最強の復活
構成上、途中視点が入れ替わります。申し訳ありません。
最新話を読んでくださり、誠にありがとうございます。
皆さまの心の片隅にでも残ってくれれば幸いです。
大型ショッピングモールの最上階。そのフロアの隅で、結はステルスのカードを再使用して隠れていた。
このフロアに続くエスカレーターをゆっくりと上がってくる、亡霊の戦士と少年が見える。
その姿を見ても不思議と恐怖は覚えなかった。
悟るってこういう感じなんだなあと、結は目を細める。
思い出すのは、幼い時に自分を変えてくれた男の子のこと。
『もっと結の気持ちを大事にしなよ。自分以外の何かを一番に行動を決める生き方は限界があるよ』
そう言って引っ込み思案だった自分に勇気をくれた男の子。
自分がいつも何かに我慢してくれることに気付いてくれていた。
そのことがすごく嬉しかった。
自分の気持ちも勘定に入れていいと教えてくれた男の子のおかげで、ほんのちょっと自分の気持ちを前に出す勇気ができた。そしたらいろんなことが良くなり始めて、毎日が楽しくなっていった。
その男の子には感謝してもしきれなかったし、その男の子を人として好きになっていった。
だけど、両親が死んだ日を境に、その子は少しずつ変わっていった。
優しい心は変わっていない。だけど、何かあった時に自分を強く否定したり、自分の気持ちを勘定に入れない行動が目立つようになっていった。
自分に勇気をくれた男の子が、勇気をもらう前の自分みたいになっていく。
それがとても悲しかった。
「ようやく追い詰めた」
ディードのカンテラの光が、ステルス中の結を照らした。
光に当てられたことでステルスが解除され、壁に背を張り付けながら、その場にへたりと座り込んだ。
「あの頭の回るヤツ、君の友達?」
銃口を向けながら少年が尋ねると、結がコクコクと、頷いた。
「あいつのライフも減らしときたかったんだけど、仕方ない。俺にガスぶっかけたツケは、君のライフで払ってくれよ」
銃口にエネルギーが収束していき、結は体を強張らせ、ぎゅっと瞳を閉じて最期の時を待つ。
――あんな別れ方でごめんね、聖也。
きっと自分が消えたら、物凄く悲しむし、自分を責めるんだろうな。
でもそんな聖也だからこそ、結は聖也に生き残ってほしかった。聖也が少しでも長く生き残る方に賭けたかった。
だから、後悔はしていない。
結は体から力を抜き、悟ったように微笑んだ。
そのときだった。
「やめろ‼」
「――⁉」
聖也が少年の背後から現れ、ライフルの銃口を上にずらした。
エネルギー弾は結ではなく天井に発射され、崩れた天井が瓦礫となって、少年とディードに向かって降り注いだ。
「聖也……⁈」
「こっち! 早く!」
鋭い声で結を呼び、リウラの生首を結に預ける。
「リウラ持って逃げて!」
「え、でも」
「いいから逃げろって言ってんだよ!」
突き放すような怒声に結が驚くと、気迫に押されたのか、結は下の階に向かって走り出した。
「いい加減にしやがれ……‼」
瓦礫の中からディードの左手が飛来してきた。
聖也は喉元を鷲掴みにされながら、瓦礫から這い出てきた少年たちの下へ引き寄せられる。
「聖也!」
「怖かったんだよ! 自分を大切にすることが!」
立ち止まる結に向かって、聖也は叫んだ。
「結だけ助けようとしてごめん‼ 楽な方を選ぼうとしてごめん‼ 一緒に助かる選択を探すべきだった! 僕が皆を大切に思うように、皆が僕を大切にしてくれていることを認めるのが怖かったんだ‼」
――楽だったんだ。僕と皆、両方にとって100点の選択を探すよりも、自分の価値を下げて、相対的に相手を持ち上げるような生き方が。
皆の中で胸を張って生きるのは怖いけど、誰かの役に立っていることには自信をもっていたかったんだ。
愛を与えられたときに何も返せないことが怖いから、自分を傷つけて無理に距離を置いていたつもりだった。
それでも誰かの傍から離れきらなかったのは、皆の幸せの中に僕もいたいと心の底で思っていたからだ。
「僕も皆と一緒に幸せになるから……‼ 自分の幸せから逃げないから‼ 一分一秒でも一緒に生きてくれよ! 僕だけ残されて生きていくのなんかやだよ‼ だから……今は逃げて!……逃げるんだ結‼」
――今ここで変わるんだ。
生きていくための理由にすがる生き方じゃない。
どんなときも僕と皆、両方幸せにする選択を探す。
そう生きていくという僕の意志。それを叶えるための僕の選択。
どんなに絶望しても、もうこの理想は手放さない。
どんなに無様でも、惨めでも。命の限り――理想に向かって足掻くだけ足掻いてやる。
覚悟を決めた聖也は、首を絞める握力に苦しみながらも、光の宿った強い眼差しで、目の前の少年たちを睨みつける。
結の足音が遠ざかっていく。どうやら逃げ始めてくれたようだ。
聖也は首を絞められながらも左手のスキャナーに目を剥けた。
ログアウトまでのライフノルマはあと1つ。
――僕がここで死ねば、今日はログアウトができるんだ。
ライフは2つになるけど、先はある。僕も結もまだ消えない。
「茶番は済んだかよ……」
少年が怒りの眼差しで聖也を睨む。弱いと認識していた存在に、何度も邪魔をされては苛立ちも相当なものだろう。
「ああ、茶番は終わりだ」
まだお前には勝てない。
だけど、今日はこれでいい。
「そして幕開けだ。僕の物語のな」
「訳の分からないことを!」
「ぐが…………あ………ぁ……‼」
聖也を殺せば、結にログアウトされる。
にも拘らず、少年たちは結を追おうともせず、ゆっくりと手の力を強めながら聖也を持ち上げていく。相当フラストレーションがたまっているのだろう。
すぐに首の骨を折らないことから、なぶり殺しにするみたいだ。
「終わらせてやるよ、お前の物語とやらも!」
――ここまでか。
首がきしみ、息ができずに、体に力が入らなくなっていく。
意識がほとんど飛びかけて、聖也は死を受け入れるように強く目を瞑った。
とどめと言わんばかりに、首を掴む手に、ディードが力を込めた時、
「――⁉」
ディードの手が宙を掴んだ。
「――っ、ガハッ、ゲホッゲホッ!」
首を絞める圧力から突然解放され、その場で大きくせき込んだ。
首を押さえながら目を開けると、少年たちがいつの間か距離を置いて――いや、位置的に自分が動いたのか?
状況を理解しきれず、混乱する聖也の頭上で、優しい声がした。
「今までよく頑張ったな。聖也」
頭上からした聞き覚えのある男の声に、聖也は上を見る。
そのとき初めて謎の男に、自分がお姫様抱っこのように抱えられていることに気が付いた。
――いや、謎の男なんかじゃない。
獅子のように雄々しい黄金の髪に、艶やかながらも逞しい褐色の肌。宝石のように深い赤と緑の切れ長の瞳。
「リウ……ラ?」
「ああ、俺だ!」
そしてその首の下に続く、細身ながらもしっかりと筋肉の形が見て取れるひき締まった体は、聖也よりも二回りほど大きい。
襟の高い黒い袖なしトップスの上から、くすんだ色合いのマントを羽織っている。
幅広のズボンに、美しい装飾が施されたブーツ。
古代エジプトの王を想起させるような、雄々しくも美しい戦士の――『完全な』姿がそこにあった。
「今まで苦労を掛けてすまなかった」
リウラが聖也を優しく地面におろすと、ゆっくりと少年たちに向かって歩を進めていく。
黄金の髪が揺れる度に空気が揺れた。足を一歩進めるごとに肌がひりついた。
まだ何もしていないにも関わらず、リウラは存在するだけでその空気を支配していた。
伝説の戦士の二つ名に違わない、圧倒的な存在として君臨していたのだ。
「その体……いったいどうしたの?」
「うむ、正直な話俺にもよくわからん。だが一つ確かに言えることは――」
リウラが一度腕を振るうと、右手に光が収束していき、光が大きな薙刀となって顕現する。
矛先を少年たちに突き付けながら、リウラは大胆不敵に宣言した。
「反撃の時がきたということだ!」