シャルロットの猫がはがれる
ナイジェルはシャルロットの側に来て、ハンカチを巻いた腕を見つめた。
「痛くして悪かった。
大丈夫か?」
「問題ありません、すぐに赤みもひきますわ」
テオドアの指示通りに、下から見上げて少し微笑む。
ナイジェルが口元に手をやって、咳払いをした。
「シャルロット嬢は何も話さないが、思うところがあるのではないか?」
シャルロットはテオドアを見るが何も言わないので、ボロを出さないように言葉に気を付けて口を開いた。
「弟の言う通りです。
変態趣味の侯爵より悪い条件の男性はいません。
ましてや、十分な支度金をいただけるなら肩の荷が下ります。
好きな方もいませんし、男性と付き合ったこともないので、私の方こそ夫となる方を満足させられるかと心配していたぐらいです」
側にいるナイジェルにだけ聞こえるように、こっそりとシャルロットが呟く。
「秘密は守りますし、じゃまはしません」
ナイジェルは一瞬戸惑ったようだが、クスリと笑う。
「なに、内緒話?」
ウォーレンが割り込んでくるのを、ナイジェルが止める。
「シャルロット嬢は世間知らずで、思い込みが強いようだ。訂正するのは大変かもしれないな」
「まさか、あれ本気で思ってたの?
僕はちゃんと女の子が好きだよ」
ウォーレンがあはは、と笑い飛ばす。失恋したと落ち込んでいたのも終わったようだ。
「ええ!?
男も女もですか?」
反対にシャルロットは両手を口元に当てて、驚いた声を抑える。
「姉上!!」
飛び上がったのはテオドアである。まさか姉がそんなこと考えているとは思ってなかった。
「今度はどんな本を読んだのですか!?」
「だって、暗闇で見目麗しい男性が抱き合っていたらそうでしょ?」
ニッコリ、シャルロットが言うのを、バーナードは笑うのを抑えて苦しそうだ。
「君の姉上は凄いな」
バーナードがテオドアに確認する。
「申し訳ありません」
テオドアが謝るのは、ナイジェルとウォーレンにだ。
「姉上は暗闇でよく見えましたね?」
さすがに様子がおかしい、とシャルロットもわかる。
「よく見えなかったから、そこは想像を駆使して。
でも抱き合っているのは見えたのよ」
あれ?
「もしかして、公爵は女性がお好き?」
さー、とシャルロットの顔色が悪くなる。
「え? 今夜、初夜なの?
えーー!
あ、腕が痛くなってきたわ。
興味はあるのよ、でも、ちょっと心の準備がいるのよ」
バーナードは涙を流しそうなぐらい、お腹を抱えて笑っている。
ウォーレンは頭をかきながらナイジェルを見ていて、そのナイジェルは、苦笑いをしながら腕を組んでいる。
「姉上は黙っていてください」
テオドアの声のトーンが低くなる。
「まさか、この婚約がなくなるなんてことは・・」
バッとシャルロットがナイジェルに振り向く。
「シャルロット嬢の容姿は男性の好みそのものだ。俺もね。
今日の夜会で、シャルロット嬢はたくさんの男性の目を引いた。それを羨ましがらせるのも楽しそうだ。
それに、面白そうだ。
たとえ口約束でも、このメンバーの前で取り決めた事を簡単には翻せない」
でしょう?とばかりにナイジェルはバーナードに確認する。
「ああ、高いが価値のある買い物をしたと思っているよ」
バーナードはテオドアを見る。
「明日の朝には書類を持って伺います。手付金の用意をお願いします」
テオドアが言うのを、ナイジェルは肯定する。
「支度金を用意しておこう。
それで侯爵との縁談を止められるだろう」
「姉の衣類は明日伺った時に届けます」
テオドアの中で、シャルロットのお持ち帰りは確定である。
「こちらで用意するから心配いらない」
「公爵、一つだけ。
姉の部屋は1階はお避け下さい。
(蟻が庭から行列をつくりますから)」
「見初めた男が侵入する可能性か。この美貌だしな、わかった」
テオドアもナイジェルの勘違いを訂正しない。
ナイジェルが手を差し出すと、シャルロットがそれに手を乗せる。
「伯爵家が危険だというのはわかった、我が家で保護するので安心して欲しい」
ナイジェルとシャルロットが部屋から出て行くと、残されたテオドア、バーナード、ウォーレンが顔を合わせる。
「まさか、これで終わりじゃないだろう?」
楽しそうにバーナードが話しかける。
テオドアが、笑顔を向ける姿は美少年そのものだ。