逃走成功――からの別れ
「みつけたぜレアカード」
少年が銃の引き金を引くより先に、聖也は持っていた消火器を、彼の顔に向けて噴射した。
「ぶえっ――⁈」
「結、こっち!」
戦慄する結の手を強引に引いて、走り出す。
「【転移】のカード! できるだけ遠くの階が多い建物! 早く‼」
「――う、うん!」
結を先に走らせながら、聖也は後ろを警戒する。
結が【魔法・転移】のカードを立て続けにスキャンすると、二人の前に別の場所へとつながっているであろう、転移魔方陣が召喚された。
「逃がすなディード!」
少年の指示で、ディードと呼ばれた亡霊の戦士が、聖也に迫りくる。
――速い‼
20mは離れていたであろう距離を、一瞬で詰められる。
「【生命強奪】」
ディードの左手が聖也の右手を掴むと、生命力が吸われていく感覚が聖也を襲い、右肩から先の感覚がなくなった。
「うあああああああああああああああ‼」
最後の力を振り絞って、聖也と結は転移魔方陣へと駆けこんだ。
「ぐあっ!」
「きゃあっ!」
勢いで地面に転がり込んで、辺りを見回すと、前回戦ったショッピングモールだった。
他に高いビルもあるが、咄嗟の判断を迫られて、結が反射的にイメージしたのだろう。
「聖也……腕……!」
「……わかってる」
ディードに掴まれたことが原因だろうか。聖也の右肩から先が無くなっていた。
通す腕を失った服の袖が、だらんと下がっている。
流血もなく、痛みも感じないが、肩の付近から、薄い虹色のオーラのようなものが少しずつ漏れ出ていた。
腕を失ったのに痛みもなく、自分の体から謎の物質が漏れ出ていることが逆に怖かった。
だが、今はそんなことを考えている暇はない。
「結、よく聞いて。あいつは恐らく【レアカードの位置を探知できる】スキルを持っている。たまたま僕たちを見つけたんじゃない。あいつは僕たちを狙ってきたんだ」
それは見つかった時のセリフから察することができる。
よく考えれば初めて会った時も、松田のスキャナーからカードを物色していた。あの少年はプレイヤーを殺して回って、カードを集めて回るハンターなのだろう。
「【転移】のカードは、一時的にでも僕が預かることはできる?」
「……できない。所有者が死んで始めて、他の人に所有権が移せる状態になるの」
「OK。いいかい、結、作戦だ」
聖也は落ち着かせるように、震える結の手を握りしめる。
「ちょろって見えたんだけど、あいつの地図は平面図だった。レアカードの存在する位置は分かっても、『高さ』まではわからない。階数のある建物の探索には、ほんの少しだけど時間を食うはずだ。あいつは結のカードを狙って、今からここに来る。ギリギリまで引き付けてから結だけ【転移】で、出来るだけ遠くの階数のある建物へと逃げるんだ。他のプレイヤーと遭遇の可能性もある。逃げた先で必ず【ステルス】を使って」
結は【ステルス】副作用で、【ステルス】と【転移】以外のカードが使えない。
聖也も戦う力を持ってない。
残された選択肢は、奴らや他のプレイヤーとの遭遇を避けることのみだ。
動き回って逃げ回ろうにも、機動力は敵の方がある上に、索敵係は先ほど殺られている。
敵だけが一方的に聖也たちを探索できる状況下で、ゲリラ戦に挑むのはリスクが高い。不意を突かれては【転移】すら使えない可能性がある。
そもそも敵はディードたちだけではない。戦えない状況下で動き回ること自体が、バトルロワイヤルではリスクだ。
確実に距離を離せる手段が残っている以上、不意を突かれない位置で敵を待ち伏せたほうが賢明だろう。
聖也はログアウトコマンドの下に表記された、ライフのノルマを見る。
ログアウトに必要なライフの数が『2』になっていた。
どこかで誰かがやられたということだ。
このまま順調に減っていけば、二人でログアウトできるかもしれないが――
「……このままカウントダウンが進むとは限らない。もし敵がここに来たら僕のライフを一つ使ってノルマを1進める。……その後は結がログアウトできるかは正直神頼みだ。これが僕の思いつく、結が一番生き残る可能性が高い策だ……」
「私のために……犠牲になるつもり?」
「うん」
迷わず答える聖也に、結は悲しそうに目を細める。
「……そう。じゃあ」
結がどこか諦めたような表情をしながら、聖也の手を離した。
「私たち、ここでさよならしよっか」
「……え?」
結の言葉の意味が理解できずに、聖也はその場で薄く口を開けたまま固まってしまった。
「私なんかの為に死ななくていいよ。私がライフ1なのは、戦うことからずっと逃げてきた私のせい。……消えたくないくせに、生き残るための思考を放棄した私の責任」
「……? 結?」
「戦うことのできない私だけど、せめて聖也の迷惑になりたくない。今の聖也の性格だったら私をかばって、私より先に消えちゃうでしょ? ……いろいろありがとう。この先は私だけで頑張ってみる」
「待って結、何を考えてる」
「さっき言いそびれたこと……聖也に一つだけお願いね」
結が強がってにっこり笑うと、最後の【転移】のカードをスキャンした。
「もし私が消えても……わたしのこと、忘れちゃだめだよ?」
結は混乱する聖也を、その背後に出現させた転移魔方陣に突き飛ばす。
「――待って‼」
自分が何をされたのか気が付いたときには、聖也は違う場所へと飛ばされていた。
結に残された希望。最後の逃走手段――【転移】のカード
その最後の【転移】を、聖也は自分に使わせてしまった。