1.普通じゃないよマドモアゼル
ーーこの世は平凡に生きるのが何よりも難しく、そして尊い。
だからこそ平凡であることを恥じることは無い。
これは俺の親父が口癖のように言っている格言だ。
この俺、佐藤たかしはそんな格言を恥ずかしげも無くのたまう父親と、優しい母親の元へと生を受けた。
出生体重3040gの平均体重で産まれたのを皮切りに、普通の幼稚園で普通に友達を作り、普通の小学校で平均点を叩きだし、特に優秀でもなければ荒れてもいない普通の中学校へ進学、そこでの平凡な成績の下、普通の高校へと進学し、ここでも平凡な成績を叩き出し、普通の大学へと進学した18歳である。
どこをどう見てもごく普通の一般人である。
この世がフィクションの世界なら俺は間違いなくモブキャラであろう。
ーーしかもセリフが無いやつ。
と、まあご覧いただいた通り普通という事でなら誰にも負けない自信のある俺であるが唯一普通でないことがある。
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「好きです!俺と付き合ってください…!」
「こんな…私でよければ。」
ーー高校の頃、学園のマドンナと呼び声高かった美少女。
白雪乃花と付き合えたことである。
ーー成績優秀、容姿端麗、運動神経抜群、立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花。いや雪の華。
男女の共通認識で、間違いなく1番の美少女は白雪乃花だ!と謳われていた程の人と付き合えたことは、俺の人生において唯一無二と言っていいほど普通でなく、自慢できることである。
乃花の学力は高校当時の全国模試3位という圧倒的実力を兼ね備えていた。
勿論、進学先も日本でトップクラスの学力を有する大学へと余裕の現役合格。
一緒の大学へ行くと駄々をこねられたこともあったが、俺の度重なる説得と彼女なりの苦悩の末にようやく進学先を決めてくれた。
大学は別々になったが定期的に会っているのでそれほど寂しさは感じない。
けれどデートの前日は未だにドキドキしてしまうが。
ーーそして、今日。
ようやく彼女と1週間ぶりにデートができる日だ。
正直昨日はドキドキしすぎてあまり眠れなかった。
俺は講義があるが、乃花は休みなのである。
俺は普段起きる時間より2時間早く起きて、身だしなみをこれでもかと整える。
ーー清潔感の無い男は嫌われる。
この前読んだ雑誌の謳い文句をバカ正直に信じている俺は徹底的に身支度をする。
そんなことをしていると2時間などあっという間に過ぎてしまうのだ。
そこまでやらなくていいのにと乃花は言ってくれたが、それは俺のポリシーに反する。
誰もが振り向く雪の華、白雪乃花の隣に立つのに生半可な気持ちではいけないのだ。
「やべ!遅刻しちまう!」
乃花とデートする時はいつも時間ギリギリになってしまう。
ひとり暮らしの手狭なアパートを飛び出し、電車に揺られ、大学のある都内へと向かう。
その間、頭の中は乃花のことでいっぱいだ。
正直講義のことなぞ微塵も考えていない。
電車を出て、駆け足で階段を下り、改札を抜ける。
「うっ…!」
そこに彼女はいた。
人混みの中でさえ燦然と輝く乃花の凛とした立ち姿に思わず眩みそうになる。
「もう、大袈裟なんだから。」
乃花は俺のリアクションに満面の笑みで応えてくれる。
このひと時は平凡な俺が、平凡でない幸せを噛み締めていることを実感させてくれる。
「じゃあ、いこっか!」
乃花の方から手を握り、俺たちは共に駆けて行った。
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「〜で、あるからして。」
講義の時間は退屈だ。
さっきまでのテンションは何処へやら。
俺は講義室の真ん中の列で教授の話を適当に聞いていた。
いつもはもう少し身が入るのだが、この後乃花と過ごせる時間を考えてしまうとそっちばかりに気を取られてしまう。
ちなみに俺は普通に真面目な方である。
周りはと言うと、後ろの方で騒いでるグループもあれば、教授の話をBGMに机に突っ伏している人もいる。
この中だと真面目な方であろう。
あぁ。あと3時間後に乃花と会えるのか…。
早く会いたいな。
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「終わりだ、魔神大帝ジャヴァウォック!」
ーー女の持つ聖剣が眩い光を放つ。
辺りを雪のように舞う光の粒子がすがる希望を見つけたかのように聖剣へと収束され、尚も輝きを増し続ける。
「貴様との永き因縁、ここで終わらせようぞ。」
ーー異形なる者が天を穿つかの如く拳を突き上げる。
彼の者の手中に、女とは真逆の邪悪に満ちた光が収束し、形状を成していく。
ーー「この因果に、終止符を!!」
ーー「我が覇道を、指し示さん!!」
ーー「ニクス・ラ・ウラガーン!!」
ーー「ベルトゥーバ・グランギニョル!!」
ーー神話を彷彿とさせる人智を超えた争いは、今ここに終結を迎えた。
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どこから話して良いのか分からなかったので、大まかなあらすじを話させてもらった。
乃花と付き合えた。それは平凡な俺にとっては珍しく、平凡でない事である。
ーーけれど、ここからだ。
まさか想像できなかったよ。
平凡を羨む日が来る事になるなんて。
ーーこれは平凡だった俺、佐藤たかしと、白雪乃花の平凡から少しだけ外れてしまったお話し。




