となって消滅していく。
傷口を押さえ項垂れるディードに、リウラが薙刀を突き付けた。
「腕一本は主の腕の借りと、授業料だ。結も聖也も二度と狙うな」
建物全体が切り刻まれたことで、ショッピングモールの崩壊が始まる。
「ログアウト‼」
聖也はすぐさまログアウトのボタンを押して、現実世界に帰還した。
必殺技の発動前にノルマ自体は達成していた。最初の戦闘でリウラに相手を殺す気がないことは分かっていた。今後の牽制も考えて必殺技を発動したのはいいが――
まさかあんなに強いなんて。
「帰ってこれた……」
見慣れた天井、デスクトップPCやゲームソフトの置かれた、学習机も兼ねたゲーミングデスク。
聖也は自分の部屋に帰ってこれたことを実感する。
消滅された片腕は元通りになっていた。その場で握ったり開いたりを繰り返し、問題なく動作することを確認した。
「もう……今日は動け……な……」
そして意識をもうろうとさせ、ベッドに掛布団の上から倒れこんだ。
あれだけいろんなことがあったのに、何の夢も見なかったぐらいには深い眠りに入っていた。