【意志と選択】
「……頼む」
転送された先で、聖也はすがるような思いでリウラのカードをスキャンした。
片腕を失っているため、左手に装着してあるスキャナーに、口を使ってカードを読み込ませる。
目の前に強大なエネルギーを発する魔方陣が出現するも――
「……すまない」
現れたリウラは、相変わらず頭だけの姿だった。
何かの奇跡がおきて、リウラが戦える状態で召喚されてくれればよかった。
結果はダメだった。大きな魔方陣から現れたのは、戦えないだけの喋る生首だ。
聖也の希望は完全に潰えた。
「もう嫌だ……」
精神が限界に達した聖也は、その場で蹲って、みっともない声で泣き始めた。
「助けようとしなければよかった。そしたら結は一人で逃げられたかもしれないのに」
「……敵の能力を鑑みれば、聖也が来ようが来まいが、いずれ見つかっていただろう。お前がいたから、最初の追跡は躱せたじゃないか。そこは後悔するところじゃない」
「結局結のカードを使わせたのは僕だろ‼」
リウラの落ち着いた声を、荒げた声で遮った。
「逃げる術だけ教えて別れればよかったんだ! 僕が勝手に心配して、助けようとしなければ結は自分の為にカードを使ってた! 結の性格を考えればそうすべきだった! 僕を助けようとすることなんて予想できたはずだった!」
「いい加減にしろ、聖也」
冷静を装いながらも、少し苛立ちを含んだ声でリウラが続ける。
「何で結がお前と別れたと思っている。お前が自分を犠牲に結を助けることしか考えないからだろ。他のことでもだ。何故真っ先に自分を傷つける? 自分を否定する?」
「あたりまえだ。僕の人生なんか二の次だ。両親も義姉さんも友達も、皆の生きる邪魔をしてばかりだ。……お金も力もない子どもの僕が、自分以外の何を犠牲に皆を助ければいいんだよ!」
「その考え方をやめろ‼」
悲鳴と嗚咽が混ざったような声で嘆き喚く聖也を、リウラが鋭い声で一喝した。
始めて聞くリウラの大きな声に、思わず言葉を失ってしまう。
「自分を一番下に置く考え方を今すぐ止めろ‼ お前へ向けられる善意に、お前自身が見て見ぬふりをする‼ 一番質の悪い現実逃避だ‼ お前の命は誰かのために存在しているものではない‼」
「誰かのために生きて何が悪いんだよ!」
むきになって返した言葉は、最後の方ですぼんでいった。
――あなたは誰かの幸せを思う一方で、あれをしなきゃとか、こうしないととか、自分の選択を誰かのせいにするような生き方になっていない?
美月が――義姉さんが自分を励ましてくれた時にくれた言葉が過っていた。
リウラの言いたいことは分かっている。両親が死んでから、聖也は自分だけのために何かをしてきたことがない。
両親が死んだあの日から、一挙一動が誰かの為になっていないと不安で仕方がなかった。
自分だけが幸せな思いになることが不安で仕方がなかった。
誰かの幸せが自分の幸せだったはずなのに、誰かが幸せでないことが自分の不安に変わってしまっていた。
近くの公立を蹴って、少し離れた私立の中学校で特待生として入学したのも。
プロゲーマーになって今すぐにでも、家にお金を入れたかったのも。
今の学校に憧れていたわけじゃない。
特段、プロという肩書に憧れていたわけじゃない。
義姉さんの為にお金で楽をさせたかったから。
義姉さんの為に僕が自立した存在でありたかったから。
ほんのちょっとでも生きる邪魔になりたくなかったからだ。
自己犠牲という名の自己満足に溺れていたかったからだ。
恩人の支えになることが、心の支えだったからだ。
「僕は、……ぼくはなあ!」
吐き出すうちに、自分の中に閉じ込めていた気持ちがほどかれて、聖也は弱弱しくその場に膝をついてしまった。
「もう、自分の為に生きていく自信なんかないんだよ……」
誰かのために頑張るのは、自分の為に頑張れないから。
誰かのために戦うのは、自分の為に戦えないから。後悔に勝る生きる支えがないからだ。
自分を信じるのが怖い。
両親を殺した自分を。
義姉に寄生して生きる自分を。
理由はともあれ、チームに多大な迷惑をかけた自分を。
故意じゃなくても、友達を殺させてしまった自分を。
こんなに犠牲を生み出しておいて、どうして自分の為なんかに生きられようか。
自分の為の生き方なんて知らない。
誰かに尽くす以外で、自分に胸が張れる生き方なんてわからない。
――生きる自信も、幸せも。あなたの意志と、選択の先にあるわ
「生きる自信も、幸せもわからないよ……!」
聖也は顔をクシャクシャにゆがめながら、頭の中に残る義姉の言葉に、弱弱しく返した。
「自信なんかなくていいんだよ」
泣きじゃくる聖也に、リウラが一転して、優しい声で語り掛ける。
「後悔を抱えたままでいい。お前は傷ついたままでいい。ただ、お前はどうありたい? どんなときにでも変わらないお前の理想とは何だ? 生きる自信や幸せが始まりじゃない。お前の理想があって、理想に向かうための選択があって、行動を重ねて、ようやく自信が、幸せが生まれるんだ。自信も幸せも、お前が自分の意志と選択で生き抜いたときの、結果の一つでしかないのだよ」
「意志と、選択……?」
「後悔も傷も。お前の変わらない願いの先で、糧として意味を持つときが必ず来る。悲しくても傷ついていても、足先だけは前を向け。お前が後ろ向きに生きるための材料にするな。――今一度問おう。お前はどうありたい? どんなときにでも変わらないお前の理想とは何だ? それを叶えるために必要な選択はなんだ?」
リウラが僕を真っすぐ見て笑った。
「その答えが、お前の意志――お前の物語の始まりだ」
気が付けば涙は止まっていた。
『どんなときも僕と皆、両方幸せにする選択を探す』。
幼いころに自分が抱えていたモットー。結が思い出してと言ってくれた言葉。
誰かの幸せがスタンダードなんかじゃない。
自分の幸せと誰かの幸せを重ねていいのなら。
僕だけの物語を始めていいのなら――
答えはもう決まっていた。
「結の助けが、無駄になるかもしれない」
「無駄にならないかもしれない」
「頑張ったところで、何もできないかもしれない」
「何かできるかもしれないだろう」
「……僕が死ねば、リウラも死ぬんだよ?」
「聖也。可能性の話はやめにしよう」
リウラがおどけて笑う。
「やりたいように、やってみろ‼」
現実的にものを考えれば、今の僕たちには力がない。何もできないかもしれない。
だが聖也の胸は高ぶっていた。やらない理由よりも、やりたい思いに熱に身をまかせてみたかった。
腕が回復したわけじゃない。だけど力はみなぎっていた。
リウラを地べたから拾い上げて、聖也は力強く立ち上がる。
「いくよ。結を助けに!」
「おう!」
リウラと頷きあった後、聖也は結がいるであろうショッピングモールへ勢い良く駆けだした。




