最強の躍動
「【深海への捕縛錨】!」
戦いの火ぶたを切ったのは少年たちだった。
ディードの足元の地面が液状に波打ち、そこから無数の錨が放たれ、リウラに向かって襲い掛かってきた。
「リウラ!」
敵が契約戦士の攻撃スキルを使用してきた。壁や天井を抉りながら、四方を覆いつくすように黒いオーラを纏った錨が迫ってくる。
壁や天井を、柔らかい土でも掘るかのように迫りくる複数の錨。人間が当たれば致命傷、契約戦士が喰らっても大きなダメージになりそうに攻撃だ。
だが――
「……」
辺りを粉々にしながら襲い来る錨を、リウラは羽虫でも払うかの如く、片腕で砕きながら少年たちに接近していく。
「なっ⁈」
攻撃スキルをあっさりと弾かれて動揺している少年たちに、リウラが瞬間移動で距離を詰める。
【次元跳躍】――前は発動できなかった、リウラの戦闘スキルの一つだ。
「――っ!!」
ディードの頭部に、光の速さで繰り出された回し蹴りが炸裂する。
ディードの体が宙を舞い、体が壁に叩きつけられる前に、リウラが吹っ飛び先へ【次元跳躍】で先回りする。
蹴られて、吹っ飛び先でまた蹴られて、まるでピンボールのように足蹴にされるディードを、聖也も少年も愕然として眺めていた。
――こんなに圧倒的だなんて!
聖也が知っていたサモナーズロードでは、契約戦士は人間より強い肉体を持っていたが、肉弾戦でここまでダメージを与えられる戦士は存在しなかった。ゲームにおける主な火力源は契約戦士の持つスキルによる攻撃のはずだった。
肉弾戦は、ディードが発動した【深海への捕縛錨】のような強い攻撃スキルを当てるための立ち回りで行うものであり、それだけで相手を追い詰めるようなことは少ない。
しかしリウラは、自前の肉体性能だけで敵の契約戦士の攻撃を砕き、火力で圧倒している。
「クソ!」
少年がライフルでリウラを狙うと、リウラは右手の人差し指と中指を揃えて、クイッと何かを引っ張るようにその場で腕を大きく引いた。
「【見えざる手】」
「――⁈」
リウラのモーションと同時、少年のライフルがリウラに向かって勢いよく引き寄せられる。
リウラはライフルをキャッチすると、そのまま粉々に握りつぶしてしまった。
そしてそのまま、ディードとの一方的な肉弾戦を再開する。
聖也はスキャナーをタッチして、リウラのスキル情報を確認する。
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【次元跳躍】……足に溜めているエネルギーを消費して一定距離感を瞬間移動する。3連続で使用可能。30秒ごとに3回分のエネルギーが溜まる
【見えざる手】……右手から発する念力で選んだ対象を手元に引き寄せる。
【???】…… ????????????????
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まだ解放されていないスキルがあるが、リウラの基本スキルは恐らく、全部補助的なスキル。
機動力と引き寄せで自分の間合いを保ちながら、圧倒的肉体性能で敵を葬る、近距離特化型。
今の状況はポ〇モンで言えばレベル10とレベル100のキャラクターを戦わせているようなものだ。リウラがディードを倒すのに特別な技はいらない。『たいあたり』一つで十分だ。
距離が離れれば【次元跳躍】。【次元跳躍】のチャージ中、またはワープで距離を詰めるほどでもなければ【見えざる手】による引き寄せ。
どんな状況でも、自分の圧倒的な肉体性能、自分の得意な戦闘距離を強制させる2つのスキル。
「これが、リウラが最強の理由……」
データ上でリウラが強いことは知っていたつもりだった。
だけどこうやって目の当たりにすると、その想像がはるかに浅かったことをわからされる。
ディードも上手く攻撃をさばき始めたが、全てをさばき切れてはいない上に、ガードの上からでもダメージを喰らっている。
戦いになっていない。リウラの優勢は揺るがない。
「なんでもいい! そいつを掴め!」
少年が何かのカードをスキャンすると、ディードが覚悟を決めたかのように、姿勢を低くし、リウラの攻撃に備える。
繰り出されるリウラの拳を、ディードはダメージを覚悟で受け止める。ディードのマスクから唾のようにオーラが漏れた。
「【生命強奪】……‼」
「――!」
ディードが宙に浮かんだ手でリウラの腕を掴むと、なにやら力が抜けたかのように、リウラがその場で膝を折った。
その隙に少年の手から、複数の光の玉が放射され、リウラに向かって飛来する。
「【ダウン】!」
リウラはディードの手を振り払い、バックステップで距離を取ろうとするが、玉の一つに当たってしまう。
力の抜ける効果音と共に、リウラの体に黒いオーラがまとわりつく。
下がるリウラの下へ、聖也が駈け寄った。
「リウラ! 【ダウン】は命中した相手のステータスを半分にする魔法だ!」
「2倍頑張れということか」
「当たるなって言ってんだよ‼」
「ならん。お前が狙われては困る」
リウラが小声で呟くと、聖也ははハッと息をのんだ。
そもそも【次元跳躍】を使えば簡単に避けれた攻撃だ。まさかわざと喰らったのか?
相手は圧倒的な強さのリウラを抑え込もうとしているが、そんなことをしなくても、リウラを倒す方法はある。リウラを無視して聖也を狙えばいい。
敵の手札が全て公開されたわけじゃない。
【ダウン】以外の切り札を隠し持っている可能性もある。
いくらリウラといえども奥の手を警戒して、聖也を守るために、今より守備的に動かなければならないし、うまく不意を突いて聖也を倒せればその時点でゲームセットだ。
「あいつらが俺に対処しているうちに、結を連れて離れてくれ。――俺はあいつらを懲らしめてくる。」
今の状況は明確な敵のミス。
ステータス半減という餌を纏いながら、リウラが再び敵に接近する。
「よし、目に見えて遅くなっている!」
少年が喜んだのも束の間のこと。少年の注意がそっちに向いているうちに、聖也はリウラと反対側へとダッシュした。
「――しまっ」
勝ち筋を一つ失ったことに気が付いた少年が慌てるが、リウラがディードに襲い掛かり、息をつく暇も与えない。
「ステータス半分、2VS1。ハンデはこれくらいで十分か?」
リウラが光の薙刀を振るいながら続ける。
「まだこの状態になれていなくてな。ウォーミングアップに付き合ってもらおうか」