何もできないからできること
「聖也!」
上の階から逃げてきた聖也へ、結が駆け寄ってくる。
「結⁈ 逃げてなかったの⁈」
「ごめん! だけど聖也の契約戦士が突然……!」
「……いや、おそらくここにいるのがベストか。むしろナイス判断」
結の様子から察するに、リウラが突然体を取り戻したのだろう。
リウラが敵を抑えられる状況なら、カードも使えない状態で見晴らしのいい建物の外を逃げて、他プレイヤーと接触するリスクを背負うよりは、建物内の安全な場所で隠れているのが最良だ。
「ログアウトのノルマは……」
ログアウトのライフノルマが『0』になっている。
それを見て二人はひとまず安堵の息を吐いた。結はこれでログアウトできる。
このまま聖也もログアウトすることもできるのだが――
「結、先にログアウトしてて。僕にはまだやることがある」
聖也は戦いの音が聞こえてくる、上の階層へと続く階段へと目を向けた。
――リウラは言っていた。あいつらを懲らしめてくるって。
あいつは結のカードを狙って今後も襲ってくる可能性がある。
あいつらに僕たちを狙うリスクを負わせなきゃ、今後結は消えてしまうだろう。
だったら教えてやる必要がある。僕たちは狩られるだけの獲物じゃないってことを。
ライフを奪わない――死なない程度にぶっ飛ばす。
「待って!」
来た道を戻ろうとする聖也を、結が後ろから引き留めた。
「まともなカードもないんでしょ! 片腕だってないんだよ! 行ってもできることなんて……」
「うん、何もできない」
「なら!」
「……だからこそ、出来ることがある」
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【生命強奪】――左手で対象の部位に触れると、触れた者の生命エネルギーを吸収し、生命エネルギーを吸いつくした部位を消滅させるディードのスキル。
相手のデバフと、吸収したエネルギーによる自己強化を同時に行える強力な技だ。
ディードは既にリウラに触れている。
その分ディードの能力は強化されている。
リウラはステータスが半分以上も下がっている。
なのに、なのにだ。
「クソッたれ……!」
リウラの速度が下がらない。攻撃力が下がらない。
【生命強奪】は機能している。ダウンの効果も発動している。
なら考えられることは――
「手ヲ抜イテタナ……貴様!」
「俺の主は、誰の命でも大切にするからな」
正直な話、敵が無警戒の所に詰め寄り、一瞬で命を絶つことはリウラにとって容易かった。その選択を取らなかったのは、聖也の性格を考慮してのことだった。
要は、リウラは力の半分も出していなかったのだ。
スピードが落ちたように見えたのは、自分に注意を引き付けるためのブラフ。
嵌められたことに憤慨したディードが、鎖で繋がれたカンテラを鉄球のように振り回して、リウラに襲い掛かる。
「このままログアウトまでダンスと行こうじゃないか」
新たに召喚したライフルで少年がディードを援護する。カンテラとビームライフルによる攻撃を余裕の表情で躱しながら、リウラは所々でカウンターの一撃をディードに叩きこんでいた。
(……そうは言ったものの、状況は芳しくないな)
余裕の表情とは裏腹に、リウラは少し焦っていた。
度重なるデバフで自分の攻撃の威力はかなり下がっている。ステータス半分まではよかったが、予想外なのは【生命強奪】による敵の強化幅。
リウラの生命力を吸収したディードの攻撃力、防御力、スピード。その全てが3段階ほど上昇したのだ。
(流石は俺。流石は俺の生命力!)
リウラの思考がネガティブになることはないが、状況が悪化したことには変わりない。
軽口と表情で舐めプを装っているものの、スキルなしの攻撃力は今が限界。
スピードが下がった影響で、【見えざる手】で少年の武器を奪う余裕もない。
復活が完全でないからか、第3のスキルが思い出せない。
やられはしないが、勝ち切るには手札が足りない状況だ。
(今後聖也たちを狙わせないためにも、殺さない程度に痛い目に会わせておきたいところだが――)
ログアウトまで時間を稼ぐのがリウラの最低目標。
そして出来れば二人を倒し、自分たちがただ狩られる立場じゃないということを、心に刻み付けておきたかった。
(必殺技さえ使えれば――)
この場を打開できる大技はあるにはある。だが、その技を発動するには少しのタメと、聖也の協力が必要だった。
相手がまだ自分が本気を出していないと、思い込んでいることで生まれている均衡だ。
今の下がりきった身体能力では、少年のビームライフルですらダメージになり得る。
下手な隙は晒せない。
今の状態が限界だとバレてしまえば、警戒を解いたディードたちが多少の無理をしてでもリウラを仕留めにかかってくるだろう。
【次元跳躍】で逃げるのは容易いが、聖也や結の今後を考えれば、それは最後の手段。
(せめてどちらか、片方の動きだけでも封じられたら――)
そんな考えが過った時、リウラは少し目を丸くしてから、「ふ……」と息を漏らして笑った。
「何ガ可笑シイ……?」
「いや、可笑しいも何も、再認識させられただけだ」
攻撃を薙刀でさばきながら、リウラは嬉しそうに声を上げる。
「俺の主は、最高に最高だということをな‼」
リウラの歓声とほぼ同時。
少年、ディード。その両方の不意を突いて――聖也の体当たりが少年の背後に炸裂した。