3.お家に行くよマドモアゼル
ーーひぃっ、ひいっ…!
「こちらです、はやく。」
颯爽と乃花の手を取り、人だかりの中から救出し駆け出した。正直あの時の俺は我ながらカッコつけていたと思う。またとないシチュエーションに俺は高揚していたのだ。
しかし、どこまで走れども人があらゆる所にいる。行く先々で乃花を見た人が興味本位で近づいてくるため落ち着いて話をする場所がない。そんなことを暫く繰り返していたら、バテてしまった。
乃花の手を引いていたのに、いつの間にか逆に手を引かれ走っている。
「少し、休憩しますか?」
「ぜぇっ…ぜぇっ……」
コヒュー、コヒューとヤバそうな音が呼吸する度に鳴っている。
「ご、めん。もう。限界…」
俺は膝に手を着くと危険信号をこれでもかと出す肺に酸素を送り込む。
乃花は息も上がっていないようで静かに俺を見ている。運動神経抜群なのは知っているが、ここまで体力があっただろうか。
「申し訳ありません。私のせいで。」
乃花は申し訳なさそうに頭を下げる。俺は痛むわき腹をかばいながら大丈夫という意味で手を上げる。
「それより、そんな敬語よしてくれ。俺たちの仲だろ?」
先程から妙に気になっていたが、乃花がどうにもよそよそしいので指摘をすると、はいと一言だけ言って黙りこくってしまった。
ふと辺りを見回すと俺の家の近所まで来ていた。
ーー唐突だが、乃花は俺の家に来たことがある。
と言っても、引っ越した初日のみで以降は全く寄り付かなくなってしまった。
別に強引に関係を迫ったから来なくなったとかそういう訳では無い。真実なので隠さず言うが、俺はまだ童の帝だ。家に連れ込めばそういう雰囲気になるかもと正直期待していた……。
乃花が家に寄り付かなくなったのには別の理由がある。
ーーいわく付き。
これだけ聞いてお気づきの方もいらっしゃるだろうが、我が家の家賃は周りに比べて2、3万ほど安い。安いのにはちゃんと理由がある。
ーー出るからだ。
何が出るって?そんなの決まっている。もちろん平凡に愛されてる俺に霊感など備わっていない。なので、実際に見たとかはないのだが……そんな俺でもわかるほどラップ音や、物が勝手に落ちる等の不思議現象は日常茶飯事なのだ。
引っ越し初日、乃花とお祝いでちょっとしたご馳走を持ち寄ってパーティー気分を味わっていた。
食事もほどほどに、体を寄せ合い2人だけの濃密な時間を満喫しようとしていた。
遂に俺も大人になる…!
……が、そんな淡い期待は不意に砕かれた。
ドンドンドンドンドン!!
誰も居ないはずの隣室から壁を叩く音がする。
ギィィ……と閉めたはずのドアがひとりでに開く。
ジャーーーと、シャワーが勝手に出る。
……乃花は血相変えて飛び出していきましたとも。えぇ。
ーーそれから乃花は寄り付かなくなってしまった。けれど、俺は引っ越してはいない。家賃の安さに惹かれてそこに住み続けている。住めば都というが、まさにその通りだ。今ではもう慣れてしまった。
そして、今乃花と落ち着ける場所を探していて、なおかつ少し行けば愛すべき我が家がある。
「……俺の家、いく?」
ダメ元で聞いてみた。どうせ断られるだろう。けど、もしかして、そんな奇跡を期待した。
俺の発言から5秒とたっていないのに乃花からの返答を待つ時間は永遠にも感じられる。
ーーこくん。
無言で頷く乃花。
うおおおおと喜び、ガッツポーズを取る俺。
何事かと注目する人々。
そんな俺を見て微笑む乃花。
周りの視線に気づき恥ずかしくなったが、少しだけいつもの乃花に戻ったような感じがした。
家に来てくれるのも嬉しいが、乃花が微笑んでくれた事のほうがずっと嬉しかった。
ーーーー
ごくん。
家の前につき妙に緊張している俺がいた。
今から乃花が家にあがる。それが何を意味するのか。変に下心がある訳では無い。……が!やはり俺も男だ。そういう妄想をしてしまうのは許して欲しい。
隣に立つ乃花の香りが俺の心を落ち着かなくさせる。
いかんいかん、これは良くないぞ!
俺は気持ちを切り替え、扉を開ける。
「どーー」
どうぞと言う前に彼女は俺の前に素早く移動する。
「さがって。」
乃花は剣に手をかけながら、室内に睨みをきかせる。
「何者か!姿を現わせ!でなければ容赦はしない!」
乃花の威圧で一気に空気が変わる。怖いとか、そういう事ではなくビリビリするような、なんとも形容しがたい空気が辺りを包む。
「ちょ、ちょっと?!乃花さん!」
彼女の意図が読み取れない俺は慌てて彼女を制止しようと手を伸ばす。
ーー「ひぃぃっ、ごべんなざぁい!!」
部屋の奥から泣きべそ書いた女の子が転がり出てきた。
えーっと………。
あまりに唐突なことで頭の理解が追いつかない。
ただ言えるとすれば、平凡が遠くなった。ということだろうか。