8話「頑張ってみても失敗ばかり」
こうしてお互いの心を確認し合えた私たちは、正式に恋人となり、将来を見据えて歩き出した。
二人での生活。そういうものにはまだ慣れていなくて。何をすれば良いものかなかなか分からない。クリステは何もしなくていいと言ってくれているけれど、それに甘えるのは嫌だったので、今日は取り敢えず使われていない暖炉周りの掃除に手をつけてみた。
しかし。
「え、ちょ、シェリア何してるの!?」
「お帰りなさい。私は掃除をしていたところよ」
「汚いよ!?」
「え」
「汚れてるよ、頭が埃だらけになってるってこと!」
やはり上手くやれなかった。
掃除に熱中するあまり自分が汚れきっていることに気づいていなかった。
「しかも埃全力で舞ってるし……」
さらに、空間を汚くしてしまっていた。
「ごめんなさい……」
「だから何もしなくていいって言ったのに、やっぱりやるよね」
はぁ、と溜め息をこぼして、クリステは雑巾を手にする。
「あとは俺がやるよ」
彼はその手に握られた雑巾を水で濡らして絞るとそれで慣れた手つきで床を拭いていった。
驚きのスムーズな掃除だ。
やはり慣れていない自分みたいな人間が勝手にやるんじゃなかった、と、小さくなって心の底から後悔していたら。
「シェリア、ありがとう。でも、気持ちだけでいいよ」
彼は私を気にかけそう言ってくれた。
もしかして、気持ちだけは伝わったのか?
だとしたら嬉しいのだが。
何かしたいという思いでの行動だったと分かってもらえた?
なら何よりも嬉しい歓喜の瞬間なのだが。
「何かしようと思ってくれるのは嬉しいけどさ、でも、君だって汚れたくはないだろ? だから、これからは、一人で勝手なことはしないで。気遣い自体は嬉しいけど、大事になったら大変だからさ」
情けない……。
でも分かってもらえて嬉しかった。
「クリステ、私にできることはある?」
私だって彼に嫌な思いをしてほしくてこんなことをやらかしているわけではないのだ。少しでも彼の力になりたい、そう考えて、行動しているのだ。
でも、勝手なことをするのはもうやめようと思う。
こういう時はできる人の指示を受けて動く方が良さそうだ。
「いや、だから、何もしなくていいんだって」
「手伝えることがあったら言ってほしいの」
「じゃあ、そこでじっとしてて?」
「えっ。それだけ!? 私にできることそれ以外にない感じ!?」
「ま、そうだな」
「がっくし……」
ふぅぅ、と息を長めに吐き出して、椅子に座り込む。
「後は俺がやっておくから」
「じゃあ私はお茶でも――」
「駄目だ! こぼすから!」
「あ、そ、そうよね。ごめんなさい。……情けない、本当に、何もできなくてごめんなさい」
「ああもうそんな謝らなくていいんだよ。責めてるわけじゃない」
結局私にできることはないのか……。
そう思うと、何だか切ない。
だってそうだろう? 彼の力になりたいのになれないのだ。それを切ないと言わずして何と言う? この無力感、とてつもなく心を重くする。
「シェリア、この後食事にしような」
「分かったわ」
「何食べたい?」
「ええと……えびのスープ?」
「いいね、そうしよう」
いつもいつも迷惑をかけてばかり。
でも彼は責めはしない。
それがまた何とも言えない不思議さを生み出している。
怒ればいいのに。
そう思ってしまう。
「よし! 片づいた! あ、シェリア、こっち来て」
「ええ。でもどうして?」
「頭の埃を払うから、じっとしてて」
「うう……」
「痛かったら言って」
「はいぃ……」
頭を綺麗にしてもらってから、食卓についた。
◆
ある日の夜、寝しな、ふと窓の方を見ると人影があった。
肌がざわつく。
とてつもなく嫌な感覚が身体を駆ける。
刹那、窓ガラスが割れる高い音が響く。
「シェリアはどこだあ!」
「出てこい!」
「シェリアとかいう女に用があるんだよ!」
まずい……、そう思いながら、掛け布団にくるまる。
怖くて動けない。