消えたゲームと元プロゲーマー
2023/6/10 1人称から3人称へ改稿しました。ミスがあったら対応いたします。
サクラサク。なんて言葉がしっくりくる光景だ。
進路指導室の窓から、外に広がる風景をなんとなしに眺めた少年は、心の中で呟いた。
新しい制服に身を包んだ新入生。新学期を彩る薄桃色の満開の桜。春風と共に舞う桜の花びらは、陽気に笑う新入生の心を体現したかのようだ。
サクラサクは、合格を祝うと言葉であると同時に、今後の自分――未来へ期待を寄せる新入生の気持ちを表した言葉でもあるのだろう。
だとすれば、僕の桜は散ったままなんだけど。それも半年前に。
そんな風景とは対極的に、進路指導室に呼び出された中性的な顔つきの少年――成神聖也は沈んだ顔でため息をこぼす。
「……なんでこんなふざけたこと書いた」
聖也と机を挟んで向かい合っている女教師が、怒気を含んだ声とともに、1枚の進路希望調査表を突き付けてきた。
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2年C組 出席番号 14番 成神聖也
第一志望 は
第二志望 たら
第三志望 く
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枠線を越え、乱雑に書かれた【はたらく】の4文字。
名指しで呼び出しを受けるには、十分すぎる理由だった。
「……すいませんでした」
「謝るくらいなら最初からちゃんとかけ」
迫力に負けた聖也が深々と頭を下げると、女教師がやれやれと息を吐き、プリントを手元に下げる。
ゆるやかにウェーブのかかった髪の毛をいじりながら、聖也の担任である女教師——音和響子は話を切り出した。
「……プロゲーマーの夢はもう諦めるのか」
響子の質問に、聖也は苦虫を嚙み潰したような表情になった。
聖也は半年前まで、とあるゲームのプロ選手として活動をしていた少年だった。
タイトルはVanguard On Battlefield 通称VOB。5人のチームを組んで、様々な武器やスキルを駆使しながら、20組のチームを相手に生き残りを賭けて戦う、バトルロワイヤル型FPS。今最もe-sport界で勢いのあるタイトルだ。
聖也は1年前、そのVOBというゲームの選手としてプロチームに招待されたということになっている。
そして半年前の世界大会予選で酷い負け方をし、チームを負けに導いた。
その負けがきっかけで現在はプロチームを引退して、普通の中学校生活を過ごしているというわけだ。
「いいんです。元々プロリーグに挑戦したのはお金が目的でしたから」
「だからってはたらくってなんだ、はたらくって。高校や大学もいかず働くつもりか?」
「……はい」
「……お前の家の事情は知っているけど、いくら何でも短絡的すぎる」
聖也がが通う中学校は日本で有数の大企業が、将来有望な人材を育てるために出資して作った私立中学校だ。言ってしまえば、結構な金持ちが通う学校。
家の経済事情に余裕がない聖也が、なんでそんなところに通っているのかというと、この学校に特待生制度があるからだ。特別な入試で優秀な成績を収めたものは、入学金、食費、教材費など———学校生活で必要な費用全てを免除してもらえる制度。
聖也はその枠を狙って見事合格。プロゲーマーの活動が認められていたのも、成績を落とさないことが条件だった。
「特待生だから難関校狙えって言ってるわけじゃない。お前が自分の将来について本気で考えて出した結論なら止めないよ。だけど半年前の大会以降、自分のことに対して投げやりすぎないか?」
図星を着かれた聖也は気まずくなり、響子の視線から顔を背ける。
「確かにひどい負け方はしたが、そもそも1億人だかプレイしているVOBのオンラインランキング1位なんだろ。そこまで上手くなるほどのゲーム好きが、たった1回の敗北でプロの道を諦めて後悔ないのか?」
「……別にVOBは好きじゃないです」
「……だったら他のゲームはどうなんだ。似たようなジャンルで言えば『エーペックスレジェンズ』『フォートナイト』、違うジャンルにだって『ストリートファイター』とか『LOL』とか」
聖也と響子は入学当初からの付き合いになる。
ゲーマー基質の聖也と違い、出会った当初の響子は、ゲームに関してマリオやポケモンぐらいしか知らなかった。素人同然の知識レベルだったのだ。
だが、聖也がプロゲーマーとして活動しだした時から、業界のことや、プロチームが所在している企業のことを独自で調べ、進路指導に活かしている。
他の生徒に対しても、教育にそのぐらいの熱量を割いているため、怒ると怖いが人情に熱い、美人な女教師として人気の教師だった。
「育ての親のことを大事に思うのはいいが、自分のことをないがしろにしてないか? 別に進学することが親不孝だとは私は思わないし、ゲームが本当に好きなら、学業と両立しながらプロゲーマーになる選択もある。はたらくってのは同年代の子と学ぶ時間や、ゲーマーとして活動していく場の多くを失うことになるんだぞ」
図星を突かれつつも、自分に対して確かな心配や愛のこもった言葉を受け、聖也は複雑な表情になった。
家の事情もよく理解していてくれて、それで親身に相談に乗ってくれるんだから、いくら感謝しても足りないくらいの良い先生だ。
だが——
「違うんです。先生」
プロゲーマーとしての活動から身を引くのは、そんなことが理由じゃない。
「……先生、よくゲームのこと調べてくれてますよね。エーペックスは知ってるストリートファイターは知ってる。日本じゃあまり広まっていないLOLでさえ」
「? ああ、ある程度」
「でも覚えてないでしょ? 『サモナーズロード』は」
聖也がとあるゲームのタイトルを口にすると、響子は面を喰らったかのように、表情を固まらせた。
その表情を見て聖也は重い息を吐くと、床に置いてあった自分の学校鞄を手に取り、立ち上がる。
「だから辞めるんです。プロゲーマーは」
言葉の意味が理解できないのか、返す言葉を失った響子を後にして、聖也は教室を去った。
きっと先生のことだから今頃『サモナーズロード』で検索をかけているのだろう。なんて進路指導室を背に考える。
でもそれはきっと徒労に終わるんだろうな。
サモナーズロードはかつて全世界で最も多くの人間がプレイしていた、所謂覇権ゲー。
ゲーム業界だけでなく、漫画や映画などあらゆる媒体で関連のプロジェクトが動き、全てがヒットしていた、社会現象といえるほどのメガヒットコンテンツだった。
だが、ある日サモナーズロードはあらゆるメディアから姿を消した。
何故そうなったのか、どうしてこんなことになっているのか、聖也には全く見当がつかない。
ただ確実に言えることは、サ終とか開発打ち切りとかそんなものを比喩したわけではなく――
サモナーズロードというゲームは、本やインターネットから、——そして自分以外のあらゆる人の記憶から消えた。
それだけが『サモナーズロード』元プロゲーマー ――成神聖也が言える確かなことだった。