5話「護るための対峙」
「これ以上を手を出すなら、父に話します!」
「何を馬鹿なことを。実家へ帰ることなんかできないくせに」
「っ……それでも! 暴力を見逃すことはできません!」
そうだ、私はもう実家へは戻れない。
なぜならオーガンと婚約することになった日にそう約束したのだ。
あの時、父は言った。
お前は国のものとなるのだから何があっても二度と戻るな、と。
でも、それでも、オーガンがこれ以上やらかすなら、親に連絡する。たとえ私が約束を破った娘になってしまうとしても、だ。警察に関係する仕事をし権力を持っている父に話し協力してもらえば、相手が王子だろうと少しは報いることができるはずだ。
「ボーマントス家の権力を使って脅す、か……どこまでも生意気な女だな!」
今はただ、クリステを護りたい。
その一心でオーガンと対峙している。
「貴方が手を出さなければ私は何もしません」
「ならば言うことを聞け!!」
「婚約は破棄されました。もう戻りません」
「王子がそうせよと言っているのだぞ!?」
「……愚かな。貴方は人の心までも好きにできると思っているのですか。だとしたらそれは間違いです」
そこまで言うと、オーガンは「そうか、くだらん女だ」と吐き捨てた。
そして彼は去っていった。
「まるで賊だね」
クリステの言葉に頷く。
「叩かれていたでしょう、大丈夫?」
「ああうん、大丈夫」
「冷やした方がいいかしら……」
「自分で手当てしておくよ」
「でも……」
「気にしなくていいよシェリア」
クリステは爽やかに微笑む。
「一旦家に入ろうか」
言葉に、私は大きく首を縦に振った。
◆
「シェリア、実家へは戻りづらかったんだね」
叩かれた頬を冷やしながらクリステが呟く。
怪我、というほどのものではなさそうだ。
本人の話によれば痛みもそれほどないようだし。
病院へ行くほどではなさそう。
ただ、それでも、私のせいで彼が傷ついたのだと思うと胸が痛くなる。
私を救おうとしなければ、私が絡まれていても流していれば、クリステはビンタされずに済んだ。私を助けるため話に入ってきたがために彼は叩かれたのだ。それはつまり、彼が叩かれたのは私のせいだということ。気にしなくていい、そう言われても、気にせずにはいられない。
「ええ……」
「そんな事情があったとは知らなかったよ。だからあの時あんなところを彷徨いていたってわけか」
お前のせいで叩かれた、と、責められた方が楽になれたかもしれない。いや、責められたら責められたでそれはまた辛いだろうけれど。でもその方が納得できただろう。それはそうだ、当然のことだ、と。
「あの時貴方に会えていなかったら……どうしようもなくなるところだったわ」
「それは危なかった。でも、救えて良かった」
「本当に、ありがとう」
「でもさ。やっぱり、親御さんには会っておいた方がいいよ」
「……本気で言ってる?」
彼は少し目を閉じて、それから頬を冷やしていた氷をテーブルに置く。
「一緒に行こうか」
その言葉にハッとして。
「……そうね、そうよね、きっと……その方がいいわ」
小さく首を縦に動かした。
「一度会ってみるわ」
婚約は破棄され、私はもう国のものではないのだ。だから親の前に現れても説明のしようはある、と思う。上手くいく保証はない、でも、上手くいく可能性はゼロではない。
「大丈夫、きっと分かってもらえる。だって君は何も悪くないんだから。心配することなんてないよ」
クリステの笑みにはげまされて。
「一緒に……来てくれる?」
「もちろん。そう言っただろ」
「ありがとう!」
私は実家へ一旦帰ってみることにした。