2.やっと逢えたねマドモアゼル
ーーはぁっ、はぁっ
俺は乃花との待ち合わせ場所に向けて急いでいる。
時間にはまだ余裕がある。ただひたすらに彼女に会いたいだけなのと、携帯を家に忘れてしまった為遅刻だけは出来なかったからだ。
乃花と会える。それをモチベーションにろくに内容も入らなかった退屈な講義を終わらせ、割と全力で東京の街中を走る。
都内の長い信号待ちがうっとおしく感じる程、俺は乃花に会いたい一心だった。
人混みの中を必要最小限の動きで避けて、狭い裏路地を抜け、配達をしている自転車とさして変わらない速度でコンクリートジャングルを駆け抜ける。
ーー見えた!
俺は大学から1キロ先の待ち合わせ場所まで約10分かからない時間で到着した。
走りなれているランナーから見れば大したことないタイムかもしれないが、運動不足がちなこの体でこの記録は大いに称賛されていいだろう。
「まだ、着いてないみたいだ。」
待ち合わせ場所に乃花の姿はまだ見えなかった。
連絡をしようとしたが携帯を家に忘れたことを思い出し、一人舌打ちをする。
連絡は取れないけど少し早く着きすぎてしまったようだし、荒れた呼吸を整えるにはちょうど良い時間だ。
「それにしても、人が多いな。」
都内なら誰しもが抱く感想。
ーー人が多い。
それは都内に行ったことのある人ならば1度くらいそう思った経験があるだろう。
ーーしかし、この場においての人が多いはそういった普遍的な意味合いではない。
集合場所に指定した銅像は待ち合わせスポットとして、もはや暗黙の了解と言われるほど人気な名所である。
いつもなら人が辺りに散見するが、今回はとある場所に人だかりが出来ている。
ーーすげー!リアル!
ーーめっちゃかっこいい!
ーーなんのキャラだ??
ーー目線くださーい!
その人だかりから、凄まじい歓声が沸き起こっている。
乃花の姿はまだない。
無性にその声が気になってしまい、ふらふらと声のする方へ歩く。
人だかりの隙間から歓声の中心を覗く。
ーー俺は中心にいる人物を目にして息が止まるのを感じた。
それは立派なドレスに甲冑の付いた独特な服装で、胸の高さまであるだろう剣を地面に突き立て凛と立っている乃花の姿であった。
腰まであった日本人形のような漆黒の黒髪はコンパクトに結われ、甲冑のいたるところには小傷が無数に付いている。さながら、アニメのキャラクターのようだ。
暫く時が止まった。それほどに彼女の姿に魅了されていた。
周囲の人だかりに顔色ひとつ変えず凛とたたずむ彼女の雰囲気はまるで別人のようでもあった。
ーーそんな彼女と目が合う。俺はこの時の光景を一生忘れないだろう。
凛とした顔は嘘のように不安げな表情に変貌していく。まるで今にも泣き出しそうだ。
けれど乃花から声をかけてくることは無い。ただ不安そうに俺を見つめている。
俺は乃花の不安を察知し、人混みをかき分け彼女の元へ行く。
けれど無理やりかき分けて行こうとするも、あまりの人の多さに押し返されそうになる。
「ごめんなさい、通してください。」
俺の必死の声もかき消されてしまうほど人々は乃花の姿に魅了されていた。
少しずつ乃花との距離が近づく。あと少し。
俺は自身の長くもない腕を必死に伸ばし乃花を捕まえようとする。
もう少し手足がながければスムーズに行けたかもしれないが、健康に産んでくれた母親にこれ以上要求するのは贅沢だ。
「来い!乃花!」
周囲の喧騒に負けないよう大声を出して叫ぶ。
途端、彼女の不安げな表情はさらに崩れる。溜めていた感情が決壊したかの如く大粒の涙を流しながらも俺の手をしっかり掴んだ。
「うん…うん!」
ブーイング飛び交う中、がむしゃらに元来た道を引き返す。
ーー握った手を離さないように力を込めて、俺たちは共に駆けて行った。