3話「暮らし始めて」
婚約破棄され行くあてをなくした私は、クリステと暮らし始めた。
最初は一晩泊めてもらうだけの予定で。
けれども気づけば自然と二人で暮らすようになっていて。
そして現在に至っている。
「シェリア、できたよ」
「ありがとう!」
クリステは思っていたより器用だった。魔法の才を除いても、多くの才能を持っている。特に驚いたのは料理が上手なこと。この国では家庭の料理といえば女性が作るようなイメージがあるが、彼はとても美味しい料理をさくさく作ってしまうのだ。それこそ、私の出番なんてないくらい。彼は一人で器用にいろんなメニューを作り上げてしまう。
「悪いわね、本当に、いつも……」
「気にしないで。作るの好きなんだ」
「そう……でも、申し訳ないわ。私、ここにいさせてもらっているのに、何もできなくて……」
罪悪感はどうしてもある。
居座って何もしていない人になっているみたいな気がして。
「いいよいいよ。シェリアは昔から不器用だから」
目の前のテーブルに置かれたのは赤っぽい色をしたスープ。海鮮のような、甲殻類のような、そんな匂いが濃厚に広がってくる。恐らくとろみについたような液体なのだろう、見るだけでもそのくらいは分かる。
これは多分私がかなり好きなやつだ。
「でも……」
「いいんだって。これからもここにいて?」
「……親切なのね」
「何かおかしいって思ってる?」
「いえ。でも不思議だとは思っているわ。だって、再会したからってこんなに親切にしてもらえるなんて、あり得ないから」
魔法が使えて、顔立ちもやや中性的ではあるものの整っていて、家事もできる。
そんな優秀な人だ。
その彼が私に親切にしてくれるなんてあり得ない。
それに、魅力ある彼のことだから、きっといろんな女性に愛されてきたことだろう――別段目を引く美女でもない私なんてどうでもいいはず。
だから分からない。
これは一体何が起きているのか。
「何で? おかしくないって。幼馴染みだし」
「でも、もっと美しい女性とも仲良くしてきたのでしょう?」
すると彼はぷっと吹き出した。
「あっははは! 何それ! おかしいって!」
とても楽しそうだ。
羨ましい。
私もそんな風に笑ってみたい。
思えばもうずっと真っ直ぐには笑えていない気がする――城内では笑っていられる時なんてほぼないから。
「……どういうこと?」
テーブルにサラダが置かれる。
洗って広げた葉野菜にドレッシングがかかったシンプルなものだ。
「そんなわけないじゃん、俺の周りに女の人はいない」
「どうして?」
「魔法の練習ばっかりしてるから」
彼は最後に白身魚のフライをテーブルに置く。
「さ、食べよっか」
そうね、と言って。
「「いただきま~す」」
二人、挨拶を重ねる。
どれも美味しい。
確かな美味しさがそこにはある。
やはり彼の料理の腕は悪くない。
白身魚のフライなんて特に、衣はさくっとしていて身はつるっとしているので呑み込みやすい。もっと味わっていたい、そう思っても、どんどん喉の奥へ流れていってしまう。また、かかっている黒っぽい紅色のソースも、ほどよく甘辛くて美味だ。
「どう?」
「とっても美味しいわ!」
葉野菜の瑞々しさも、フライの食感の楽しさも、スープの濃厚で深みのある味わいも――どれも一流レストラン級の美味しさと言っても過言ではない。
城の料理人が作る料理も美味しかったけれど、クリステの料理はそれにも負けない上質な味わいだ。
「なら良かった」
「クリステって本当に器用よね」
「そう?」
「ええ。私は料理なんて……何も入っていない塩だけ入れたスープくらいしか作れないわ」
「それは塩水って言うんだよ」
「え」
「料理ではないだろ、多分」
「た、確かに……。言われてみれば……ふふ、ほんと、そうね」
そもそも料理なんてする機会がなかった。
経験なく育ってきた。
だから得意とか苦手とか以前の問題で経験が浅すぎるのだ。
「そうだ。今度さ、一緒に作ってみる?」
いきなりそんなことを提案してくるクリステ。
彼はいつも色々提案してくれる。
その積極的さにも魅了されるところがある。