4話「もう戻らない」
「え。でも私……足を引っ張ってしまうかも……」
「大丈夫だよ! 俺も協力するし」
「そ、そう。何だか乗り気ね」
「べつに、君に作ってほしいって思ってるわけじゃないよ。でもさ、少しは経験してみてもいいんじゃないか? って思ってて。どうだろう? もちろん君が嫌ならしなくていいと思うけど」
せっかく彼が誘ってくれたのだから、と。
「ええ! じゃあ、一緒にやってみるわ! ご指導お願いします!」
そう言ったところまでは良かったのだが。
――結論から言うと、料理の練習は失敗の連続で、彼に多大なる迷惑をかけてしまった。
「はぁっ、はぁっ……まさかここまで不器用だとは……」
「ごめんクリステ……」
「いやいいけど……ちょっと想定外、驚きの不器用さだな……」
料理は私には向いていなかった。
もうやめよう、と、心の底から思った。
◆
あれから数週間が経ったある日、王女レトミーが処刑されたという情報を得た。
なんでも、国王の忠臣を自作自演と嘘ではめようとしたそうで。その嘘がばれたことで国王の怒りを買ってしまったらしく、王女の位をはく奪されたうえ謹慎となったそうだ。だが、謹慎期間中に侍女に当たり散らし、一人の侍女を自殺へ追い込んだらしくて。その件によって国王はさらに激怒、彼女を処刑すると突如言い出したそう。
そしてレトミーは首を落とされたのだそうだ。
父が娘の処刑を決めるなんて、と驚いたけれど、国王が一旦そうと決めてしまえば誰も止められなかったのだろう。
それにしても、レトミーは相変わらずだ。
自作自演やら嘘やらで他者を陥れようとするなんて、彼女らしいが酷すぎる。
彼女の主張が偽りのものであると理解されて良かった。
でなければまた被害者が出ていた。
また誰かが私のようになるところだった。
「レトミー王女、処刑されたそうね」
「そうなの!?」
「驚いたわ……まさかそんなことになっていたなんて」
処刑されて可哀想、なんて思えはしないけれど。
「そっか。じゃあ復讐の相手はもういなくなってしまったんだね」
「何だか残念そうじゃない? クリステ」
「ま、そうかもな」
「え……? どういうことよ……!? まさか、レトミー王女のこと好きだった、とか……?」
するとクリステは首を横に振る。
「それは絶対ない」
きっぱりと言っていた。
「復讐する相手はいなくなった、それが残念でさ」
「え……」
「君を傷つけた奴が先に死んで楽になるなんて、あり得ないよな」
「クリステ……?」
「ま、でも、もう生きて会うことはない。それは良かったよね」
「ええ、そうね」
◆
レトミーの死から数日が経ったある日、クリステと共に暮らしている家へ一人の男性がやって来た――その人というのが、王子で元婚約者のオーガンだった。
「久々だな」
「オーガン様……」
彼が訪問してきたのは、クリステが仕事で家にいない時間だ。
「そんな恐れたような顔をするな。今日は良い話を持ってきたのだから。ま、そう身構えず聞いてくれ」
「もう何もお話する気はありません」
「は? 舐めるなよ。偉そうなことは言うな。そして、話を聞け」
「クソ女には構わない方が良いのでは?」
「ぐっ、どこまでも生意気なッ……!」
オーガンは殴りかかろうとしてきた、が。
「ちょっと、何してるんですか?」
彼の背後からクリステがひょっこり現れた。
救世主!
思わず叫びそうだった。
いや、もちろん、さすがに堪えたけれど。
「俺の妻に何か用ですか?」
クリステはさらりとそんなことを言った。
一瞬心臓が跳ねたけれど。
でもすぐに理解した。
この状況だからそういう風に言っているのだと。
ここは下手に否定しない方が良さそうだ。
クリステのやり方に任せよう。
「妻、だと……?」
オーガンは眉間にしわを寄せ猛獣が威嚇するような顔つきになる。
けれどクリステは動じていなかった。
彼はとても落ち着いていて、常に冷静さを保っている。
「そうですよ」
この状況で冷静であれるなんて、尊敬する。
「ふざけるな! お前が何者か知らんが、彼女は俺オーガン王子の元婚約者だ! 他の男に出る幕などない!」
怒鳴り散らすオーガン。
「呆れた。身勝手にもほどがありますよ、王子様」
「何だと!?」
「婚約は破棄したのでしょう? それとも、もうお忘れですか?」
「あ……あれは、あれは、そう言っただけだ! 一過性の感情だ! 本心なんかじゃない!」
「ですが、発したのでしょう」
「言っただけだ」
「言葉には責任を持ってください」
「生意気なクソ男が! こざかしいわ!」
オーガンはクリステに接近しビンタを繰り出す。
「お願い、やめ――」
「お前のような平民の男が王子である俺に意見するなど百年早い!」
これ以上クリステに触れさせたくない。
そう思って制止しようとするけれど。
でも正気を失っているオーガンを一人で止めるのは難しそうだ。
「くたばれ愚かも――っ、ぐほ!?」
取り敢えず突進した。
背後からの攻撃には備えていなかったオーガンは、すぐに地面に倒れ込んだ。
「酷いことをしないでください!」
クリステに駆け寄り、勇ましく言い放つ。
「オーガン様、貴方のところへは戻りません!」