一夜小説
その男は夜な夜な小説を書いていた。一夜で書き上げられるとてもとても短い物語を。夜は彼を非現実に連れていった。暗闇の中で心は身体を忘れ、境界を失った自我は現実から虚構の世界へと彷徨い出る。その時間が荒れ荒ぶ彼の心を安らがせた。
彼の書く小説は暗かった。どこにも明かりを見いだすことのできない暗い話。主人公たちは何度も小説の結末で死んだ。そこが収まるべきところであるかのように。まるで彼自身もそこに収まるべきかのように。
ある日彼は物語を一夜で書ききることが出来なかった。結末が浮かばなかったのだ。次の夜も何も浮かばず、彼は別の物語を書いた。しかし、あくる日が来ても結末のない物語の存在が頭に残り続けた。次の日もその次の日も、他の話をいくら書けども消すことができない、脳内にこびりついてしまった物語。安直なハッピーエンドやバッドエンドで終わらせることはもうできなくなってしまっていた。
彼は少しずつ少しずつ筆を進めることにした。一夜ではとても終わらない、どれだけかかるかは分からない道のり。その先は暗い結末なのかそれとも明るいのか、彼はこれからも終わりが来るその日まで物語の行く末と向き合っていかなければならない。