ボクはおもちゃの国を探しに行く
こぐまのぬいぐるみのトマスはマオちゃんの窓辺に飾られていました。そこはベッドのすぐ近くでマオちゃんはおやすみの前に必ずトマスに挨拶をしてから眠るのでした。
でもトマスは思うのです。
マオちゃんのお部屋に来たのは、マオちゃんが年少さんの時でした。
いつも眠る前に泣く泣き虫マオちゃんのためにパパが連れてきたのがトマスでした。トマスの名前もマオちゃんがつけてくれたのです。
マオちゃんはいつも寝る時にはお布団にトマスと一緒に入って寝たものでした。
そんなマオちゃんも中学生になってトマスと一緒に眠らなくなりました。
代わりに窓辺に置いておやすみの挨拶をするのです。それをトマスは寂しく思っていたした。
なんでもおもちゃは子どもが大きくなったら捨てられるというのです。それを思うとトマスは悲しくなります。
マオちゃんは、トマスを捨てるのでしょうか? トマスを捨てるのは悲しくないのでしょうか?
マオちゃんの寝顔を見ながら、トマスはボタンでできたおめめで涙を流します。
そんな時に窓辺を通るふくろうが教えてくれました。どこかにおもちゃの国があって、おもちゃたちが仲良く暮らしているというのです。
トマスはマオちゃんに捨てられたら悲しくなってしまいます。その前に自分からおもちゃの国に行ってしまえば、楽しい思い出を持っていけると思いました。
次の日の夜、マオちゃんの寝顔を見たトマスは、自分の首に巻かれたマオちゃんのスカーフをほどいて、マオちゃんのおもちゃの消しゴムをそれに置きました。おにぎりの形をした消しゴムです。
そのスカーフを棒切れにくくりつけて肩に担いだら準備完了!
そっとマオちゃんのおうちを出て旅にでました。
でもトマスにはおもちゃの国の場所が分かりません。トマスは道を歩く白猫さんや、草むらにいるカナブンさんにも場所を聞きましたが誰もその場所を知りません。
トマスは暗い夜道を歩き続けましたが、そのうちに明るくなってお日様がゆっくりと顔を出します。
明るくなってからおもちゃが動いてるところを人に見られてはなりません。
トマスは薄暗い側溝に降りました。上蓋が閉められているので人に見られる心配はありませんが少し臭います。
それでもトマスは歩きました。
すると大きな広い場所に出ました。そこには大きなどぶねずみがたくさんいます。トマスは震えました。
「なんだなんだ。おもちゃのお客さんだ」
「なんだってこんなくさいところに?」
どぶねずみがニヤニヤ笑いながら口々に聞きますが、トマスは怖くてしかたありません。しかし答えました。
「ボクはおもちゃの国を探してるんです。どなたかおもちゃの国を知りませんか?」
するとどぶねずみたちは顔を見合わせて笑います。
「そんなとこ知るかい!」
「そんなことより、お前さんの綿をかじらせろい!」
たいへん! そんなことをされたらトマスは綿を抜かれて動けなくなってしまいます。トマスは細い通路に向けて走って逃げました。ですがどぶねずみたちは追いかけて来ます。
トマスの腕がかじられて少し綿が飛び出しましたが、立ち止まっていられません。トマスは頑張って走りました。
そのうちに背中に担いでいた棒が通路に挟まりました。これならどぶねずみたちをとおせんぼできます。
トマスは荷物入れのスカーフをほどいて逃げました。どぶねずみたちは、棒をかじってトマスをさらに追いかけようとしましたがその間にトマスは逃げることができました。
トマスは綿の飛び出た腕を押さえて、泣きながら人気の無い森を歩きました。
すると木の根元の目立たないところに、缶バッチが落ちていました。可愛らしい笑顔のマークが書かれています。どこかの子どもが落として行ったのかもしれません。
「やあボクはトマス。キミは一人なの?」
「おお。そうなんだ。一人で寂しい思いをしていたんだけど、ボクはバッチだろう? 一人じゃ動けないんだ。キミ、ボクを連れていってはくれまいか?」
「もちろんいいよ」
「やや。キミはケガをしているね。そうだ。ボクの針でキミの傷口を留めるといい。そうすれば綿が出ないよ」
名案です。バッチのいう通り、トマスはどぶねずみにかじられたところを針で留めるとトマスのケガは治り、ほうっと一息つきました。
「ボクはおもちゃの国を探してるんだ。どこにあるか知らないかい?」
「ううん。知らないな。力になれなくてゴメンよ」
「いやいいんだ。ありがとう」
バッチの言葉にトマスは答えましたがおもちゃの国はどこにあるのか考えました。バッチも一緒になって考えます。
そしてバッチは閃きました。
「雨がやんだあとに、虹ができるだろう? とても大きくてキレイな橋さ。あんなにメルヘンなものはこの世にないよ。きっとその虹の橋を渡るとおもちゃの国はあるのさ!」
トマスはそれに大きくうなずきます。トマスも虹を見たことがありました。たしかにあんなに美しいのですから、そうに違いありません。
二人は雨が降るのを待ちました。
すると晴れの天気がにわかに曇り、ポツポツと雨が降ってきたのです。
二人は突然の雨に濡れてしまい、急いで大樹の下に雨宿りです。トマスは乾いた枝を集めて焚き火をして体を乾かすことにしました。
「雨がやんだら虹がでるよ! そしたら虹の下に急ごうね」
バッチの言葉にトマスは大きくうなずきました。雨はなかなかやまず、辺りはだんだん暗くなります。
トマスの体は焚き火で乾いてきました。そしてはっと気づいたのです。
トマスの乾いた体からはマオちゃんの匂いがしました。そうです。トマスの体にはマオちゃんの匂いが染み込んでいたのですから。
マオちゃんとの今までのことが思い出されてトマスはボタンのおめめから涙を流しました。
「どうしたんだいトマス?」
バッチの言葉にトマスは答えます。
「おうちを思い出したんだ。一緒にいたマオちゃんのことを思い出したんだ」
そう言ってトマスはわんわんと泣き出しました。
「そんなにマオちゃんが恋しいなら、おうちに帰るといいさ」
バッチが提案します。
「でもボクは捨てられるかもしれない」
「そのときはそのときさ。もしもそのときが来ても、ボクが一緒にいるよ!」
バッチには笑顔のマークが書かれています。トマスはそれを見て決心しました。
家に戻ることにしたのです。
ちょうど夜になり、トマスはおうちまで走りました。今までで一番走ったに違いありません。
朝が来る頃にはマオちゃんのおうちにつくことができました。
急いでマオちゃんのお部屋に行くと、ちょうどマオちゃんの目覚ましがなってマオちゃんが目を覚ましそうになります。
トマスが動いてるところを人に見られてはなりません。
トマスは慌ててマオちゃんのベッドの下に滑り込みました。
マオちゃんは目を覚まして、とすんとベッドから足をおろします。その足がトマスのボタンのおめめにも見えました。
マオちゃんは学校に行くために身だしなみを整え始めました。その時、マオちゃんの手からお気に入りの髪留めが滑ってベッドの下に落ちてきました。
そして髪留めはトマスに向かって小声で話しました。
「どこに行ってたのさ。マオちゃん泣いてたぞ?」
「え?」
「キミがいない間、マオちゃんはずっと悲しんだんだ。だからマオちゃんを喜ばすためにわざと滑ってみせたんだ。キミは反省したまえ」
「う、うん」
そのうちにマオちゃんの大きな目が、トマスと髪留めを見つけました。その時のマオちゃんの驚いた顔といったら!
「ママ! トマス、ベッドの下にいたよ!」
とトマスを抱えてママのところに見せに行きました。
トマスはとっても反省しました。いくら捨てられるかもしれないからって、大好きなマオちゃんを悲しませるなんて。
その日、マオちゃんは久しぶりにトマスと一緒に寝ました。その時のトマスのボタンのおめめから出てきた涙は悲しいからではありませんよ。
そんなマオちゃんも、二人のこどものお母さんになりました。
でもマオちゃんのベッドには今でもトマスがいます。トマスの腕にはあの缶バッチも。
マオちゃんが、ものを大切にする人で良かったですね。